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四十五話 ベンチ!




サセッタ11番街。

木造のアパートが立ち並ぶ非戦闘員地区。最近増設された区間ということもあって、新築の建物が目立つ。世帯を持つ層をメインとして作られているため、使用面積が他の場所と比べ大きくなっている。子供が遊べるように、公園などのちょっとした遊び場も併設されていたりもする。


街には子供の声で溢れており、活気に満ち溢れている。敗戦国の領土、すなわちオーシャン帝国の領土に存在する場所で、これほど子供の笑顔が咲き乱れるのはめったにない。

大抵はサーモルシティーなどのような、無秩序で暴力が横行する荒廃した街や、マセライ帝国をはじめとする戦争の勝者国などによって、都合の良いように扱われている植民地となっているからだ。そのような場所では子供たちはただの労働力だ。


もちろん、植民地で支配されている敗戦国の国民たちが、人造人間になれることは無い。ただ奴隷のように扱われ、HKVが発病すれば捨てられる消耗品のように扱われているのが現状だった。

そんな世界で子供が笑っていられるのは、敗戦国領域内ではサセッタ本部だけであろう。

それはひとえに、マセライ帝国は血眼になってサセッタの本部を探しているが、一切その陰すら見ることが叶っていないからだである。




公園のベンチに腰掛け、笑顔を浮かべ駆け回る子供たちを、我が子のように見守る男がいた。

ローシュタイン―――サセッタを発足させ、双極帝国戦争を勝利に収めたマセライ帝国や、その三つの属国を相手取り、強大な権力に立ち向かうため、同志を募った人物。現在は総隊長という立ち位置で、組織全体を取り仕切っている男だ。


普段の穏やかな表情から、時折見せる厳格な顔つきは、人命を背負い、身命を人類に捧げんと覚悟の重さをうかがわせるように見える。


そのレジスタンスを纏める長たるローシュタインは、唇をほとんど動かさず、後ろで背合わせになっているベンチに座っている人物に話しかけていた。

七人の軍隊長の一人、コェヴィアンである。

彼女の能面でもつけているような細い目や無表情さ、微動だにせず背筋を一本の線のように伸ばしている様は、まるで感情の宿っていない人形のようだ。しかし、聴覚はハッキリとローシュタインの言葉を聞き取り、理解し、思考する。


やがて、ローシュタインの口の動きがとまる。

しばらくの沈黙の後、コェヴィアンも彼同様、ほとんど口元を動かさずに返答する。


「…………内通者ですカ」


「ん、アダルット地区の一件で怪しいと睨んでいたが、サーモルシティーで確信した。同じ日に別の隊が支援に行っている地区もあるにもかかわらず、彼らが攻めてくるのは決まって長時間滞在が前提の支援の時だ」


「あなたが開発した『神雫(ティアー)』を支給しに行くときですネ。……確かに二回とも遠征の時でス。でも、それだけでは内通者がいるとは断言はできないのでハ? 偶然かもしれないでス」


「もちろんそれだけではないよ。これは私しか知らないが、たびたび軍隊長会議で挙がっていた支援地域の主力候補に、すでに敵軍が潜伏していたことが分かっているんだ。そこは資源も枯渇し地盤も緩く、人もほとんどいない。敵にとって領地にするメリットはほとんどない。―――にもかかわらず、あえて兵を忍ばせていたことを考えると、あらかじめ我々が来ることを知っていたと思わないか?」


「……」


コェヴィアンには、互いに背を向けて座っているため、ローシュタインの顔は見ることができない。そのため、初めは何かの冗談だと思ったが、彼の緊張を帯びた声音で話が進んでいくと戯言ではないと感じた。


