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四十二話 運試しボードゲーム?




ある日の昼下がり。

デヒダイト隊の面々は仕事もひと段落し、思い思いの時間を過ごしていた。ある者は新聞を読みふけり、ある者はテレビを、ある者は刀の手入れをしている。

騒がしいランプも今はどこかに出かけており、久しぶりに静かな空間が隊舎に広がっていた。

静まり返った湖のほとりのような心地いい雰囲気に、突如、隊舎の正面玄関の扉が勢いよく開けられ、元気な女性の声が飛び込んできた。


「やっほー! 遊びに来たよ!」


湖に波紋を立たせた声の主は、デヒダイトと同じくして七人の軍隊長の一人、タモトだった。

短く切られた髪の毛は外側に跳ね上がり、ぱっちりとした目が印象的である。軍隊長の中で一番の元気印と言っても過言ではない。



「せっかく静かだったというのに……。何しにきおった、この間の飲み会の金でも返しに来たのか?」


新聞から顔を上げてデヒダイトが怪訝な表情を浮かべる。


「なにさー! この間のはデヒダイトのおごりでしょー」


「誰もおごるとは言っとらんだろう。……まぁ、いい。それで、何しに来た? 何かの伝令か?」


「そんなわけないでしょー。ふふふー、これよ、これ。これをやりに来たのだー」


タモトは満面の笑みを浮かべながら、後ろに隠し持っていた箱を見せる。

一見、遠目からでは菓子折りのように見えたが、よく見てみるとカラフルに彩られた表面に書かれていたのは、『言いなり運試しゲーム』とホラーチックに文字が刻まれていた。


それを見たデヒダイトは、困惑の表情を浮かべる。こうやってタモトが何かしらのボードゲームらしきものを持ってくるのは、今日に限った話ではなかった。


「自分の隊舎でやっとればいいではないか。わざわざ俺のところに来ずとも」


「だってデヒダイトの隊、人数減ってから暇してる時間多いでしょ。隊舎も持て余してるらしいしっ。それだったら、私が君たちの時間とスペースの両方を有効活用してあげようじゃないかね~、っていう粋な計らいだよ」


タモトは靴を脱いで、ずんずんと事務室に入ってくる。休憩スペースとして空けてあるシックな絨毯が敷かれている地面に腰を下ろす。寝っ転がりながらテレビを見ていたルナは、突如として現れたタモトに驚き、慌てて小部屋の和室で刀をいじっているクロテオードの元に逃げる。


「ルナちゃんは相変わらず人見知りだよねー。でも大丈夫! 今回持ってきたゲームは簡単だからさっ!」


そう言うと、おもむろにタモトは絨毯の上で箱を開け準備を始める。もはや隊舎の主であるデヒダイトの意見はお構いなしであった。


デヒダイトは大きくため息をつき参加する準備を整える。こうなってはいつもの流れで参加は免れないだろう。何を言ってもおそらくタモトは受け流すであろうし、時間もスペースも持て余していたのは事実だ。

それに、わざわざ十番街からこの荷物を持ってきてくれたのだ。夕飯までにはまだ時間もあるため、少しくらい誘いに乗っても問題ないだろう。


そんなことを思いながら、デヒダイトは和室に目を向ける。


「お前らはやらんのか」


その問いかけに、クロテオードは背を向けたまま答える。


「私は遠慮しておこう」


「ルナはどうする、どっちでも大丈夫だが」


「あ……うーん、私は……」


何度も興味ありげな目線はボードゲームに注がれるが、いまいち踏ん切りがつかない。数えるほどしか会っていないタモトを前に、少しひるんでいるのだ。

ルナが極度の人見知りだと知っているタモトは、元気よく手招きする。


「ルナちゃんやろうよ! きっと面白いぞ~」


「じゃ、じゃあ……やろっ……かな?」


恐る恐る和室から出てきて、デヒダイトに張り付くように隣に座った。

中央にボードゲーム、対になるようにタモトとデヒダイトが座っている状況で、かなり人的配置がイビツなものになった。


「何人でするゲームなんだ」


デヒダイトは目の前に広げられたマス目が連なるマップらしきものを見ながら聞く。

どうやら人生ゲームに近い種類のようだ。ただ、マス目には何も書かれておらず、代わりに窪んでいる。見ただけでは何のゲームか判断が付かない。少しばかり想像するには情報が欠ける。


