三十.五話 ランプの悪だくみ……なの
「なんで、私の分がないの!?」
ランプが叫んだのは丁度お昼過ぎの時だった。時刻は三時、サセッタにおけるデヒダイト隊だけのルール『もぐもぐ時間』が適用されるときにその悲劇は起こった。
「ないの! 私のおやつはどこなの!」
そう、ランプのおやつがないのである!
冷蔵庫の扉を閉め部屋全体を見渡す。
デヒダイト隊の隊員たちが二階にある共用スペースでそれぞれが思い思いの体勢・場所で少しお値段高めのアイス、『ハゲダッツ』を食べている。
しかし、ランプの叫びに一向に気付く様子はない。
「む~~~!!」
我慢を切らしたランプは日報を読みながら、食べ終わったアイスをテーブルに置き、コーヒー片手に食卓でくつろぐデヒダイトに駆け寄り背中を揺らす。
「デビちゃん、私のは!?」
「おおっと、なんだ、ランプか。ばかもの、揺らすでない。トイレ掃除は終わったのか」
「終わったの! ねえ、私のアイスは?」
「お前は今、禁止令出てるであろうが」
その言葉にランプは頬をハリセンボンのように膨らませる。
デヒダイトに見切りをつけたのか、今度はカーペットにうつ伏せになって寝ころびながらテレビを見ているルナに近づく。手には半分ほど食べられた抹茶アイスが握られている。
「ねー、ルナルナ~、一口だけちょうだいなの」
「……え、だ、だめ。ランプちゃんにあげると……、私がクロさんに怒られちゃうから。それより、トイレ掃除はどうしたの?」
「トイレ掃除はもう終わったの! それよりも、この体勢で食べてる方が怒られるの!」
「だって……楽だもん」
「……太るの」
ランプのその言葉に、ガーンという擬音が似合ってしまうほどにルナの顔は青ざめた。
「そ、そんな……そんなことは、ない……よね、うん。この間も体重計で、測った時も……。お風呂でもシャワーダイエットとか半身浴とかしてるもん。大丈夫、大丈夫……」
体型のことになると途端に口数が多くなる。
こうなるとルナがめんどくさくなるのはランプのみならずデヒダイト隊全員が把握していた。
故に。地雷を自ら踏みぬいたことをしっかりと自覚していたランプは、抜き足差し足忍び足でその場を離れた。
「ランプちゃんなにしてるの」
見るとソファーにくつろいでいるジョンの姿が見あった。
ランプはしばらく考え込む様子を見せた後、パッと満面の笑みを見せる。
「……あ、ジョン!」
「なんか今ちょっと考え込まなかった? もしかして僕の名前、忘れてたわけじゃないよね……」
「だっていっつも影うすいし、地味だし、集合写真でも一人だけ顔半分隠れてるし、名前に捻りないし、逆に覚えづらいの」
「何年一緒にいると思ってるんだよ……僕は悲しいよ、ランプちゃんにとって僕はその程度の人間だったんだねっ!」
ジョンはそう言って、涙を流しながら自分の部屋に戻っていった。
「あんたねぇ、いい加減覚えてあげたら」
その様子を少し離れた位置で見ていたガルネゼーアが、ジョンの哀愁漂う背中を見ながら憐みの目を向けていた。
フローリングの床にマットを敷き、ヨガをしている。驚異的な柔軟性は見ている側が時折ヒヤリとするような体勢を難なくやってのけていた。
「ちゃんと思い出したからセーフなの」
「アウトよ、アウト。てか、あんたトイレ掃除は?」
「もう終わったの!!! だからおやつ食べようと思ってワクワクしてたのに、私の分が冷蔵庫になかったの」
「だってあんた、この間、クロに頼まれてた仕事ほっぽり出して遊んでたじゃん」
「それで一週間もおやつ抜きとトイレ掃除はあまりにもあまりすぎるの!」
「あと二日の我慢でしょ~、ガキね~」
「うっさいババア」
「あ?」
ガルネゼーアがこめかみに血管を浮かせた時には、既に逃げ足の速いランプは姿を消していた。
風のようにランプは階段を駆け上がり、後ろを振り返る。どうやらガルネゼーアはついて来ていないみたいだった。
「やれやれなの」
スピードを落とし自分の部屋に繋がっている廊下を歩いていると、何かにぶつかった
