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二十九話 デヒダイト隊は退屈しない




シオンたちがサセッタに入って二か月が経とうとしていた。

生活にも慣れ、デヒダイト隊のメンバーの顔や性格がなんとなく一致してくるころだろうか。元は十人で構成されていたデヒダイト隊。そこに新しく、シオン、アイネ、ノイアというこの三人が加入し合計13人となった。

13人という人数は全体のサセッタの所属人数からすると圧倒的に少ない。


サセッタ全体の人数としては一万人弱。その中で戦闘に参加するために隊に所属しているのは半数―――およそ5000人が七つの隊に分かれている。この数字を聞けばいかにデヒダイト隊が少数精鋭だということが分かるだろう。


これはデヒダイトという男の性格上の問題と言ってしまえばそれで終わる話なのだが、実のところ以前までは方針に基づいて100人規模の軍隊であった。統率も何ら問題なくとれており、特に支障があるというわけでもなかった。仮拠点でのセリアンスロープの普及やマセライ帝国および属国による敗戦国に対する徴収・殺戮の二次災害防止や人命救助もそつなくこなし評価も上々であった。



しかし、シオンたちが加入する一週間前、すなわちアダルット地区襲撃がある二日前のこと。自軍が500人以上にも肥大化したところで軍隊長のデヒダイトは突如として大規模な人事異動を申請した。デヒダイトが指名した十人を残し、残りは全て他部隊に移動するという内容だった。大規模な部隊には数や戦力差では劣るが、少数精鋭とすることで戦場での機動性や緊急事態の即対応が可能になることを理由にしていた。


おそらく、軍隊長のデイダイトの名前だけならば一蹴されていただろう。しかし、申請書にはデヒダイト隊二番目の権力者である副隊長のクロテオード、そして実質三番目の権力を持つ補佐官のアスシランの名も連ねて署名が書かれてあった。

この署名だけを見ると、実質デヒダイト隊の総意ともとれる意見であった。


他の六人の軍隊長からは賛否両論であった。議論の末、否決になろうとした矢先にアダルット地区での襲撃事件が起こった。もっとも早くに現場に駆け付けたのがデヒダイト隊であったことは言うまでもない。そこから評価は一転し、後日、正式に大規模な人事異動が総隊長のローシュタインによって受理された。







灼熱の砂漠の中、二人の男が対峙する。

照らされる熱に砂の上に描かれた足元から延びる影は色濃くし、周囲には陽炎のように揺らめく熱気が見て取れる。


シオンは肺に大量の熱が入らぬよう息を吸う。その顔は疲弊し、しかし双眸は正面に立つ疲れの色を全く見せない大男に意識を集中させていた。



「どうした、小僧!! へばっている暇なぞ命取りになりかねんぞ」


デヒダイトが喝を入れる。

二人が居るのは三番街訓練施設『コーラル』である。環境設定を体感温度50℃・砂漠に設定しての訓練のさなかであった。

ここ二か月の時間はほとんどが三人の訓練に費やされていた。シオンとアイネは自身の有するセリアンスロープの能力を伸ばし・慣れることを最重要課題とし、デヒダイト隊総出での修行に明け暮れた。唯一ノイアだけは別メニューと称しガルネゼーア単体の指導の元、『承十陽拳』の習得に勤めていた。



まさに十人十色のデヒダイト隊の隊員によるセリアンスロープの能力を行使しての実戦さながらの訓練は、シオンとアイネのポテンシャルを徐々に引き出していた。


しかし―――




「来ないならこっちから行くぞ!」


デヒダイトが砂を蹴り抜くと、地雷が爆発したかのように砂塵が天高く舞い上がる。

シオンは半歩引き下がり臨戦態勢をとる。

シオンめがけて振り下ろされた拳は華麗にかわされ砂を捉えた。


弾けるような音が響き渡り、同時に拳の威力を吸収した砂は大津波のように空全体を覆い尽くす。デヒダイトの本来の目的は攻撃を当てることにあらず、目くらましこそが狙いだった。入隊直後に検査を受け判明したシオンのセリアンスロープの能力を封じるためだ。


デヒダイトはそのまま左足を軸足として立ち上る砂に向けて右足を振りぬく。

砂の向こうでシオンはとっさに身をかがめ、攻撃をかわし反撃に移る。




結果としてシオンのセリアンスロープは通常は一人一つのシングルタイプであるが、極めて稀なダブルタイプだった。


≪ハエ≫と≪チーター≫のセリアンスロープ。


ハエの目は人間の目よりもはるかに多くの情報量を処理でき、最大で初速1200m/sの銃弾―――すなわちマッハ3すらも認識することが理論上可能である。その情報量の多さ故、シオンは無意識のうちに瞬間的にのみ限定して発動させている。