「んー、何人でもいいけど、三人だと盛り上がり的に少ないかなー。他に誰かいないの?」


「二階に何人かいたような気がするな。呼んでくるか」


のそりと立ち上がると、デヒダイトは階段を昇って行った。

その場にはルナとタモトだけになる。


一瞬の静寂のあと、タモトはルナを見つめるとにんまりと笑う。その視線に気づいたルナは慌てて目をそらす。タモトはじわりじわりと、座りながらルナとの不自然にあいた距離を詰める。

対して、ルナはタモトから逃れるようにボードゲームを中心として反対側に移動する。

それを見たタモトは反対側に切り返して、距離を詰めようとする。

しかし、負けじとルナも裏をかくためにフェイントを入れる。


「なっ!? やるね、ルナちゃん! でも、私は近くでお話ししたいんだよ!」


「……は、離れてても、お話し、……できます」


「むむむ! 確かに! でもちょっとくらいいいでしょ~」


「い、いいでしょ、って……なにが、ですか?」


「もちもちのほっぺ、ムニムニさせて~。私に潤いを~」


タモトは両手の指を滑らかに動かしながらルナを追い回す。

ルナは必死になって養分にされないように逃げ回る。


そんな怪奇的な動きをする二人を、遠目で見ていたクロテオードは目を細める。


―――奴ら、いったい何をしているんだ……。







デヒダイトは二階に上がり、踊り場にあるネームプレートを確認する。両面に名前が書かれており、片方は黒、片方は赤で在室しているか否かが一目でわかる。赤の場合が外出中という決まりになっている。


「うーむ? ……居るのはカルーノ、ブロガント、ラウン、シオンか。とりあえず二階から行くか」


二階は201~207まであり、2DKで一部屋12帖の広さである。少人数制になってから隊員総出で改装に当たり、折衷案でこの広さになった。なお、強い要望により女性の部屋のみユニットバスが付いている特別仕様となっている。それでもなお有り余るスペースは物置や共用スペースとして活用している。


テレビやヨガマットなどが置いてある共用スペースを抜けると、気持ちのいいほどの直進のフローリングの廊下を歩き、204号室前で立ち止まる。


「カルーノ、いるかー?」


デヒダイトは何度かノックするが返事がない。

しかし、部屋の中からは人の気配はする。


「カルーノ、開けるぞー」


取っ手を回し、中に入る。狭い通路を抜け、二つあるうちの片方の部屋に入る。

部屋は薄暗く、外界からの光を遮断するようにカーテンが閉め切られている。角には城壁のように立ち並ぶ本棚に埋め尽くされ、サセッタに入る前にカルーノが集めていた漫画やフィギュアが収められていた。


光の無い部屋に唯一の光源が揺らめいているのが分かった。

ゲームチェアに優雅に座ったカルーノは、ヘッドホンをしてアニメを見ていた。


「ぐふふ、いいンゴねぇ……。ここでクライマックスというわけですな……。演出と声優の腕の見せ所ンゴ!」


「おーい、カルーノ」


「おおっ! ま、まさか……! ンゴゴゴゴー、激アツ展開キターーーー!!」


「カルーノ」


デヒダイトがヘッドホンを外す。


「うおおおおおお! んぁ!?!? な、隊長!?!?! な、何するんですか!! 今めちゃくちゃいいところなのに! てか、なんで僕の部屋に入ってきてるんンゴ!?」


「すまん、ノックは一応したんだがな……。おもしろいのか、それ」


「面白いですとも!! だいぶん昔のアニメですけど構成、脚本、演出、どれをとっても一級品!! そして今、マッドサイエンティストにして大天才ボボンボ博士が、ついに争いに終止符を打つシーンに入ったとこだったに! ヘッドホン返すンゴ!」