見上げるとそこには軽薄そうな雰囲気を醸し出す男が立っていた。いつも通り緑髪は後ろで跳ね上がり手には棒アイスが握られていた。
「おや、ランプ今からお昼寝かい?」
「ちがーう、なんでアスシランまで私を子ども扱いするの」
「はは、ごめんごめん。それで、なんでここにいるんだい? トイレ掃除は?」
その言葉を聞くが早いかランプは足蹴をアスシランに喰らわせる。
「痛い! なんで!?」
「しつこいの! 何回も同じ質問ばっかり!」
「僕この質問初めてだよ……」
「その手に持ってるアイスくれたら許すの」
「僕が許される立場なのかい」
そう言いつつもランプに棒アイスを差し出す。
「一口にしといてくれよ~、楽しみにとっておいたんだから」
「さっすが私の悪友なの」
「ランプと一緒にされたくないなぁ」
シャク、っと小さな口でランプはアスシランの手にあるアイスをかじる。
「ん~、おいひ~。五日ぶりのアイス~」
「満足していただけたようでなにより。それじゃ、僕はいくよ。こんなとこクロさんに見られたら僕までとばっちりだ」
「はーい、ありがとなの」
手を振りながら階段を下りていくアスシランを見送った。
ランプは一口食べて満足したのか、そのまま部屋に戻り深い眠りについた。
▽
時計は深夜の一時を指していた。
ランプは何度も寝返りを打つが、一向に睡魔が寄ってこない。
原因は明白であった。お昼寝を夕飯前までばっちりとっていたからである。
デヒダイト隊は六時半に全員そろってから夕飯を食べる。そのため、時間になってもベッドでぐっすりと眠っていたランプはクロテオードにたたき起こされたのだった。
中途半端な時間に無駄に長く眠ってしまった反動が、深夜を回っても睡魔を寄せ付け無くさせていた。
そして要因はもう一つ。
アスシランからもらったアイスの味が死ぬほどおいしかったこと。
五日ぶりということも主たる要因だろうが、もう一度アイスを食べたい衝動に駆られていた。
ランプはむくりと上半身を起こす。
「……買いに行くの」
デヒダイト隊の規則として夜11時以降は私用で外出するのを禁じられていた。ただし、外出届を出しておけばその限りではなかったが、しかし、時間が時間である。届け出を出したとしても受理されることはないだろうし、なにより誰も起きていないのである。
であれば、そのような手間をかけるより、こっそりと抜け出したほうが何倍も早く事を運べる。
そのような結論に至ったランプはそこからの行動が早かった。
寝間着からいつものフリルのついたスカートとシャツを着る。
そっと扉を開けると廊下は薄暗く静まり返っていた。
ランプは音を立てないように三階から二階に降りる。
そこではたとランプは立ち止まる。
―――ここからが鬼門なの……!!
何を隠そう、二階と一階に繋がる階段の隣の部屋は、副隊長クロテオードがいる場所だ。
ランプは自分のことを棚に上げ、数々の至福の時間を奪ってくる鬼のような男の部屋を前にしてさらに神経を張り詰める。
一歩。
また一歩。
音が鳴らないようにすべての神経を足に集中させ階段を下りる。
その時だった。
ギシっと床がきしむ音がした。
ランプはしまったとばかりに口を一文字に結び、そのままできるだけ音を立てないように急いで駆け下りた。
女子シャワールーム室まで一気に駆け込むと、肺に溜めていた息を一気に吐き出す。
「っぷはぁ!! ば、ばれたかと思ったの……」
膝に手をつき息を整える。
もう一度シャワールームの入り口から外を覗き誰も気づいていないことを確認すると、更衣室の四隅の一角、何の変哲もない床を外す。そこには外に繋がる穴が掘られていた。
「ふふん! 私の秘密通路“その4”を使う時がこようとは、クロちゃんもうでを上げたの」
≪モグラ≫のセリアンスロープ。それがランプのモデル生物だった。この穴もセリアンスロープの能力を使い一昨日に開通したばかりであった。
ながい穴を通り外に出る。
すぐ近くに24時間開いている店があるのをランプは知っていた。
