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三十話 世界の救世主




「おお、ローシュタインどうした。エクヒリッチも」


デヒダイトが客室用の部屋に入る。

36平方メートルの床がフローリングで覆い尽くされ、その上から低反発の機能性を持たせたコルクマットを隙間なく詰めてある。壁にはいかにも有名な画家が画いたであろう巨大な油絵がつりさげられていた。三つの机と対面になるように置かれた一人掛け用ソファーがあり、その一番手前に二人の来訪者はいた。


「ん、話したいことがあってね」


そう答えたのはスーツの上から白衣を纏った壮年の男、ローシュタインだった。

この人物こそサセッタの創設者にして、七人の軍隊長をまとめ上げる頂点にして原点の存在、電波ジャックにて同志を募ったのもこの男である。


「デヒダイト、急で悪いが四日後、君の隊はエクヒリッチ隊と共にサーモルシティーに向かってほしい。以前話した通り救援の目的だ」


「おいおい、その案件は先々週会議してエクヒリッチのとことコールルイスのとこが行くことになってたろ。どうしてまた」


「コールルイスがまた体調を崩してね。副隊長に指揮を執ってもらおうと思ったのだが、なにせドセロイン帝国に最も近い地区だ。何かあった時では心もとない」


「また体壊したのか……。先月も入院してなかったか、大丈夫かよ、あいつ」


「ん、最年少というプレッシャーもあるのかもしれないね。まあ、なんにせよ代理が必要だ。その日、非番なのはデヒダイトのとこしかなくてね……、君のとこは人数こそ少ないが戦闘力は一級品だ。頼まれてくれるかい」


そこまで話が進んだところで、煙草をふかしながらエクヒリッチが横やりを入れてくる。


「まァ、別にオレらんとこだけでも間に合ってんだがなァ。この間の選抜試験とやらで(つえ)ェヤツらが入ってきてから、全員力試ししたくてウズウズしてんだよォ」


片耳に鋭くとがったイヤリングを引っさげ、三角形にはやした顎髭という風貌は、夜の街に繰り出すならず者のそれを連想させた。口の悪さや普段の素行からもそれを一層際立たせた。その見た目通り、サセッタでは随一の戦闘狂として周知されている男だ。


しかし、ローシュタインはそんなエクヒリッチに一切の臆病風を吹かせず続けて言う。


「ん、エクヒリッチ、目的はあくまでも救難活動だ。本質を見誤らないように」


「ちっ、っせーなァ。そんぐらい分かってらァ」


「分かっているなら大丈夫だ。……さて、話を戻そう。デヒダイト、どうかな。エクヒリッチ隊と協力してサーモルシティーに行ってくれないかな」


「構わんぞ、そのための少数精鋭だからな」


「ありがとう、助かるよ」


朗らかな笑みを浮かべながらローシュタインは言った。



「さて、では定期救難活動の概要をもう一度説明しようか―――」








一階にある男女別に分かれているシャワールーム。シオンはそこから出たところでばったりとアイネに鉢合わせる。


デヒダイトが客室に入ったのち、シオンとアイネ、そしてルナは訓練でかいた汗を流していた。シオンはルナの姿が見えないことに気が付いた。


「あれ、ルナさんは?」


「まだシャワー浴びてるわよ。ルナさん結構長いのよね~」


「待たなくていいのか?」


「大丈夫よ、私いつも先にあがってるし」


「そか」



二人が話しながら階段を登ろうとしたときに、奥の部屋の客室の扉が開いた。



「―――デヒダイト手間をかけて悪かった、四日後頼んだよ」


「おう、まかせとけ」


「邪魔すんじゃねェぞォ」


「サポートに回るから安心せい」


一言吐き捨てるように言ったあと、エクヒリッチは脇目も振らずに、一刻もこの場を去りたいという雰囲気を醸しながら足早に出ていった。よほど長い時間拘束されたことが不愉快だったらしい。


