三十三話 隕石の如く
ガルネゼーアに連れられて戦線に戻ったシオンは、めくれ上がったアスファルトに身を隠し敵の攻撃から逃れる。攻撃が止むと身を乗り出し二回発砲する。一発は敵から逸れるが、もう一発は狙い通り銃器に直撃する。
十メートル以上離れている場所からは到底、核など狙い撃つことなどできず、これが精一杯だった。
人造人間兵が一斉にシオンめがけてレーザー銃を放つ。シオンはそれを見るや、三倍速でその場から離れる。次の瞬間にはレーザーがアスファルトを貫通し虫食い状態にしていた。
建物の影に隠れながら、シオンは弾を装填し手持ちを確認する。
手に握るリボルバー式の拳銃は弾が底をつきかけていた。
―――残りは今装填した六発分。それとスピードローダー1つ分か……。
目の前の敵は徐々にだが、サセッタの猛攻により後退しているように思えた。
数の差で勝っている相手を押しているという事実は、その場にいるシオンたちデヒダイト隊やエクヒリッチ隊に大きな追い風を吹かせていた。
中でもガルネゼーアは別格だったと言えよう。
武装も何も施さず、生身単身で敵に突っ込んでいく。百人組手よりもはるかに想像を絶する人数相手に、柔と剛を兼ね備えた古武術をもって敵をなぎ倒す。
銃で狙われれば柔を以て対処する。レーザーの縦横の幅に合わせ、その周りで手を回転させ気流を発生させる。同時に連動するように体も1回転させる。手の気流にコントロールされたレーザーが付き従うように軌道を変え、そのままラケットでボールを打つように手を振りぬくと、レーザーは180度方向転換し敵に襲い掛かる。
エターナルサーベルで立ち向かわれれば剛を以て対処する。承十陽拳・一陽『絶波』―――上半身・下半身といった次元の問題ではなく、頭の先からつま先に至るまでの全身の筋肉を強引に捻り、弾いた反動を掌底に全て集約させる絶技。
そこから放たれる波動にも近い攻撃は、人造人間兵の内蔵機器を木っ端微塵に破壊し、対象をきりもみ状に吹き飛ばす。
集団で狙われれば胸元に形印を発動させる。彼女のセリアンスロープは≪ネコ≫。動体視力の上昇に加え、標準的な人間と比べると毛の生えた程度の脚力強化。そして全身変形が主たる能力だった。
しかし、ガルネゼーアにとっては十分すぎるほどの能力である。囲まれるが早いか、敵の頭上を飛び超えるように宙を舞い、そこを狙撃されれば黒猫に身を変えることで難を逃れる。
戦場の真っただ中で奮闘するガルネゼーアに勇気づけられ、さらにサセッタは猛攻を仕掛ける。
その優勢にシオンはもどかしさを覚える。
「くそ、刀も持ってくるべきだったな」
中・遠距離戦ではシオンのセリアンスロープは本来の半分のポテンシャルしか発揮できない。白兵戦でこそ真価を発揮できる。
しかし、敵の武器を奪ったところで、人造人間の核エネルギーを圧縮して使用するモノばかりである。
「残された弾薬で何とかするしかないな」
シオンは建物の影から飛び出し戦闘に再び舞い戻る。
飛び交う閃光をかいくぐり、ハンドガンで敵の銃器を破壊し無力化させる。その隙をついてエクヒリッチ隊が人造人間兵を潰す。
戦場は圧倒的にサセッタが支配していた。十倍以上の敵兵は今や半分にまで減少し、勝利は確実なものになっていく。
シオンはふと視線を背後に向ける。
最初に戦線の中心となっていた仮拠点ははるか後方にまで遠のいていた。
逆に言えばそれだけサセッタが優勢なことを証明しているのだが、シオンは正体不明の焦燥感に襲われる。
果たしてシオンの勘は正しかった。
戦線を維持していた人造人間兵の最前列が一斉に引き始めた。
これを好機と見たサセッタが追い打ちをかけようとしたその時だった。
脇を囲むビルやアパートの屋上から、身を潜めていた人造人間兵が一斉に姿を現し銃を構える。この複数の小隊こそデヒダイトが屋上で見た援軍に他ならなかった。
コバルトが数で押し切れないと見るや、急遽作戦を変更し送り込んのだ。
通信する様子もなく、合図を出すこともなく、マリオネットのように操られた人造人間兵は完璧な連動でサセッタを罠に引きずり込んでいた。
優勢が一転し、窮地に追い込まれる。360度完全に包囲され、さらに致命的ともいえる頭上への位置取りを確保され、戦況が大きく変わる。
―――しまった、やられた……!!