「お、おう。すまんかった。ところで、ボードゲームをやるらしいんだが、……忙しそうだな。邪魔したな」


デヒダイトはヘッドホンを返して部屋を出た。




「さて、カルーノの次はラウンか」


204号室を後にし、デヒダイトは206号室の扉をたたく。

その瞬間、何やら大きな音が立ったかと思うと、扉越しに声が聞こえてきた。


「だ、誰?」


「俺だー、デヒダイトだ」


「あ、隊長でしたか……。どうかしました?」


会話はそのまま扉を挟んで行われる。


「いやな、タモトの奴がまた遊びに来て、ボードゲームをするらしいんだが、人数が足りん。一緒にやらんか?」


「なるほど……。ちょっとだけ時間さえもらえれば……、準備できます」


「お、やってくれるか! 助かる!」


「そこで待っててくださいね」



彼女は部屋に戻り、急いで着ていたパステルイエローのフリルタンクを脱ぐ。

スポーツブラの格好のまま、服をきれいの折り畳みケースの中に入れる。衣装ケースにはかわいらしい、いかにも女の子といった感じの色どりや形をした服が揃えられていた。


「あ、危なかった……。こんな格好みられたら、絶対笑われる」


白髪のボブカットに普段から女性らしい格好をしないラウン。一人称を含め、凛とした口調もどちらかと言えば男よりで、精悍な顔立ちも相まって、初対面の人間にはよく男性と間違われることが多い。これは今に始まって話ではなく、幼少のころよりそうであったため、気が付けば女性らしい格好やしぐさをするのに人目を避けるようになっていった。


そんな彼女が唯一の趣味として行っているのが、部屋で一人ファッションショーである。普段はしない化粧もばっちり決め、なかなか人前では着れないようなかわいらしいカラフルな服を楽しむのだ。これならば、男っぽいからと言って誰にもからかわれることはない。


ところが、一人で鼻歌を歌いながら、ショーのボルテージが最高に高まった瞬間に、デヒダイトが急に来るものだから、ラウンとしてはたまったものではない。

急いで普段着ている黒パンを履き、白いインナーにジャケットを羽織る。


部屋を出る前に、ラウンは衣装ケースをクローゼットの奥に隠したことを確認する。



「おまたせしました、行きましょう」


部屋の外で待つデヒダイトと合流する。


「おう、来たか。あと二部屋回ろうと思っとるが構わんか?」


「ボクは大丈夫ですよ」


「付き合わせてすまんなぁ」


二人はそのまま三階へと足を運ぶ。三階は二階と同様、七部屋あるが、ひとつは空き部屋で倉庫となっている。壁のところどころに張り紙が貼ってあり、クレヨンで似顔絵が描かれている。決して上手くはないが、特徴をよくとらえているものであるため、デヒダイト隊のメンバーだとかろうじて分かった。

