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四十話 3/7人の宴会




デヒダイトは四日前のサーモルシティーでの戦闘をまとめたレポートを片手に、指令本部のある塔に向けて歩く。今日は軍隊長七人全員を集めた作戦会議が行われる予定だ。会議の内容はもちろん『第一帝国戦』である。

現在はその大まかな内容しか知らされていないが、いよいよもって最終段階に向けての準備が整えられようとしていた。



指令本部は環状扇形に広がるサセッタ敷地の中心角にそびえ立つ。どの街からもアクセスが良く、道が一つになる交点ではよく知った顔と鉢合わせる。


果たしてデヒダイトの前を歩く人物は軍隊長の一人、コールルイスであった。


「おう、コールルイス、久方ぶりではないか! また入院していたと聞いていたが大丈夫なのか?」


デヒダイトは大股で近づいたかと思うと、手前の華奢な体を力強くたたいた。

コールルイスは肺が圧迫され、せき込む。


「お、すまんすまん。まー、元気そうで何よりだわい」


「ど、どうも。お久しぶりです、デヒダイトさん。サーモルシティーの件はありがとうございます。僕が体調崩したばっかりに」


暗い口調で覇気のない声で言う。目の下にはくっきりとクマが出来て、より一層貧弱さを感じさせた。

しかし、デヒダイトは一向に気にするそぶりをみせない。それは彼の豪胆さゆえでもあり、またコールルイスが日常的に病弱根暗だということを理解していたからだ。


「別に構わんぞ。だが、その代わり今日ちょっくら一杯引っかけてかんか? 他の軍隊長のヤツらも呼んでな。久しぶりに盃をかわそうぞ」


「え、あっ、だ、大丈夫ですけど、僕ちょっとエクヒリッチさんがいまだに苦手で……」


「あー、あいつはさっき誘ったが断られた。『てめェと飲むくらいだったらなァ、部下と騒いだほうが楽しいだろォが』ってな」


「はは……、それなら行こうかな……」


「といっても全員揃うことはないだろうなぁ。そろいもそろってノリの悪い奴らばかりだからな。来てくれそうなのはタモトくらいか」


二人は止めていた足を動かし、塔の中に入っていく。

エレベーターに乗り込み三階のボタンを押して扉を閉めようとしたその時、ロビーに響き渡るほどのはつらつとした声が反響する。


「まったまった、まったーー!! 二人とも私をのせてーー!」


耳をつんざくような高い声にコールルイスは顔をしかめ、体を少しのけぞらせる。

デヒダイトは閉じかかったドアの開くボタンを押す。


そこに滑り込むように一人の女性が飛び込んだ。


「セーフ! さぁーんきゅ、デヒダイト!」


「噂をすればだな、タモト」


「えー、なになに?? 私の話してたのー? どんな話してたのだよ~、男性諸君!」


タモトは白い歯を見せながら、人懐っこい笑顔を浮かべる。


「飲みの誘いだ。堅苦しい会議の後に、こうクイッといっぱいどうだ」


「お~、いいね~! 久々の耐久戦やるかいっ!? もちろんルイスっちもくるよね! デヒダイトのおごりだし!」


「あ、ああ、もともと行く予定……」


タモトは目を輝かせる。


「よーし! なら今日の会議は寝て英気を溜めなきゃねっ!」


「おごりはせんぞ、おごりは」


丁度そこでエレベーターが目的の階に着く。

扉が開くと、正面には毛細血管認証システムにより厳重に管理された部屋がある。

デヒダイトが手をかざし、数秒ののち認証音がなり正面の扉が開く。


中にはデヒダイトら三人を除く他の軍隊長が、すでに大理石でできた長机の周りに腰かけている。そして一番上座には総隊長のローシュタインがいた。


後から入ってきた三人は自分の椅子に腰を掛ける。

全員が来たことを確認したローシュタインはゆっくりと口を開いた。



「全員そろったようだな。それではまずはデヒダイトからサーモルシティーでの戦闘詳細について報告をしたのち、第一帝国戦の本格的な作戦を共有したいと思う―――」






「けーっきょくこの三人しか集まらんのか!」


空になったビールジョッキを片手にほろ酔い状態のデヒダイトは声を張り上げる。