確かに考えてみれば妙な話ではあった。

総隊長であるローシュタインから来るように指示されたのは、何故か会議室ではなく子供たちが遊ぶために用意されている遊具の詰まった箱庭だ。

加えて、誰にも行き先を告げないように言われ、現地に着いたら喋っていることを悟られないようにしろとの指示もあった。


言われたときは理由が分からなかったが、話を聞いてようやく全容がつかめてきた。

通信機や会議室を使わなかったのは盗聴の恐れがあるため。

一番賑やかな場所を選んだのは、万が一盗聴されていても子供たちや他の人たちの声で掻き消せるため。


どれも内通者がいることを前提にしていれば話が通る。

しかし―――


「―――なぜ私に話したのでス? もしかしたら、私が内通者であるかモしれないの二」


「君は忠誠を誓ってくれたろう。まだ、サセッタが設立してなかった遠い昔に。私はそれを覚えている。それ以外に何かあるのかい?」


さも当たり前のように、一瞬の躊躇いもなく彼は答えた。


「いえ……」


そう答えたコェヴィアンは内心恥じてた。

一瞬、彼女は疑われているのではと考えがよぎったのだ。


まだサセッタという組織が構想段階に入る遥か昔。

HKVや双極帝国戦争で、家族も親族も失い希望を無くしていたコェヴィアン。そこに光を与えるように、手を差し伸べ生きる目的を教えてくれたのがローシュタインである。


その時から彼女の心はずっと変わらない。

この人のために尽くし、この人の夢のために自らをささげると。

表情こそほとんど変わらない彼女だが、その心は本物だ。


そのことを誰よりも知っているローシュタインだからこそ、いの一番に報告しに来たのだろう。


信頼を裏切るようなことを言ってしまった。

彼女は自戒の念を込めて言う。


「私に、何かできることはありますカ。私にできることなら何でもしまス」


「ん、ありがとう。君だけが頼りだったから、そう言ってくれると助かる」


コェヴィアンはわずかに自分の心が躍ったのを感じた。

しかし、この場で浮かれるわけにはいかない。

そのまま彼女はいつも通り無表情のまま、ローシュタインの続きの言葉を待った。


「報告書によると、何者かが―――まぁ、傷跡の痕跡から人造人間だと判明しているが、そいつがエクヒリッチ隊の隊員を殺し、≪人類の叡智(カルタシス)≫を持ち去ったと書かれていた。我々にとって≪人類の叡智≫は、考えうる限り最も危険で最優先排除対象だ。しかし、警備にいたのは十数名。エクヒリッチはまだしも、デヒダイトがそのような凡ミスをするとは思えない」


「では、デヒダイトが内通者……?」


コェヴィアンは同じくして軍隊長である男の姿を思い浮かべる。


「いや、あくまで可能性があるだけだ。しかし、仮にデヒダイトが内通者であれば、なぜ直接本部を襲撃してこない? サーモルシティーを襲うのなら、手薄になった本部を狙うのが自明の理だろう」


「……」


「すまない。少し意地の悪い質問だったね。……昔、そうだな、10年前に起こった双極帝国戦が始まるさらに数十年前かな。まだ人類が人造人間でもセリアンスロープでもなかった頃に、私は今回戦った六戦鬼(セクスセイン)のコバルトと面識があってね、一風変わった考え方をする男だったんだ。恐らく本部を狙わなかったのは、普通では想像できない彼独自の考えが介入し、何かしらの目的があったのだろうと私は推測する」


確かに意地の悪い質問だ、とコェヴィアンは内心苦笑した。

既に予測がついているのにも関わらず尋ねてくるとは。そしてこういったローシュタインの予測はほとんどが当たる。少なくとも彼女―――コェヴィアンはその場面を見たことがなかった。


「追随して加えて言うと、マセライ帝国などが、内通者によって我々サセッタ本部の座標を把握していたのなら、有無を言わさず攻めてくるだろう。しかし、一週間以上たっても未だに動きがないところを見ると、座標情報はコバルトで止まっている可能性が高い」


あくまで辻褄の合う都合のいい見方だがね、と付け加える。


そうか、とコェヴィアンはここ数日のことを思い出す。

第一帝国戦を目前に控えた今、戦力を整えるために全ての軍隊長及び隊員が本部に集結している。本来の予定では、もう少し長く支援活動を行う予定だったが、サーモルシティーの一戦後、急遽、遠征中の他隊にも帰還・中止命令が出たのだ。

今のローシュタインの話しぶりからするに、本部が襲撃される可能性も考慮していたのだろう。


「さて、話を戻すよ。内通者について気になる点がもう一つある、≪人類の叡智(カルタシス)≫の件だ。仮にデヒダイトが敵の諜報員であるならば、奪還に関して展開が乱雑すぎる。軍隊長の立場を利用すればもっと円滑で、バレないような手段がいくつもあるはずだ」


確かに、とコェヴィアンは思う。同じ立場の自分であれば、その手段も容易に思いつく。

しばらくの沈黙の後、再びローシュタインが口を開いた。


「普通スパイというのは緻密な作業を行い、細かな人間の変化や組織の動きを常に見定めながら行動できる者が選ばれる。電脳空間を含め、完全に外部から遮断されている我々の組織に潜り込み、正体を隠しながら管理網をかいくぐり情報を抜き取り、漏えいするのは容易いことではない」


一瞬だったが、ローシュタインの声に、怒りとも苛立ちとも取れぬ感情が入り乱れたような気がした。


「―――その高難易度の任務を遂行している人間が、≪人類の叡智(カルタシス)≫を回収する際に、わざわざ戦闘を起こして痕跡を残すなどという、子供でも何があったか分かるようなずさんな手口を行うと考えられるだろうか」


「まさカ……」


「ん、情報を漏らしている内通者と、≪人類の叡智(カルタシス)≫を奪い返すために警備を手薄にした者は別人の可能性が高いということ。内通者もしくは裏切者は少なくとも二人いる、と私は踏んでいる」 