ローシュタインとデヒダイトはシオンたちの前で足を止める。


「おや、シオンくんにアイネじゃないか。元気かい?」


「はい!」

「……おかげさまで」


「ノイアくんの姿が見えないね」


「ノイアはまだガルネゼーアさんと訓練してますよ。ここ最近すっごく頑張ってるんです」


アイネが威勢よく答えた。対照的にシオンは少し仏頂面を浮かべていた。おそらくアイネが目を輝かせて話しているのが気に食わないのだろう。

シオンとアイネは過去三度ほどローシュタインと話す機会があった。そのたった短い会話の中で、いつの間にかローシュタインとアイネは少し若いおじいちゃんとその孫にも似た関係になっていた。


長年一緒にいたシオンからすれば、どうにも面白く感じなかった。かといって誰が悪いわけでもないのはシオンとて理解はしていたが、どうにもローシュタインと話すときは心が晴れやかにならなかった。



「……ん、そうか、頑張ってるんだね。そろそろ我々も大きく動き出そうとしているところだからぜひとも力になってほしい。家族のような絆が今以上に求められるだろうからね」


「今、話していたのはそのことだったんですね」


「いや、それとはまた違う。さっきまで話してたのはいつもの救難活動のことについてだよ」


すでに複数回サセッタとして活動を行っていたアイネは小首をかしげる。

その様子を見て取ったローシュタインがアイネの頭に優しく手を置く。しかし、その口調はうって変わって決然の色を滲ませていた。


「我々が救難活動をするのは今回が最後だ。双極戦争によって生まれ目立った窮困地区はおおよそ我々の手によって少しは落ち着きを取り戻しただろう。戦力も揃った。次なる一手は世界を大きく揺るがすものだ」


そして大胆に、不敵に嗤う。


第一帝国戦(ファーストエディション)の幕開けだ」









「結局、第一帝国戦(ファーストエディション)って何なのかしら。あの時、聞きそびれちゃったわ」


サーモルシティーに向かう道中、デヒダイト隊専用のハイジェット車に揺られながらアイネは聞く。

その言葉を聞いてから四日も経っていたため、一緒に立ち会わせていたシオンもついさっきまでその単語を忘れていた。


シオンは肩をすくめる。

代わって、すぐ隣に座っていたノイアが興味を示す。


「えっ、なになにそれ」


「ローシュタインさんが言ってたのよ。今回の活動が終わったら世界情勢が大きく傾くほどの動きをするんですって。それに関するキーワードが第一帝国戦(ファーストエディション)ってことらしいんだけど」


「へぇ~、なんだか怖いなぁ」




「なんだ、小僧たちに誰も教えとらんのか」


前の席に座っていたデヒダイトが豪胆な声を上げて三人に話しかける。

三人が首を振り、同時に他に乗り合わせていたデヒダイト隊の隊員全員が車窓から見える景色に見とれているふりをした。


デヒダイトは肩を落とす。


「はぁ、しょうがあるまい。順を追って説明するか。……お前らは双極帝国戦争はもちろん知っておるな。人類史上最悪にして歴代の戦争の中で最も多くの死傷者を出した戦争だ。その発端となったのがHKVと人造人間技術(レプリオンテクノロジー)、この二つだということも知っておるな」


三人は頷く。


「マセライ帝国はHKVが世界的流行をしてからわずか半年で人造人間技術(レプリオンテクノロジー)を確立させ多くの人類の希望となった……。HKVが完全に世界中に認知されるようになったのは、初めて観測された患者から半月たってからだった。

それまでは一過性の感染病と思われていたもんだから間抜けな話だ。ようやく個々が危機感を抱き、まるで人々の緊張がピークになるのを見計らったかのように、一か月後、マセライ帝国は人造人間技術(レプリオンテクノロジー)を公開したのだ」