シオンが思った時にはすでに遅かった。
宙には雨粒のように降り注ぐ無数の手榴弾。
屋上からは数百のレーザー。
一瞬の静寂の後、大噴火のような爆音とともに周囲が弾け飛んだ。
「ふぃ~、危なかったの」
シオンは聞き覚えのある声に目を開ける。しかし、周囲は闇に包まれ、自分が目を開けていないのではないかと錯覚する。
不意に隣で光源が出現したかと思うと、そこに照らされたのはランプの顔だった。
「シオンはギリギリのところで助けた私に感謝するの。あのまま直撃だったら死んでたの」
シオンたちが居る場所は地中深くに掘られた穴の中。≪モグラ≫のセリアンスロープのランプによって作り出されたものだった。
シオンは味方の支援で絶体絶命の難を逃れたことをようやく把握した。
「ありがとう、ランプ。おかげで助かった」
「いい加減、私をお姉さんって呼ぶの!」
「また今度な」
シオンは、はにかみながらランプの頭をなでる。
むー、っとふくれるランプの背後から人の動く気配がした。シオンは目を凝らす。
「そんな怖い顔しないでよ、ボクだ、ラウンだ」
透き通るような短い白髪に、きりっとした眉毛。デヒダイト隊の一人、ラウンだった。一人称も相まって、一見すると男性のように見えなくないがれっきとした女性である。一度シオンは初対面の時にラウンを男性だと勘違いし、女子トイレに入る彼女を止めたことがあった。
「ラウンも私が助けたの! 二人とも感謝は?」
「はいはい、えらいえらい」
ラウンは華麗に対応する。
「ガルネゼーアさんとルナさんは居ないのか?」
シオンがランプに尋ねる。
「ババアはルナルナが何とかしてると思うの」
「またその呼び方……ガルネゼーアに怒られるよ」
ラウンが呆れる。
「なら、まだ地上で戦ってるってことか。この場所だとインカムも使えないし、どうしますか、ラウンさん」
「戻ろう、まだ彼女たちが戦ってるはず。ランプ、案内できる?」
「まっかせるの!」
「あっぶなっ!! あれ喰らってたらさすがにヤバかったわ、サンキュー、ルナ」
地上からはるか上空、高度500mの大空でガルネゼーアは言った。彼女の腕を鋭い鉤爪のついた、猛禽類さながらの足でつかみあげていたのはルナだった。
≪オオタカ≫のセリアンスロープ―――背には翼が生え時速70~80kmの飛行を可能とさせ、視力は人間の3倍以上を有す。
「う、ううん……間に合って、よかった……」
「他の奴らは無事そうかい?」
「う、うーーん、あんまり……、生き残りは居ないみたい」
「そうかい……ラウンやシオンたちも今ので……」
「それは大丈夫、そう……かも。ランプちゃん、今、穴から出てきたから。あ、ラウンさんもシオン君もいる」
「ランプもたまには役に立つじゃん。―――で、敵は今どれくらいいる?」
「え、えーーと、1、2、3……」
「そんな細かく数えなくていいから! ザッとで!」
「ご、ごめん。えーーと、700人くらい……かな?」
「おっけ。なら、できるだけ敵が集まってる真上、それも限界高度まで連れてって」
「いいけど……どうするの?」
ルナは行軍する人造人間兵の真上に移動し、上空1000m付近までガルネゼーアを運ぶ。
「いいから見てなって。着いたら離していいから」
「へ!? む、無茶だよ! いくらなんでも……」
「まーまー、大丈夫だから。ご丁寧に仮拠点付近との距離を取ってくれたんだし、今しかできないんだからさ、ほら早く!」
ルナは目を閉じ、意を決してガルネゼーアを離した。
上空1000mからのダイブ。
すさまじい速さで頭から垂直に地面に向けて降下する。
普通の人間ならば地面に着地した途端に、確実に死を迎えるだろう。
しかし、ガルネゼーアは不敵に笑う。腕をひき、掌底を繰り出せる体勢を整える。
一陽・『絶波』に加え、自身に及ぼす全てのエネルギー、すなわち反作用に働くエネルギーをコントロールし、上乗せさせる妙技―――
「承十陽拳―――八陽・『反虚』!!」
人造人間兵は最初何が起こったのか理解できなかった。
作戦は完全にハマり、ほとんどのサセッタは血にまみれ死んでいった。
後はコバルトのいる本隊に戻るだけだった。
移動の隙間に、仲間と共に今回のちょっとした武勇を話し合っていた。
その時に何かが起こった。意識の範囲外の何かが。
いつの間にかその人造人間兵は地面に打ち付けられていた。
「いてて、なにが……」
起き上がり言ったその言葉に続きはなかった。
見渡す限りの建物は倒壊し、歩いていた道路は無くなり、代わりに底の見えない巨大な穴があった。地は闇に呑まれ、まるでそこに隕石でも落ちてきたかのような惨状が広がっていた。
「な……んだ、これ」
闇の中心から一人の女が飛び出てきた。
ガルネゼーアだった。
地面に着地すると足元のすぐそばに穴があく。
そこから顔をのぞかせたのはランプである。
「ばかババア!! 私たちが死んだらどうするの!!」
「ババアって言うな! ちゃんと避けれるように範囲狭めといたから大丈夫でしょ!」
「信じられないの! ほんと信じられないの!!」
「あーもー、うるさいうるさい。悪かったって。とっとと残りの人造人間兵片付けたら、何でも言うこと聞くから」
「ほんと!? ババアに二言はないの!」
「だからババアって言うな!! 次言ったらマジで殴る!」