そして、≪ハエ≫の目を最大限まで活用することができる≪チーター≫のセリアンスロープ。伝達速度に加え、速筋強化を同時に行いおよそ人間には不可能な速さを生身で行うことができる。

しかし、以前までのシオンは瞬間的な三倍速が限界であった。度重なる訓練を二か月間みっちりしごいてもらうことにより、シオンは肉体面の強化を徹底しさらにその力の上をいくことに成功していた。




四重加速(テトラ・アクト)!!」



すさまじい速さで砂の壁を回り込みデヒダイトの背後をとる。

その勢いのまま体を宙に放り一回転捻りを加え、加速と遠心力を威力に上乗せさせた渾身の蹴りをデヒダイトの頭部めがけて振り下ろす。


鈍く重い音がする。

シオンの蹴りは間違いなくデヒダイトの頭部に当たっていた。およそあの威力の蹴りを喰らった人間ならば首の骨や頭蓋骨が割れることは必至であろう。だが、そうはならなかった。


≪サイ≫のセリアンスロープ―――硬化能力がデヒダイトの唯一にして絶対の能力だった。

硬化された皮膚は鋼の鎧よりも数倍固く、鋭利な刃物も鈍器もものともしない。鉛の銃弾すらもその強靭な身体に貫通することなくはじき返すだろう。おそらく能力を発動している間はほぼ無敵の鎧をまとっているといっても過言ではない。


故に。シオンの攻撃は命中こそすれ、有効打となるダメージを与えることは適わなかった。それがこの戦い、一方的にシオンを疲弊させていた理由でもある。


デヒダイトは振り返ることなくシオンの足首を掴み、宙に浮かぶ背後のシオンをそのまま地面に振り下ろした。










訓練の帰り道、シオンはアイスをなめながらデヒダイトと共に隊舎に向かっていた。こうして訓練終わりに二人でアイスを堪能しながら歩く道は、体の疲れが達成感に変わり、口の中に溶ける甘味が体中に染み渡る。

これがいつもの二人の日常だった。



隊舎は八番街にある。

三階建てのその黒塗りの建物は建築面積1000平方メートルを誇る巨大施設である。元は500人規模の隊舎だというのだから当時は最適な広さであった。しかし、現在13人という少数では有り余るそのスペースは隊員の専用の部屋に改装することにした。作業を終えたのはシオンたちが入隊してから一か月のことだった。


一階は事務所兼共同スペース。二階は憩いの場と各隊員の個室。三階は二階に入りきらなかった分の個室が四つと、残りスペースは物置になっていた。




「おーう、今帰ったぞー」


デヒダイトが無造作に戸を開ける。

目の前の玄関には壁に背をつけ正座をしている幼女と、いい年した緑髪の男がいた。デヒダイト隊 二大お騒がせ星人のランプとアスシランだった。首からは紐にくくられたベニヤ板を掛けられ、そこには


『私は深夜に冷蔵庫のアイスを三つ食べました』、



『僕は借りたプレミアDVDを壊しました』


と書かれていた。


正座をする二人の前には仁王立ちする二人の男―――深い青色の和服のクロテオードことクロ、そして身長二メートルはあるだろう大男、カルーノだった。襟もとで跳ね上がるくせ毛と丸太のように太い腕が野性味溢れる精悍な男を連想させるが、実際はその正反対の性格で面倒見がよく、趣味がアイドルの追っかけやアニメ鑑賞のインドア派であった。


普段は温厚なこの二人が何をもってこのような惨劇の場にいるのか、ベニヤ板の文字を見ればなんとなく察しはつくのだが、デヒダイトはあえて尋ねた。


「あーー、何だ、何があった……」


先に答えたのは拷問官の側だった。


「む、デヒダイトか。ランプめがまた夜中にアイスを盗んだようだ。今朝、冷蔵庫の中を確認したところアイスが三つ消えていたのでな、腹を壊したのか今日に限って頻繁に厠に行くランプを問い詰めたところ、とうとう白状した。よって今説教中だ」



「ぼ、ぼくがアスシラン氏に正座を強制しているのは言うまでもなく、もう絶版になっている『ドキ♡ほどよく熟れた果実の少女とときめきのビーチ~あなたと共につくる思いでメモリー;おはだけ編あふたー』を壊されたからンゴ!! ゆ、許せない、それも二か月も隠していたなんて……!! これは、“すまんなええんやで”精神は通用しないンゴねぇ!」