そのあまりの周到すぎる流れに疑ってかかったのがローシュタインであり、サセッタだった。カトロッカ爆破事件で『人類完全人造人間化計画(コンプリート・コンバージョン・レポート)』―――通称“C.C.レポート”のデータを抜き取り、その一部は電波ジャックで世界中に広められている。

人造人間というカードを、HKVというウイルスにより最強の切り札に昇華させ、富を独占するモノだ。


三人は固唾をのんで聞き入った。自分たちが物心つく前の話をここまで詳細に聞くのは初めてだった。




「問題なのは、公開したといっても技術そのものを公開したわけではないことだ。要は宣伝だな。特効薬が作れないもんで、別ベクトルから致死率100%のHKVから生きながらえる方法を発見した、と。

人にしか効かないウイルスなら体そのものを人ではなくすればいいとは思い切ったことをしたと不覚にも俺は感心してしまったのだが……。まあ、その画期的な方法に世界中がその技術を欲した。当たり前の話だ、しかし―――」



「……そこでマセライ帝国が技術を独占したんですね」


そう答えたのはシオンだった。

デヒダイトは大きくうなずく。



「うむ、その宣言に黙っていなかったのは当時世界トップクラスの軍事力を保持していたオーシャン帝国だ。オーシャン帝国が宣戦布告にも似た脅し文句を通達し、技術が公開されるかと誰もが思った。

だが、七大帝国の内、三つの帝国がマセライ帝国の属国となり脅しに屈することなく戦争を仕掛けた。残った帝国はもちろんオーシャン帝国についた。ほとんど戦力は拮抗―――いや、むしろオーシャン帝国側が押していた」


デヒダイトは溜息をついた後こう続けた。



「しかしながらだ、あと一息といったところで奴らが―――六戦鬼(セクスセイン)が出てきたのだ。……一時休戦のあとに起こった戦争で、そこからは瞬く間に形勢が逆転しマセライ帝国の圧勝に終わった」


六戦鬼(セクスセイン)の噂は十二分に聞いていた三人は改めて驚いた。国単位の争いにたかだか六人の人造人間が形勢を覆すことのできる力を秘めているとはにわかには信じがたかった。

しかし、車窓に反射しているデヒダイトの顔は苦虫をかみつぶしたような顔をしていたのを見ると、それが真実であることは明白だった。



「そして、俺たちサセッタは立ち上がった。多くの罪なき人々を代償に現実から背をそむけ、敗戦国だけでなく自国の貧困層からも搾取し続け、快と悦を貪り尽すマセライ帝国とその属国であるドセロイン帝国・ロンザイム帝国・ヌチーカウニ―帝国を制圧し、正しい統治の元、世界の救世主になるために」


事実、世界は双極帝国戦より以前よりもGDPが増加傾向にあるにもかかわらず、富裕層と貧困の格差は大きく広がっていた。

それはシオンたちが孤児院という場所で身を持って体験していた。




「すべての帝国を一度に相手取るのは不可能、そのことは明々白々だ。故に、迅速にそして的確に一つの帝国ごとに制圧してく、その第一戦目を第一帝国戦(ファーストエディション)と俺たちは呼んでいる」





やがてハイジェット車のスピードが緩やかになっていく。雲間から久方ぶりの太陽光が差し込み地面を照らしていた。

正面には崩れ落ちたビルや、爆撃によるクレータが遠目からでも見て取れた。まさにゴーストタウンといったところだろう。



「まぁ、なんだ。大層な目標を語った後でいささか消化不良にはなろうが、とりあえずは目下の救難活動の仕事をこなさねばならん。先に着いているエクヒリッチ隊と合流するぞ」



シオンたち三人は頷き、それに倣うように他の隊員も面持をひきしめた。



このときはまだ誰も予想だにしていなかった。

六戦鬼(セクスセイン)のひとり―――コバルトの狂気の影が迫っていることに。



挿絵(By みてみん)

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