これらは言うまでもなくランプの作品であり、何人たりとも剥がすことも書き加えることも許されない。


絵が張り付けられた回廊を通り、二人は302のシオンの部屋に来る。


「小僧、おるか~」


「入ってきても大丈夫ですー」


中からシオンの声が聞こえた。

デヒダイトとラウンが部屋に入ると、何やら愉快なBGMが流れている。

音が聞こえてくる12帖の部屋に入ると、そこにはシオンのほかにアスシランもいた。二人は夢中になってテレビゲームの『ぶよぶよ』をしていた。


画面を見るとどうやらアスシランが圧倒的に優勢で、対してシオンの画面はもはや埋めどころがないくらいドン詰まりしており、負けるのも時間の問題だった。


やがて、アスシランの画面に『you win !』の文字が浮かび上がり、ガッツポーズをする。


「ふっ、僕に勝つのはまだまだ早いよ、シオン君!」


「また負けた……。おかしい、早すぎだ……」


「このゲーム、僕がどれだけカルーノとやりこんだと思ってるんだい。また出直してきなよ、僕はいつでも受けて立つさ。なんせチャンピオンだからね!」


アスシランの渾身のどや顔が決まったところで、デヒダイトは会話に割り込む。


「ちょうどキリのいいところだから聞くが、タモトが遊びに来たから一緒にボードゲームせんか?」


「その誘いを待ってたよ、タイチョー」


そう言ってアスシランは立ち上がり、傍に置いてあった一眼レフのカメラを首からかける。

遠出するわけでもないのに、カメラを首からぶら下げることに違和感を持ったラウンは小首をかしげる。


「カメラなんか持ってどうしたの」


「これからいいものが撮れるのを、僕の『第六感(シックスセンス)』で視たからね。なんとしてでも高画質で激写するともさ!」


その言葉にラウンは眉を吊り上げる。


「君のセリアンスロープのそれはほとんど未来予知だからなぁ。どんな光景が見れるのか楽しみにしとこう」


第六感は野生の動物に備わってるとされる勘。あらゆる危険や死線を認知し事前に回避することができる、野生動物ならではのものである。もちろん人間にも備わってはいるが、それは文明が発達するにつれ失われており、今はその残渣しかない。

野生動物に備わるそれを、より強力にしたのがアスシランの『第六感(シックスセンス)』であり、様々な制約はあるものの、その領域は未来予知にすら相当する。モデル生物とは別の総合的な能力であり、実質的にシオンと同じマルチタイプに分別できる。



「ぜひとも期待しておいてよ。……ところで、ラウン。今日はなんで化粧してるんだい? 普段全くしてないのに」


その言葉にラウンの心臓が高鳴り、嫌な汗がにじみ出る。。


―――し、しまった! 慌ててたから、服だけ着替えてお化粧落とすの忘れてた……!


ラウンの頭が真っ白になり、顔が紅潮する。

アワアワとうろたえる彼女にさらに追い打ちをかけるように、再び悪気無きアスシランの言葉が襲い掛かる。


「あー、なるほど。この間こっそり持って帰ってたあの服を着て出かけようとしてたんだね。たしかにそのメイクなら合いそうだ」


「「あの服?」」


シオンとデヒダイトが同時に聞く。


「えっ? 二人とも知らないのかい? あの黄――――」



しかし、それ以上彼の言葉が続くことはなかった。

ラウンがアスシランの耳を引っ張り、シオンの部屋から出て廊下に連れ出したかと思うと、そのまま壁に押し付ける。

まだ気が動転しているのか、耳まで赤くなった茹で顔は、普段のクールな印象の彼女とはかけ離れていた。

ろれつの回らない言葉でアスシランを問い詰める。


「ど、どどどど、どこで知った!? あの時は隊舎に誰も居なかったはず……!」


「な、なんでそんなに怒ってるんだい!? ちょうどあの時はランプのかくれんぼに付き合ってたから、気づかなかったのかな? ホントたまたまだよ、たまたま。でも、似合ってそうだから、そんなに恥ずかしがらなくても……」