店に入るとそこに見知った顔が二人もいた。アスシランとカルーノだった。袋に入った商品を見るに、どうやらすでに会計を済ませたようだった。
ランプは二人に駆け寄る。
「二人ともなにしてるの」
ランプのその声に二人は飛び上がるほど驚いた。
まさかこの時間に、この場所で、この人物に遭遇することを夢にも思ってなかったのだ。
二人は慌てて買った商品を後ろに隠す。
「ど、どうしたんだいランプ、こんな時間に外に出ちゃ危ないじゃないか。外出届けはきちんと出したのかい?」
「…………後ろに何隠したの、アスシラン、おでぶちゃん」
「何も隠してないンゴよ~、ね、アスシラン氏!」
「そうだとも! 僕らは健全なものしか買わないからね!」
ランプは二人に冷たい目線を浴びせる。
「……………またエッチな本買ったりしたんじゃないの」
「ははははは、ランプは面白いことをいうなぁ」
「ま、まったくもってその通りですな~アスシラン氏! ランプ氏は漫才師に向いてるのでは!?」
「…………………………クロちゃんに言いつけるの」
踵を返し店から出ていこうとするランプを慌てて二人が引き止める。
「ま、待ってくれ、落ち着いてくれランプ! お菓子おごるから! そのために抜け出してきたんだろ!? それにチクったら怒られるのは僕たちだけじゃない、ランプも怒られるんだよ!?」
「そそそ、そうだ、アスシラン氏の言う通り! ランプ氏、考えなおしてほしいンゴ~」
二人のその剣幕は必死そのものであり、その文言が誘拐犯のそれと変わらないことに気付かなかった。それほどにクロテオードの恐ろしさが身に染みているということの裏返しでもあった。
「いや! キモイ! はなせ~!」
「分かった、なら超高級アイス『プレミアムハゲダッツ』10個で手を打ってくれないかい?」
「……う」
その言葉にランプの動きが止まった。
アスシランはしめたとばかりに朝の魚市場の漁師のように個数を吊り上げる。
「15個!」
「うぅ……」
「20個!!」
「う~、分かったの! 今回だけなの、見逃してあげるのは!」
アスシランとカルーノはにやりと笑いハイタッチをする。
「……なんだか悪魔に魂を売った気持ちなの」
ランプは目の前のゲスイ男たちを見てそうつぶやいた。
その後、二人と別れ『プレミアムハゲダッツ』を20個詰め込んだビニール袋片手に、来るときに通った穴を通り女子シャワールームの更衣室にたどり着く。
「ふぃ~、なかなか重かったの。20個はさすがにやりすぎたの」
「楽しかったか、ランプ」
「うーん、あの二人に鉢合わせるのは予想外だったけど、おかげでお宝が……」
ここでようやく違和感に気付いた。
そして、今の問いかけが、聞き覚えのある落ち着いた声だったことに顔を真っ青にさせる。
恐る恐る声のした方角を見ると、暗闇の中にこれでもかというくらい鋭い双眸を光らせたクロテオードの姿がそこにあった。
ランプが階段を下りた際に鳴った床の軋みで目を覚ました彼は、真っ先にランプの部屋に行き、もぬけの殻なのを確認した。その後、隊舎中をくまなく探し、この穴を見つけたのだった。
予期せぬ待ち伏せにランプは声にならない声を漏らす。
「あ……あっ……」
「確かに宝の山だ。そのアイス、一つ500はするはずだからな」
「ご、ごめんなさぃなの~~」
「謝るくらいならば最初からするな。お前には今以上にきついお灸をすえなければならんようだな。それで、それをお前に買い与えた者の名は」
「う、裏切れないの! お店に行ったらアスシランとおでぶちゃんがいて、エッチな本を買っていたから、それを脅しの材料にして買ってもらったって口が裂けても言えないの!」
「ん?」
「えっ?」
「……そうか、アスシランとカルーノか。奴らにも何かしらの罰則を与えるか」
そう言うと、ランプの後ろの襟首をつかみ引きずりながら、説教部屋へとその姿を薄暗い闇の中に消していった。
翌日、完全に溶け切ったアイスの液体が女子更衣室にあふれかえっているのをルナが見つけ、それをランプとアスシランとカルーノがきれいに拭いたのは言うまでもない。