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四十四話 ゆっくり湯舟 女湯編




アスシランが脱衣所で地獄を見る15分前。

彼らと行動を共にしていたアイリスは、女湯方面に分かれる廊下を進み、一人で暖簾(のれん)をくぐる。

鼻歌交じりに腕にかけた大き目のポーチを、ゆりかごのように揺らし上機嫌で脱衣所に入る。


扇風機が回り、外の空気とは隔離されたひんやりとした空間。アイリスはこれがたまらなく好きだった。

さらに運のいいことに中には人影がない。一番乗りのようだ。少し早めに隊舎を出たかいがあった。


鼻歌のテンポが速くなり、心なしか足も軽くなる。


「あっ! アイリスなの!」


テンションがピークを迎えようとしたときに、ひょっこりとロッカーの陰から姿を現したのは、ランプだった。

どうやら、アイリスは一番乗りではなかったらしい。


「あら、ランプちゃん。きてたのね」


「うん! それにしてもアイリス珍しく上機嫌だったの。鼻歌すっごい聞こえてた」


「あらあら、恥ずかしいわ……」


少し顔を紅潮させ、照れ隠しのためか頬に手を当てはにかんだ。


「それじゃあ、私は早速入ってくるの! 一番乗りだからいっぱい泳ぐことができるの~~~~!」


「こら、ランプちゃん。だめですよ。人様に迷惑になるようなことをしちゃいけません」


「誰も居ないからいいもん!」


「あらあら、困ったわ。聞き分けの無い子には、私だってちょっぴり怒っちゃうのよ?」


「アイリスが怒っても全然怖くないの」


にやりと悪戯めいた笑いを浮かべて逃げ去る。


「まぁ! そんな悪い子にはこうよ~」


アイリスは逃げ回るランプを捕まえると、逃げられないようにしっかりとホールドする。体の小さいランプはすっぽりと覆われ、顔が豊満な胸に沈み込む。

アイリスは微笑みを浮かべながら、ランプのわき腹をちょうどいい力加減でくすぐる。


「あははは! や、やめて~! くすぐったいの! あはっ、あははは! やめ、やめて~」


「ふふふ~、だめです。ちゃんとマナーを守ります、って言わないと許してあげませーん」


「いう! いうの! 言うから……! ちゃんとするの、守るの! ルール!」


「はい、よく言えました~」


アイリスは手を止める。

ランプは魔の手から解放され、数歩弱々しく歩いたかと思うと、力なく床に打ち伏せた。体が火照り、口をだらしなく開きよだれが垂れている。体が脈打つように小刻みに痙攣していた。


「はぁ……、はぁ……、し、死ぬかと思ったの……」


「あらまぁ、ちょっとやりすぎちゃったかしら。途中からちょっと楽しくなってきちゃったの、ごめんなさいね」


アイリスはふと壁にかかっている時計に目をやる。

脱衣所に入ってから10分が経とうとしていた。


「あらあら、早くお風呂に入らないと。後からどんどん人が来ちゃうわ。ランプちゃんもそんなところでいつまでも寝てちゃだめよ。風邪ひいちゃうわ」


「だ、誰のせいなの! 誰の!!」






「ふあぁ~~、いいお湯~~。訓練終わりのお風呂は最高ね~」


アイリスのまったりとした、気の抜けたような声が大浴場に反響する。どこか楽しげな口調なのがこれまた憎い。屈託のない笑顔も相まって、誰しもが虜になってしまうのが頷ける。