会議も終わり、いざ声をかけて回ったもののデヒダイトの誘いに乗ってくる者はいなかった。


「そーだ、そーだぁ!! 病み上がりのルイスっちだって来てるのに他の奴らときたら軟弱すぎる! けしからんね!」


便乗するようにタモトが叫ぶ。こちらはかなりの泥酔状態のようだ。


彼らがいるのはサセッタ本拠地でも二つしかない飲み屋の内、『パンなーむ』というお店である。両店とも品揃えはそこまでよくない。贅沢できるだけの資源が敗戦国にないのは仕方のないことではある。とはいっても、軽くつまめるだけのおつまみと酒さえあれば彼らにとっては気にするところではない。


否、正確にはデヒダイトとタモトだけで、コールルイスといえばおつまみの豆を一つずつ箸でつまんで口に放り込む作業に没頭していた。


「ちょっとぉ~、ルイスっち~、ノリ悪いぞ~。もっとはしゃごうじゃないかね~」


タモトは会話に入ってこないコールルイスに話題を振る。

完全に出来上がった彼女は焦点が定まっておらず、もはや暴走状態だった。


「いや、僕は十分はしゃいで……」


なんとかアピールするもむなしく、彼の目の前になみなみ注がれたビールジョッキが三つ並べられた。


「私が頼んどいたよ! お代はデヒダイトが持ってくれるから安心だね!」


「ばかもの、そんなわけあるか。多く払うだけにしてくれ」


「えー、なんでよ~~。こんなに可愛い子にお金を払わせるの?」


タモトはそういってウィンクする。

しかし、デヒダイトもコールルイスも白けた目をした後、違う話題にうつる。


「おー、そういえば昨日ランプの奴がな、ローシュタインに金をせびりに行ったらしいんだが、子供銀行の金を渡されたらしくて、『騙された~』って泣き叫びながら帰ってきたもんだから大変だったわい」


「またあの子ですか……。この間、僕の隊舎にも来ましたよ。『クロちゃんに恨みがある人は私の元に集まるの~』とかなんとか」


「すまんなぁ、迷惑かける」


「いえいえ、いいんですよ。あの子が遊びに来ると賑やかになるんで。軍隊長の僕が暗いですから……」


その時、タモトが机に叩き付けるように飲み干したジョッキを置く。割れなかったのが不思議なくらいである。


「こらこら、ちょっと君たち? 私を無視しないでよ! なに!? 色気が足りないっていうの!!??」


渾身のセクシー落とし技を無視されたタモトが、こめかみに血管を浮かばせながら割って入ってくる。

二人は黙ってうなずく。


「へ~、そうかいそうかい、お二人さん。何が気に食わないっていうんだい? ん? お姉さんに教えてごらんなさいよ~」


やけくそ気味にコールルイスの前に並べたビールを順々に飲み干していく。


「お前はお姉さんというほどお姉さんではなかろうが。コールルイスの一つ上か? 二つ上だったか? 40手前の俺からすれば、20代も10代そう変わらんぞ」


「私は25ですぅ! もうお姉さんを名乗っても―――」


「いえ、タモトさんは確か僕の三つ上だったはずなんで27歳じゃなかったですか?」


ぴしっと。

一瞬空気が凍った。


「……あれ? また僕、何かやっちゃいました……か?」


コールルイスの語気が尻すぼみになっていく。

年のさばを読んだことを看破され、タモトの酒で火照った顔がより一層赤くなっていく。


「べ、べつにわざと間違えたわけじゃなくてねっ、たまたまというか、勘違いというか! あと三年で三十路という現実に絶望してたとかじゃないんだよ!」


「もういい、休め、タモト……。ほら、お前の好きな『煮たキャベツ~岩塩と共に~』を頼んでおいたからこれでも食え」


デヒダイトは興奮して立ち上がった彼女を落ち着かせようとするも、しかしタモトは止まらない。


「ふん! いいですよ~だ! どうせ、私は胸も小さいし髪の毛も短くて癖毛でおしとやかな女性じゃないもん! 男子はどうせアイリスみたいな女性の方が好みなんでしょ!」


アイリスとは三人と同じ軍隊長の一人である。艶やかなミディアムの深い紫色の髪におっとりした仕草が特徴的な女性だ。サセッタの男性隊員にかなりの人気があり、陰ではファンクラブができているという噂もある。


