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二十五話 壊滅的なファッションセンス

挿絵(By みてみん)



怒涛の試験終了から3日後。


「んーー、もう朝か」


けたたましい音で目覚ましが鳴ると、ベッドの上で大きなあくびをしながら体を伸ばす。


「あはは、シオンすごい寝癖ついてる」


上段のベットから笑いながらノイアが顔をのぞかせていた。



二人が寝ているのはサセッタ二番街にある安い造りをした二階建ての木造のアパートだった。百人規模で住むことのできるこの建物は、キッチン、トイレ、お風呂、が共同でプライベート空間が相部屋という、いわゆる寮のような形態をとっていた。


部屋の中は六畳ほどの大きさで、二人で暮らす空間にはいささかの息苦しさがあった。車窓を思わせる窓からは団地のようにいくつものアパートが立ち並んでいるのがみえる。



シオンはやかましく鳴り続ける時計の音を消そうと置いてあるはずの場所を見る。

しかし、そこにはあるはずの時計が忽然と跡形もなく消え失せていた。


「目覚まし、どこだ〜」


「机の下で鳴ってるよ。シオンが二日連続寝坊するから、今日は簡単に目覚まし消せないようにって、昨日自分で隠したんでしょ」



「あー、そうだった……」




ベッドから降りて机の下に隠した時計のアラームを消す。

シオンは満足げな笑みを浮かべる。


「よし、もう一回寝るか」


「いやいや! シオンそんなことしてるから寝坊するんでしょ。またアイネに怒られるよ」


「でもさー、試験終わってから結果出るまでの三日間、休む暇なくアイネに連れ出されてずっと探索ばっかりで疲労困憊だぞ。日用品の支給をとりに行くだけならいいけどよー」


「……確かに試験の疲れが取れてないのは分かるけど」


ノイアは気まずそうに眼をそらす。



ノイアは自らが犯した“仲間を見捨てた”という罪を未だに謝罪できずにいた。

決意したはずだったが、追い詰められたとき、やはり最後に出てきたのは魂にまで染みついた『逃げ癖』だった。


結局自分はどうしようもなく変わることのできない存在であることを痛感させられた試験だった。

同時に、そんな自分は果たしてシオンやアイネたちと共に行動を共にしていいのだろうかという葛藤が生じていた。


いざ三人が窮地に陥った時、ノイアは真っ先に自分が一番助かる手段を選んでしまうだろう。例え目の前でアイネやシオンが命を散らすことになろうとも。

そんなことを考えてしまう自分が恐ろしく、背筋に悪寒が走る。


―――だったら、最初から僕はサセッタに入るべきじゃないのかもしれない。




ノイアがそんなことに思い悩んでいることを露知らず、シオンは話を続ける。



「今日の昼頃にまた三番街のあのドーム前に行けば結果がわかるんだろ? ならそれまでゆっくりしてようぜ。二度寝したって罰は当たらないさ」


そう言ってのそりとベットに乗り込み、再び眠りにつこうとする。


「……えー、でもアイネと昨日約束したし」


「そうよ、約束は守ってちょうだい、シオン」



六畳の簡素な部屋に一瞬の静けさが訪れた。

シオンとノイアは自分たちではない第三者の声がしたことにようやく合点が行き、二人そろってベットから身を乗り出した。


果たしてそこにいたのは、アイネその人であった。


しかし、シオンとノイアは目を疑った。本当にその人物がアイネであるかということに。

普段から見ていたアイネのイメージと乖離しており、脳が情報処理できずにいた。

二人はもう一度アイネを見直す。



右腕にはいつも通り紅い布を結んでいた。が、特筆すべきはそこではない。

アイネは髪を後ろで一つ結びで束ねいつもとは違う大人びた雰囲気を纏っていた。


着ている服も普段着用している質素な生地のワンピースではなく、明るいブルーのダンガリー生地でしつらえられたノースリーブのシャツに、花柄の純白のレーススカートが繋がっているドッキングワンピースに袖を通していた。


左の胸にはリボンの刺繍が施され、さながら挙式でウェディングベールの裾を持ちバージンロードを歩くベールガールを彷彿とさせた。


その姿を見たノイアとシオンは開いた口がふさがらなかった。


アイネと一緒に孤児院で六年という時を過ごしたシオン、そしてそれ以上の時を過ごしているノイア。その二人がアイネが自分を着飾る瞬間というものを今まで一度たりとも目にしたことがなかった。