彼女の透き通るような白い肌に、手のひらですくい上げたお湯が滑らかに流れ落ちる。

肩までしっかりと温かさに包まれ、体に蓄積された疲れがじわじわと取れていくようだ。



「足をめいっぱい伸ばせるのが、もーほんとに最高ね~。半身浴できるくらいの深さもいいわね~」


満面の笑みを浮かべるアイリスの隣には、仏頂面を浮かべるランプがいた。

体操座りをしながら、息を吐いてブクブクと気泡を沸き立たせている。目線の先にはアイリスの豊満な胸がある。

アイリスがそれに気が付くと、ランプはそっぽを向く。


「ランプちゃん? どうしたのかしら?」


「ふん! なんもないの!!」


「さっきのことまだ怒ってるの?」


「それもあるの! それもあるけど……」


「お詫びの体洗いっこでは許してくれなかったのね……。途中からランプちゃん、しっかりと洗ってくれなかったもの。なんとなく、そうなのかなぁって」


「だ、だって……アイリスが洗うたびに、おっぱいが偉そうにゆれ―――」


その時、大浴場の扉が開いた。

後から入ってやってきたのはアイネだった。普段は髪留めで一つ結びしているだけだが、今は長い髪を後ろでまとめあげている。


「あら、ランプちゃん来てたの? 言ってくれれば一緒に行ったのに」


「う、うん……」


珍しくランプは小さい声で返事をする。声の大きさに比例するように、ますます体を湯船で小さくさせる。

普段と様子の違うランプを不思議に思いながら、アイネはかけ湯をして同じ湯船につかる。



「あらあら、お久しぶりね~、アイネちゃん」


「わぁ! お久しぶりです! アイリスさんもいらっしゃってたんですね。確か前にあったのって、私たちの隊舎に遊びに来たときですよね」


「ふふっ、そうだったかしら。よくタモトちゃんに誘われるのよ」


懐かしい景色でも見るように、アイリスは柔らかく笑う。


「あの時は珍しく、コールルイスさんも居ましたよね~。途中で体調悪くなって帰っちゃいましたけど」


「ルイス君、体そんなに強くないのにいつも無理するのよ。我慢しちゃだめよって毎日言ってるのに……」



そこでふと、アイネはいつの間にか、大きな浴槽の反対側にまで移動したランプに気が付く。いつもならば、横槍を入れるが如く、会話にねじ込んで入ってきそうなものだ。


「さっきからどうしたの? 体調悪いの?」


しかし、ランプは恨めし気な目色を浮かべるだけである。


「何か言ってくれないと―――」


「……なの」


ぼそりと小さい声が聞こえる。


「ん?」


「アイリスのおっぱい大きいの!! ずるいの!! アイリスだけならいいけど、アイネも私より大きいの!! なんでなの!? 私の方が年上なのにーーーー!! 私はずっと絶壁なの! 崖なの! まな板なの! 一生おっぱい大きくならないんだぁ!! びえぇぇぇぇえええええええええ!!」



突然、滝のように涙を流しながら泣き叫ぶ。

唐突の感情の変化にアイネは戸惑う。


「え、えぇ!? い、いきなりどうしたの!? 私だってようやく最近膨らんできたのよ? ランプちゃんもきっとすぐ大きくなるわ」


「うるさーーーい! 胸もないのにブラジャーつける私の気持ちなんて、誰にも分らないの! 私も『おっぱいが邪魔で足元が見えない~♪』とか一度でいいから言ってみたいの!」


「そ、そう……」


「……ぐすん、ぐすん。いつになったら大きくなるの……。大きくなったら男なんてイチコロなの。お菓子とかいっぱい貢がせるの」


ランプは涙をぬぐいながら欲望を垂れ流す。


「……胸あんまり関係ないわね」


アイネが少し呆れ気味に言った。


「男はみんなおっぱい好きってアスシラン言ってたもん。おっぱい大きかったら、男はその人に何でも買うって言ってたの」


「はぁ……、またアスシランさんの入れ知恵なのね……。いい? ランプちゃん。あの人、基本的に適当だからあんまりあてにしちゃだめよ」


「でもシオンとノイアも頷いてたの」


「…………そ、そう。ふーん、そうなんだ」


若干アイネの声質が硬くなる。

そこに、アイリスがゆっくりとお湯をかき分けながらランプの隣に腰を下ろす。


「あらあら、ランプちゃんはおませさんね。今はそのままでも十分可愛いと思うわよ。でも、胸が小さいのを気にするのは分かるわ。私もランプちゃんぐらいの年頃の時は気にしたものよ、全然大きくならなかったもの」


「アイリスもそうだったの?」


「そうよ~。周りの子はどんどん大きくなってるから、焦ったものよ。ふふっ、懐かしいわね」


「どうやったらこんなに大きくなるの!?」


ランプが身を乗り出してアイリスの胸を揉む。


「やんっ、……いきなり触られるとビクってなっちゃうから、メッ!」


アイリスがランプのほっぺたを引っ張って、餅のように伸ばす。


「ごふぇんなふぁい(ごめんなさい)」


「そ、それでアイリスさん。胸を大きくする方法って……その、なんですか」


ランプの代わりにアイネが尋ねる。


「あらあら、アイネちゃんも気になるの? そうね~、私が気を付けたことは……、うーーん。腕立てとかも大切だと思うけど、しっかりご飯食べて寝ることかしらね。タンパク質は絶対取ること。太るかもって思われがちだけど、いいタンパク質は欠かせないわね。ささみなんかその手の食べ物として有名よね。野菜とかも好き嫌いしないで食べるのよ? お菓子ばっかりじゃなくてね」


最後の言葉はランプに向けて言われたものだと察しがついた。

しかし、当の本人は全く気付いている様子はなく、ほっぺたを伸ばされながらしきりに頷いている。


「寝る時間もとっても大切なのよ。夜11時から深夜2時までには、成長ホルモンがすっごく分泌されるの。だから、『よく食べ・よく寝る』。これのおかげよ、きっと。お肌もすごく綺麗に保てるのよ?」


「なるほど~」


と、アイネ。


「目から鱗なの~~~~~」


ランプもようやくアイリスの手から解放され、声を出して相槌を打つ。

少女たちはそれを実践して、恩恵が受けられた時のことを想像して目を輝かせる。

そんな初心(うぶ)な大人に憧れる女の子たちを、アイリスはたまらなく愛しいと感じる。



「それともう一つ別の方法もあるのよ」


人差し指を顎のラインに乗せながらアイリスが言った。

その言葉にランプが勢いよく食いつく。


「早く教えるの、アイリス!」


「ふふっ、それはね―――」




こうして今日も一日が終わっていく。

苦しい現実を忘れることができる、ひとときの幸せを噛みしめながら。





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