いよいよもって手の付けられなくなったタモトをたしなめるように、デヒダイトがめんどくさそうにため息をつく。


「誰もそんなこと言ってないであろう。ほら、座って煮たキャベツをだな……」


「うぇ~ん! ばかー! ふたりのことなんかもう知らないー!」


そういってタモトは走って勢いよく店から出ていった。


「お、おい! タモト! ……だめだ、あいつは酔うと手に負えんことを忘れとったわい」


タモトの背中が見えなくなった。デヒダイトは椅子に座り背もたれに体重をかけ、手に持った残ったビールを一気に飲み干す。


「ぷはぁ、……明日謝りにいくか。なあ、コールルイスよ」


デヒダイトは五杯目のジョッキを空にした。

返事がないので、ふと横を見るとこの世全ての負のオーラを寄せ集めたかのような雰囲気を出したコールルイスがいた。

椅子の上で体育座りになり体を丸めている。


「やっぱり僕は空気が読めないんだ。役立たずで、暗くて、コミュ障で、だから彼女もできないし、隊員たちも白い目で僕をみるんだ……。いくら他の使命をやっていても、一緒にいる限りは、仲良くやりたいけど。でも、僕は空気が読めないし、そして体も弱いからコミュニケーションがとれなくて……」


酒の勢いと相まって、永遠と自分の愚痴を垂れ流し続けていた。

デヒダイトは頭をかく。


「こりゃ、だめだな。今日はお開きだな。まー、なかなか楽しめたわい! よかったよかった。おーい、ここのテーブルの会計頼む!」


奥で店員が返事をする。

それを聞き届けると、デヒダイトは財布を取り出す。マジックテープをバリバリっと音を立てて中身を確認する。


「これだけあれば足りるか。おい、コールルイス、お前は先帰っとれ」


呼びかけられ、コールルイスは正気に戻る。


「……え、でも」


「いいから、いいから。俺が誘ったんだしな。それにお前全然飲んでなかろう」


「で、では、お言葉に甘えて」


そう言ってコールルイスは席を立ち店の外に出る。

帰路につき薄暗くなった街道を歩いていると、彼はふと奢ってもらった代金の心配をする。


「よかったのかなぁ、タモトさんかなり飲んでたんだけど。でもまぁ、大丈夫ってデヒダイトさん言ってたしな。今度会った時にお礼言っとかないと」


そう言って軍隊長の一人であるコールルイスは、心地よい酔いと共に自分の隊舎に戻っていった。




ちょうどそのころ―――。


「おまたせしました、こちらお会計です」


デヒダイトの元に今回の飲み会の領収書が届く。

ごつごつした岩のような手でそれを掴み値段を見る。


「…………高くないか?」


しばらくの間のあと彼は言った。

紙面に記された値段は16,250M。

対してデヒダイトの財布の中に入っているお金は15,000Mである。


「ちょ、ちょっと待て、なんでこんなに……」


目を走らせて注文品を見る。

自分の記憶と一致させながらレシートを下っていくと、ある一点に目玉が飛び出るほど驚く。


「ビール30杯だと!? 二時間しかいなかったんだぞ!? まてまて、俺が五杯だろ。コールルイスが二杯。タモトが……」


そういえば、とデヒダイトは思い出す。

三人だけの宴会が始まって開始五分でタモトの前に空のジョッキが三つ並べられていたことに。

それからも店員が頻繁に空いたジョッキを下げるが、彼女の前には常になみなみ注がれたビールと飲みほしたジョッキが肩をそろえて並べられていた。


「…………酒豪の領域を超えとる、奴の胃袋はどうなっとるんだ」


デヒダイトは遠い目をしてつぶやいた。




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