決して手入れをしていなかったというわけではないが、孤児院にあった服もどれもオシャレとは程遠く、かわいらしい服は下の子供たちに譲っていた。


里親に出される前も礼装ではなく、いつも着ていた無機質なワンピースで行こうとしていたくらいだ。

そんなアイネが唐突にこのような普通の女の子っぽい服を着てくることのギャップにシオンは頭が真っ白になっていた。



「な、なに? 二人揃ってそんな顔して。や、やっぱり変だったかしら」


顔を赤くしながらスカートのレースをつまむ。


「そんなことないよ! すごくかわいいよ!」


ノイアが二段ベットから飛び降り、アイネに駆け寄る。


「こんな服持ってたんだ~」


「う、うん。この間の支給品の中に入ってて……」


アイネはそう言って未だベットの上で呆けているシオンを目の端で見る。

視線に気づいたのか、シオンは照れ隠しのためか、思わずアイネから目をそらす。

それを見たノイアは頬をふくらませ、しかめ面を浮かべる


「ほらー、シオンもかわいいと思うでしょ。そう思ってるならちゃんと言わないとー」


こいつ、余計なことを、と内心ノイアを恨めしく思いながら、思春期真っただ中のお年頃のシオンは死ぬ思いで言葉を絞り出す。


「あ、ま、まあ、似合ってるんじゃ……ないか?」


「そ、そう……? ありがと」


そう言ったアイネは小さくはにかんだ。







「そーんで、結局はこうなるのか」


目の前を先行くアイネとノイアの二人を見ながら、シオンはその後ろをカメのような足取りで付いていく。


二日掛けて、散々隅から隅まで見て回ったサセッタ本部の敷地。

サセッタは全部で15の街区に分けられており、およそ一万人ものセリアンスロープが暮らしている。全体の平均年齢は30代初で若干若者が多いと考えてもいいだろう。サセッタは扇形の全容をしており両端を移動するには電動の乗り物に乗って小一時間程度かかる。


街の区分としては1番街・2番街とも非戦闘員区間であり、木造アパートや高層のものになると五階建てのマンション、一軒家など一般的に集合住宅と言われる建物が集まっている。先ほどまでシオンたちがいたのもこの区間の一部分である。


3番街は言わずとも、選抜試験のあったドーム会場『コーラル』。主にサセッタメンバーの訓練施設に使われている。試験ではドームの敷地をフルに活用にしてのものだったが、本来は同時に何人も使用できるような仕組みでもある。


4番街から11番街にかけてはサセッタの七人の軍隊長ごとに分けられた隊舎がある。煌びやかな装飾が施され花が咲き乱れている隊舎もあれば、いかにも事務所といった平屋の白塗装のみの堅苦しい隊舎もある。


サセッタに入隊すれば、最初に住んでいる非戦闘員区間から出て、配属された隊の敷地内で寝泊まりすることとなる。個性が出る隊舎ばかりだが、唯一、6番街だけは医療兼研究開発機関として存在しており、どこの隊にも属していない。隊舎ごとに医務室はあるものの、大規模で機材が充実している場所はこの場所を置いてほかはない。


12番街からは規模が拡大したことを理由に後から増設された非戦闘員区間である。1・2番街と同じく建物が密集しているが、公園や遊戯施設が併設され、物件も個室が用意されていたりとわずかながらゆとりが出来たことが伺えた。


最初にそれを見たときは、自分たちに与えられた居住スペースと全く異なっていたことに三人は驚いた。




シオンはふと前を歩く二人を見る。

試験結果の時間まで余裕があるため、三人は近場の喫茶でお茶でもしようということになっていた。サセッタでしか流通していない通貨はしっかり者のアイネが管理することに相違はなかった。



「……あれ? どこ行った、あいつら」


家を出た時と比べ物にならないほどの賑わいを感じた。

気が付くと、どうやら二番街からの閑散とした通りから、往来の激しい道に来てしまったらしい。その時だろう。のろのろ歩くシオンにお構いなく、先導切って歩いていた二人をいつの間にか見失ってしまった。