これに受刑者は必死の弁明を図る。


「だって昨日、私マンゴーアイス食べたいって言ったのになかったの! 私ちゃんとクロちゃんに言ったの、マンゴーが食べたいって! 買ってこなかったクロちゃんが悪いの。そして私は、マンゴーアイスを食べられなかった胃袋のすきまを埋めるための権利がもらえるはずなの! だから三つ食べてもいいの!」



「ごめんよ~、カルーノ氏。壊すつもりは毛頭なかったんだ、ただアッサがゴリラだったばかりにこんな結末に……。悪かった、今度代わりに何かおごるから許してくれ……。ほら、ここはタイチョ―とシオン君の顔に免じてどうかこの通り!」



全く筋の通っていない証言をしているのはどっちか一目瞭然だった。アスシランに至っては最終的に他人の権威にすがるという、堕ちるところまで堕ちた残念な大人の弁明だった。



デヒダイトは嘆息を漏らしながら笑いを滲ませる。



「お前らがいるとほんと騒ぎに事欠かんな。もう十分反省しているみたいだ、二人とも開放してやったらどうだ」


しかし、クロテオードはかぶりを振る。


「……デヒダイト。これは規則だ、おやつは一人一つまで。規則を守れぬ奴に人権などない」


「そうですとも隊長! いくら隊長の命令でもこればっかりは許されないンゴ! もう二度と衣服の破れたその先に垣間見ることのできるあの艶やかな少女たちの肌を拝謁することができないなんて……。おぉン! 僕は今冷静さをかこうとしています定期!」


どうあってもこの二人は許しそうになかった。

デヒダイトも観念して肩をすくめると、靴をぬぎその場を去ろうとする。シオンもそれに続く。



すると背後から悲痛な叫びが聞こえてくる。



「デビちゃん、シオン! 私を見捨てるの!? ひどいの、仲間だと思ってたのに! アスシランはともかく私だけは助けてほしいの!!」


「タイチョ―、シオン君! 僕は屈しない、屈しないとも!! さっきまで運命共同体だと思って若干の仲間意識をランプに持っていたけれど、どうやらそうでもなかったみたいだよ! 一人でも生きぬいて見せるともーーーー!」




デヒダイトとシオンはいつもの日常の一コマであるかのように華麗にスル―を決め込み、事務室に入る。



「あ、お疲れ様です」


声のした方を見ると胸に抱え込むように多くの書類を持つジョンが立っていた。

特に形容するところがない―――すなわち特徴がなく、どこまでいっても“普通”の王道を征く男だ。


名前:ジョンというありふれた名前、性格:嫌なことをされると少し怒る、趣味:読書・体を動かすこと、体重65kg、身長174cm、一日のトイレの行く回数四、五回。


すべてが“普通”で固められたような男で、もはやここまで行くと“普通”ではないと思ってしまうが、本人曰く『そんなことないですよ』というコメントを残しているところを見ると、この男は生まれながらにしてやはり“普通”なのだなと実感する。


シオンも最初見たときは失礼ながらに持った印象として“普通のヒト”であったし、もちろんその時一緒にいたアイネもノイアも“普通”のヒトだったね、と言っていた。


故に。今こうして勤務時間にきちんと仕事をしているジョンはいたって普通であったし、まじめであった。誰からも文句を言われることなく、また、誰かを説教するなどという行為もしない。



「おう、ジョン。ご苦労さん」


デヒダイトは威勢よくジョンの背中をたたく。


「隊長もお疲れ様です。シオン君もおつかれ」


「お疲れさまです、ジョンさん」



すると、後ろから唐突に元気な女の子の声が聞こえてきた。


「ジョンさんお疲れ様です!!」


一瞬、さき程まで怒られてたランプが解放されたのかと思ったが、彼女はそもそも年上であろうとも敬語は使わない上、名前は呼び捨てかオリジナルの愛称だった。


発言主はアイネだった。


シオンが振り返るとそこには訓練を終えたばかりのアイネと、その後ろに赤いマフラーを巻いているルナがいた。



「またあの二人なんかやったの?」


アイネがシオンに尋ねる。おそらくランプとアスシランのことだろうと察しがついた。


「今回は二人とも別件での正座だってさ」


「ランプちゃんも懲りないのね……ふふっ、なんだか孤児院の時みたいね」


アイネのその言葉にシオンも懐かしくなったのか感傷的に浸る。



ジョンはさっきまで自分一人だった空間にひとときの間に四人も増えて内心驚きつつ、デヒダイトに連絡しなければならないことがあったのを思い出す。



「あ、そういえば隊長、客室にお客さんがお見えになってますよ」


「客?」


「はい、総隊長ローシュタインさんと、エクヒリッチ隊軍隊長さんが―――」



挿絵(By みてみん)

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