「に、似合って……る? い、いや、そういう問題ではない! ほ、ほかに、誰が知ってる!?!?」


「僕が知るわけないじゃないか……」


「『第六感(シックスセンス)』を使って調べてくれ! 今すぐに!」


すると、アスシランはこの時を待ってましたと言わんばかりに、一瞬、にやりと笑う。


「タダで能力を使うわけにはいかないなぁ。何か条件を……」


「なんでもする、頼むから!」


「ん? 今何でもするって言った?」


「あ、あぁ。い、言った」


ラウンは何か、取り返しのつかないことを言ってしまった様な気がした。

しかし、そんなことはお構いなしに、言質をとったアスシランは額に形印(コントラー)を浮かばせる。


「んー、知っているのはルナちゃんと、副タイチョ―のクロさんかな」


「そんな……。ルナはまだしもクロテオードさんにまで……」


「あのひと別に言いふらすような人じゃないから大丈夫じゃない? ルナちゃんも無口だし皆に言わないよ、きっと」


「うぅ、誰にも言わないでよ……?」


「もちろん! 僕の口の堅さはサセッタNO,1だからね」


ラウンの今までの人生で、これほどまでに信用できなかった言葉はない。

しかし、もはやこの軽薄な男が口を滑らせないことを祈るしかなかった。


ラウンはふらついた足取りでアスシランから離れ、階段を下りて行った。もはや自我が保てるほどのメンタルは残っていなかった。まさに穴があったら入りたいといった感じだろう。この後、彼女は自室に戻り、ベットの上で枕に顔をうずめ、恥ずかしさのあまりもだえ苦しむ未来が待っている。


そんな数分後の未来を視ながらアスシランは儚くつぶやく。


「強く生きて、ラウン……」


そこで、ようやくシオンとデヒダイトが部屋から出てくる。


「何があったんだ?」

「ラウンさんが取り乱してるとこ初めて見た……」


既にラウンがいなくなった後で、真実は二人ともまだ知らないようだった。

二人の感想をまとめるようにアスシランは言う。


「僕たちはこれから彼女をもっと、女の子として扱ってあげないといけないなぁ、ってことだよ」


「まあ、なんかよくわからんが、自分の部屋に帰ったのか。無理に参加させるわけにもいかんからな。とりあえず、最後の部屋行くぞう」



一人減って二人増えた一行は、最後の部屋304号室にたどり着く。

デヒダイトはノックする。


「おーい、ブロガント。起きてるか?」


うぃーっす、という部屋から間延びした声が聞こえる。


「入ってもいいっすよー」


許可と共に三人は部屋の中に入る。

部屋には家具や寝具があるごく普通の部屋だったが、その中で全身鏡の前に立ち、半裸になりながらピンセットをもって、なにやら胸のあたりをいじっている一人の男がいる。


眼鏡をかけて、掻き上げられた髪の毛は一見さわやかな知的青年の印象を受けるが、実際はその逆。ド変態である。

なにやら三人に対して背を向け、不穏な動きを鏡の前でしている。デヒダイトは咳ばらいを一回して間を取る。


「あー、ブロガント。一応聞くが、何してるんだ?」


デヒダイトが若干言葉を選びながら尋ねる。


「何って、隊長。見たらわかるでしょう。ビーチクに生えた毛を抜いてるんですよ。そんなことも分からないくらい目が悪くなったんすか?」


「まだそこまで目は悪くなっとらんわい。そんなことよりだな、一階で―――」


「そんなことより!? 俺のビーチクに生えた毛より大切なことが、この世にあると思ってるんすか!?」


「いっぱいあるんじゃないかい?」


空気を読まずそう答えたのは、案の定、アスシランだった。

ブロガントは舌打ちをする。


「え、僕今何かおかしいこと言った!?」


「もういい、萎えた。それで何しに来たんすか三人そろって。まさかアスシランの第六感(シックスセンス)を使って、タイミングを見計らって俺のビーチクに生えた毛を見に来たわけじゃないでしょう」


「そんなくだらない事にわざわざ使わないよ。一日の回数制限があるからね」


とアスシラン。


―――こんな大人になりたくねーな。


とシオン。


「うむ、一階にタモトがきててだな……」


と、デヒダイト。


「あー、いつものやつっすね。いいっすよ、行きましょうか」


あっさりと快諾するブロガント。


こうして四人の男たちが足並みそろえて、ボードゲームをするべく、一階に向かっていった。





ちょうどその頃、一階では―――。

とうとうルナがタモトに捕まり、押し倒されて両手を押さえつけられていた。


円を描きながらイタチごっこをしてはや十分。

綺麗に敷かれていた絨毯は彼女たちのフェイントの掛け合いでぐちゃぐちゃになり、ボードゲームのカードが床に散らばっている。これだけ見ればいかに二人が本気で追いかけっこをしていたか分かるだろう。