「……この年で迷子センター行くのはちょっとな」



アナウンスで自分の名前が呼ばれ、笑いをこらえながらやってくるアイネとノイアの姿を想像した。

シオンは何としてでもそれだけは避けようと決意した。


その時、背後から野太い聞き覚えのある声がした。


「おう、小僧。元気にしとったか」


相変わらずの半袖・短パン・サンダルという、その巨躯に纏った壊滅的なファッションセンスを堂々お披露目しているのは、ほかでもない軍隊長デヒダイトであった。


顎にはひげを蓄え、もみあげとの境目がなくなっている。髪は無造作に逆立ち極度にねじれ曲がった毛先は一種の芸術であった。

周囲から頭一つ抜き出ているほどの身長のあるデヒダイトは、間違いなくどのような人混みの中でも目立つだろう。


「こんにちは、お久しぶりです」


シオンは軽く会釈をする。

デヒダイトと顔を合わせるのはこれが二度目だった。


「ちーーとばかし、付き合ってくれや。歩きながら話そう」


そう言ったデヒダイトの顔が一瞬曇った。

何の話か病院のことを思い出せばなんとなく察しがついたが、あえて黙って誘いを承諾した。



歩き出すとデヒダイトの歩幅の大きさにシオンはあきれ返った。デヒダイトが一歩踏み出すたびにシオンは普段の二歩分余計に踏み出さねばならなかった。


せっかく口先だけの屁理屈でアイネたちから遠出ではなく近場のお茶ですませるよう説得し休もうとした矢先、逆に本来以上の体力を使いそうになることにシオンは内心涙した。



「なあ、おまえさんら、本当にサセッタに入るつもりなのか」


しばらくの間のあとにデヒダイトは口を開いた。

やはり、とシオンは思った。


「一応はそのつもりです。でも、選抜試験落ちてるかもしれないのでわからないですけど。今日発表だっていうんでアイネたちと結果を見にいこうと思ってたら、はぐれちゃって」


「……覚悟はできてるのか? 世界を救うために駒になることの辛さは想像を絶するぞ。入ったからには死ぬまで戦わねばならん、逃げることは決して許されない。どんなに辛くてもだ」


最後の一言に熱がこもったのをシオンは感じ取った。

ふと、横に並び歩くデヒダイトを見上げると目が合った。



シオンは動揺し、急いで目線を足元に落とす。唐突に目が合ったため動揺したのではない。あまりにも悲痛でその中に、わずかな憂慮の色をありありと浮かべた予想外のその眼差しに驚きを隠せなかったのだ。


だが、どんなに動揺しようとも、デヒダイトが百の言葉を並べようともシオンの答えは決まっていた。


この命は、アイネとノイアのためにある。この二人のために生きていく。アイネの、彼らの生き様を陰ながら支えて行く。


そう決めていた。


「大丈夫です。とうの昔に覚悟は決まっています」


「……そうか」


デヒダイトは大きくため息をついたかと思うと、一人で納得したこのように何度かうなずいた後、今度は表情を一転させ朗らかな笑顔を浮かべる。


「よし、分かった!! これからは俺らが鍛えてやる。戦場で無双! とまではいかんが、自分の身は自分で守れるくらいまでは育ててやろう。覚悟しとけ」


そう言ってシオンの頭を撫でまわす。


「え、ちょ、ちょっと……、まだ受かったかも分からないのに」


「あー、お前らは合格してるぞ、ノイアと、アイネだったか? そいつらもだ。隊長クラスにはもう結果と配属先の通知が来てる。あれは、生き残るかどうかを見るための試験ではない。“戦闘センス”すなわちサセッタに入る上で最も重要かつ必須の条件、形印(コントラー)を発現できるかどうかに他ならん」


「そ、そうだったんですか?」


「そうだとも。そして今日から君らは我が隊の一員だ。……デヒダイト隊にようこそ」


そう言ってデヒダイトは右手を差し出した。

シオンは驚きつつも、素直に力強く巨人のように大きな手を握り返した。



「ときに小僧。その服、もうちょっといい感じのはなかったのか。ダサいぞ」


半袖・短パンと冬でもその格好で走り回る小学生と同等の、ファッションセンスのかけらも持ち合わせていなさそうな大男にそう言われ、シオンは虚しくなった。アイネのあの新鮮な姿を見たから余計にそう感じているのかもしれない。


「まあ、ここにきて日が浅いならしょうがないな。どれ、俺がいい服を見繕ってやろう」


シオンは嫌な予感がした。

半袖・短パンだけはやめてくれ、と切に願った。

シオンが内心冷や汗をだらだら流しているとも露知らず、デヒダイトは話し続ける。


「うーーむ、小僧の髪の色的に上の半袖はピンクが似合うだろうな。ズボンは……男なら青い短パンか?」


「な、なんで半袖・短パン限定なんですか!?」


デヒダイトが並べた言葉通りの服装を想像し、絶望のあまり思わず突っ込んでしまった。

きっとデヒダイトはファッションに関する何かしらの呪いにかかっているに違いないとシオンは思った。


「なんだ、嫌か、最近の若者は分からんな。裾が短いと動きやすさ抜群ではないか。うーむ、だが、無理に着せるわけにもいかんからな。……ならジャージか、つなぎが売ってるとこに行くか」


シオンは悟りを開いた。

この人についていくと、まともなファッションは望めないだろう。

しかし、厚意を無駄にするわけにもいかない。


シオンの顔は晴れやかだった。

それは、後から合流するであろうアイネとノイアに笑われることを覚悟した男の顔だった。

どう転んでも今日は二人に笑われる日だったらしい。






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