公園の中で老若男女の賑やかな声が何重にも混ざり合い、四重奏が周辺に奏でられる。対照的に光が差し込まない二人の空間には黒の静寂が漂う。

長い沈黙の後、コェヴィアンは重苦しく口を開いた。


「では……私はどうすれバ……」


「ん、コェヴィアン。君にはセリアンスロープの能力を使って監視していてほしい。怪し動きはないか、どこかに矛盾はないか。君なら胞子を飛ばして知覚共有できるだろう?」


「……分かりましタ。サセッタ組織の全員でよろしいですカ?」


「いや、そこまで大掛かりにやらなくてもいいよ。そうだな―――」


ローシュタインが対象を告げようとしたとき、公園で遊んでいた子供たちの大声によってかき消される。見ると、少し離れた場所で遊んでいた子供たちが、二人に向け大げさに手招きをしていた。


「ろーしゅたいーん、なにしてるのーー!! いっしょにあーそーぼー!」

「かくれんぼしよー!!」

「鬼ごっこの方がたのしいから!」

「かくれんぼ!!」

「はぁ!? ちげーしー!」



なにやら一発触発の雰囲気である。

ローシュタインはその光景を見て、くつくつと笑いながら腰を上げる。優しい笑顔を浮かべる一方で、口元はほとんど動かさず淀みなく喋る。


「……我々は家族だ。何としても危険分子を除かねばならない。監視対象はまた言うよ。それまでの間に、君が怪しいと感じた者にも胞子をつけておいてくれ。内通者がいることは確実だからね」



そう言い残して、ローシュタインは子供たちの元に行く。

ケンカになりそうだった二人を両腕に抱きかかえ、アトラクションのように走りまわる。

険悪だった雰囲気に、一瞬で笑顔が咲き乱れる。


「かくれんぼと鬼ごっこ同時に両方やろうか。私は強いよ」


ローシュタインがそう言うと、子供たちが口々に「そんなのできるわけない」と反論する。


「ん、二つのルールを合わせた遊びだよ。詳しく言うとね―――」




説明するローシュタインを遠目でコェヴィアンは見つめる。彼女はローシュタインとは反対に、公園から出ていき外から彼らの様子を眺めていた。

能面のように一切表情が変わらない彼女は、幾度となく他人に誤解され続けてきた。中でも子供は特にそうだった。近づくだけで泣かしてしまうのだ。


本心はローシュタインと共に輪の中に入りたい。

だが、自分が入ればせっかく彼が和やかにした雰囲気を、壊してしまうかもしれない。


コェヴィアンはぐっと感情を押し殺し、その場を去ろうと踵を返す。

するとそこには、いつからいたのだろう、柔らかな笑顔を浮かべた緑髪の青年が立っていた。

見たことのある顔だ。


「あなたは確か……デヒダイトのところの、アスシラン……でしたカ?」


「おや、覚えていてくれたんだね」


アスシランは照れくさそうに鼻の頭をかいた。


「さすがに何度も話しかけられれば、嫌でも覚えまス。何か用ですカ?」


「そうだね、用件は手短に済ませよう。これをあなたに―――」


そういって懐から取り出したのは、綺麗に三つ折りにされた紙だった。


「なんですか、これハ」


「どうしよもなく迷った時に開いてね。君の行動が、世界の命運を決めるといっても過言じゃないから」


「……どういう意味でス」


コェヴィアンは鋭い双眸でアスシランを見据える。

この男が言っている『行動』というのが、ローシュタインから託された『監視』であることを指しているのか。もしそうだとすれば、先ほどの密談を盗聴していたことになる。


―――アスシランが、内通者……?


しかし、アスシランはどこ吹く風、ヘラヘラとした笑いを浮かべ、そんな思惑などとてもあるように思えない。

だが、先程の口ぶりからして何かを企んでいるようにも見える。


コェヴィアンは一瞬考えた後、差し出された手紙を受け取る。

その際に、彼女は意図的にアスシランの手にふれた。


アスシランは安堵の表情を浮かべる。


「いやぁ、よかった! 受け取ってくれないかと思ってヒヤヒヤしたよ。別にラブレターとかじゃないからね! 安心してよ! それじゃあ、用事は済んだから失礼するよー」


その場を去ろうとするが、数歩進んだところで足を止め振り返る。


「それとさっき子供たちが手招きしたのは、ローシュタインさんだけじゃなくて、君もだと思うよ。もっと自分のしたいことをしないと!」


ウィンクをしてそう言った。



緑髪の男の後ろ姿が見えなくなるのを待ってから、コェヴィアンは渡された紙に目を落す。

迷った時に開けと言われたが、そもそも彼の言う通りにする義理はない。

彼女はためらいなく折りたたまれた紙を開く。



≪あなたは、どうしたい?≫



一言。

ただ一言、そう書かれていた。


―――なんだこれハ。からかわれているのカ?


感情に任せ、手紙を握りつぶす。


―――まぁ、イイ。胞子は付けておいタ。今日のことを含めて、後日、ローシュタイン総隊長に報告しよウ。


彼女はもう一度、公園で遊ぶ子供たちとローシュタインを見てから、その場を後にした。




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