その証拠に、二人は息を荒げ額に汗の玉を光らせている。


「はぁ……はぁ……ようやく捕まえたよ~、ルナちゃん。観念してほっぺをぷにぷにさせなさ~い」


「……た、たすけて……クロさん。私の……初めてが……」


ルナのSOSを聞いてようやくクロテオードは重い腰を上げ、和室から出てくる。


「タモト、いかに軍隊長と言えど、そろそろ悪ふざけはやめてもらおうか」


「そんなこと言って~、クロテオードも触ってみたいんでしょ、ほらほら~」


「タモト、これ以上は―――」


その瞬間だった。

一瞬、ルナを押さえつけていたタモトの手の力が緩んだ。

それをルナは脱出する好機とみて、形印(コントラー)を浮かび上がらせ翼を背中から出現させ一扇ぎする。

勢いのある力に絨毯がいきなり引っ張られ、その上に立っていたクロテオードはたまらず前のめりになって倒れこむ。


大きな衝撃音が共有スペースに広がる。


「っつつ、おい、二人とも―――」


クロテオードは言葉を途中で切った。否、意図的に切ったわけではない。

立ち上がろうとしたときに両手に何か柔らかいものがあったため、全神経がそこに集中してしまったのだ。

しかも、不覚にも現状を理解するまでに無意識のうちに二回ほど揉んでしまっていた。


そう。

デヒダイト隊副隊長、漢クロテオード。

剣術によって鍛えられた両手は、左にタモトの、右にルナの胸をしっかりと包んでいた。



そして、どこからか“パシャリ”と撮影する音が聞こえた。

クロテオードが振り向くと、そこには三階から降りてきたデヒダイト、シオン、ブロガント、そして完璧なタイミングでシャッターを切ったアスシランがそこにいた。


「クロテオード……お主……」


デヒダイトが絶望に声を染める。


「鞘に納めるのは刀だけにしといてほしいっすね」


ニヤつきながらブロガントがいう。

シオンは目をそらす。



クロテオードはゆらりと立ち上がり、和室に行き正座をする。上着を脱ぎ腰から脇差を引き抜く。


「この所業は万死に値する……。私の修行不足ゆえ、このようなことに。死を持って償わせてもらおう。介錯は頼んだ」


「おい! すぐ切腹しようとするな! 頼んだ、シオン!」


デヒダイトが叫ぶと同時に、シオンが四倍速で間合いを詰め、止めに入る。

腹に切っ先が刺さるギリギリだった。


「シオン、やめろ。私は、私は……!!」


「お、落ち着いてください! ワザとじゃないってことぐらいわかってますから……!」


シオンに続くように、起き上がったタモトとルナも止めに入る。


「そ、そーそー。はははっ、ちょっとびっくりしちゃったけどねー、もともと私が悪いし……」


「……そ、そうです……。クロさんは……悪く、ないです。私が……いきなり……」



四畳ほどしかない狭いスペースに、四人が力を合わせてクロテオードを止めに入る。

その光景を遠くからブロガントとアスシランが眺める。


「俺がもし副隊長の立場だったらどうなってたっすかね? あんなふうに許してもらえるんすかね?」


「んー、たぶん誰も擁護しないんじゃないかな」


第六感(シックスセンス)か……いいっすねぇ、なんでも分かるってのは」


「いや、第六感(シックスセンス)使わなくても分かるよ……。それになんでも分かってるってほど、便利なものじゃないんだよね」


「へー、よくわかんないすけど、大変すね」


「…………ほんと、たいへんだよ」


「そういえば、止めに入らなくていいんすか、俺たち。まるでバーゲンセールでもなお、売れ残った商品みたいな疎外感だ」


「いこうか。行かないと後が怖いからね」



二人はクロテオードの切腹を止めるために和室に向けて歩き出した。




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