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二十四話 不倒の絶対王者



時間は少し遡り、試験終了残り七分前。

建物が軒並ぶ開けた通りにギンガとノイアは対峙していた。



―――イメージするんだ……。僕の≪不可侵の領域≫を。


ノイアはへそ回りが熱くなるのを感じた。服の下に隠れてノイア自身は確認できないが、そこにはまぎれもなくセリアンスロープ特有のアザが浮かんでいた。

毅然と立つノイアのその姿を見てギンガは言う。


「戦力差はひっくり返らん。お前の負けは確定しているようなもんだ、逃げるなら今の内だぜ。まあ、背を向けた時点で殺すがな」


「負けていたのは僕の心だ、勝負はまだここからだ!」



ギンガは錯覚かと自分の目を疑った。

目の前にいるノイアの手が、足が、体が、徐々に空間に取り込まれ消えていく。否、取り込まれているのではない、これは―――


「……変色、いや、同化か」


景色と調和し同化する、ノイアのモデル生物はカメレオンだった。

周囲の意見に染まり、自己保身に長けたノイアの観念にふさわしいと言えるだろう。


「お前も使えるのか、やるじゃねえか。俺の取り巻きたちはどいつもこいつも発現できねえクソ雑魚だらけだってのに」


「仲間っていうのは互いに支えあって初めて生まれる関係だ。使える使えないは問題じゃないと思うんだけど」


「ハッ! 誰が仲間っつったよ。俺たちの関係はいつ寝首を掻こうか目をぎらつかせる、完全ピラミッド型の下剋上の世界だ。その頂点に暫定的に俺がいるだけだ。だからこそ暫定なんてものが付かないほどの強さを手に入れる。絶対王者に付き従うしもべ、その関係こそ俺の求めるものだ」


「……」


「問答はもういいだろ、いくぜ」


ギンガが地面をけりノイアとの距離を詰める。

近接戦闘を警戒したノイアは、完全に景色と同化してギンガの視界から姿を消した。


ギンガの拳は空を切り、はたと立ち尽くす。

そこに突如、背後から殴られるような痛みと共に視界が揺れた。

振り返るがそこに人影はなく、家々が並んでいるだけであった。


ギンガは軽く舌打ちをし、眉間にしわを寄せる。

普通の人間とのケンカや戦闘は慣れたものだったが、彼にとってセリアンスロープ同士の手合いは初めてだった。


標的が確認できる系統のものであればギンガとて対応はできたであろう。

しかし、それがよりにもよってカメレオンというモデル生物のセリアンスロープ。目に見えなければ敵がどこにいるかわからなければお手上げだった。

ギンガは無駄だと思いながらも聴覚に意識を集中させる。


すると不意に、背後の家から物音がした。

振り返ると二階の窓から飛んだのだろう、上空に人影が見えた。


―――さっきのガキじゃない。


そう思うや否や、ギンガめがけてその男は脇差ほどの長さの刀を頭上から振り下ろした。黒くしつらえられた刀には鍔が付いておらず、簡素な造りではあるが鋭利に研ぎ澄まされた鉄は刃物となんら変りない。


ギンガは上空の男に向け手のひらを突き出す。振り下ろされた男の刃はギンガの人差し指と中指の間を通りぬけ、ギンガの額に突き刺さるか否かの紙一重のところで、まるでそこだけが時間が止まったかのようにビタリと止まった。


見ると、男の柄を握っている両手をギンガが右手一本で握りつぶし、勢いを完全に殺していた。もはやそれは神武の才としか表現のしようがなかった。


「馬鹿な……!」


男が狼狽する。


「馬鹿はお前だ、バカ」


闘争心丸出しの狂った笑い顔を浮かべ、左の拳をがら空きの顎に叩きこむ。

鈍い音が響き、うめき声と共に男は地面に倒れこんだ。


ギンガは地面に伸びた男を蹴飛ばし、握られた刀をもぎ取り周囲に向け大声で言う。



「おい、きこえてるかァ! こいつみたいにやられたくなけりゃ、隠れてるやつ“全員”でかかって来い! まとめてぶっ飛ばしてやるぜ」


ギンガは途中から気が付いていた。

広場ともとれるだだっ広い開けた通りのど真ん中で、声を張り上げていたのだ。近くにいたものが引き寄せられるのは無理もない。ノイアとギンガの戦いが本格化してから参戦し漁夫の利を得ようとしたものは何人いただろうか。

今、地面に転がっている男は間違いなくその一人であったに違いない。


果たして、ギンガの挑発に姿を現したものが、家から、草陰から、姿を現す。



「1、2、3、……七人か。消えてるガキ含め8人。ぶっ潰してやるよ」


これだけの数を目の前にし不敵に笑う。

同化しているノイアは標的にこそされてはいなかったが、いつ飛び火がくるか分かったものではない。

普通ならばここから先は完全個別の乱闘が起こるところだが、今この場にいる六人の獲物は道路の中央に修羅像のごとき佇まいを纏うギンガだけであった。

それほどまでにして強大な敵だとこの場にいる全員が肌で感じとっていた。


ギンガは眼球を素早く動かし敵の様子をうかがう。

正面に二人、その上の家の中に女が一人、右50度に一人、左70度付近に三人。

いずれも二十メートルも離れていない距離であった。


最初に動き出したのは正面の男たちであった。

銃を構えギンガに向けて発砲しようとする。


ギンガはいち早くそれを察知し、先ほど蹴飛ばした地面に伸びてる男を持ち上げ自身の盾にし、二人めがけて突進していく。

乾いた銃声がためらわれることなく立て続けに響き渡る。

全く臆していないのか、ギンガはスピードを緩めることなく走り抜ける。銃弾が盾の肉にめり込み血しぶきが上がる。



「ば、化け物が!!」


一人がそう叫び五度目の引き金を引こうとした時だった。



動かない。



目も、指も、筋肉も、声帯さえ震えさせることができなかった。

ギンガのセリアンスロープの能力だった。いつの間にか肩に形印(コントラー)を浮かび上がらせて能力を発動させていた。


盾にしていた肉塊を投げ捨て、右手を大きく振りかぶり硬直した一人にラリアットを喉に喰らわせた。


男は口から鮮血をまき散らす。

側にいた男は急いで銃口をギンガに向ける。が、その時にはもう銃身はギンガが左手で振り上げた刀によってきれいに切り取られていた。


ラリアットを喰らった男はそのまま宙に舞い地面に打ち付けられ、武器を無くした男は金縛りにあっているのか案山子のように固まったままだった。


不意にギンガの視界が揺れた。背後から一人の男が忍び寄って釘バットで脳天を割らんばかりの勢いで打ち付けたのだ。

ギンガの鈍く輝く銀の髪が紅く染まり、バットにはべっとりと血のりが付く。


しかし、ギンガは体勢を崩すことなく振り向きざまに相手の腕を絡め引き寄せると、その引力に合わせて顔面に拳を叩き込んだ。


「ごは……っ!」


「なんだ、意外とタフだな、おい」



敵が失神しなかったのが気に食わなかったのか、もう一撃喰らわせようと拳を振り上げたとき、パン、と乾いた音がこだまのように周囲に反響した。

同時にギンガは腹部が熱くなるのを感じた。服に紅蓮の花が咲き、蕾開くように広がっていった。


「今だ! 畳みかけろ!!」


離れて機会をうかがっていた二人が銃を構える。

ギンガは腕を絡ませ殴ろうとした男を、先ほどと同じように盾にしようとした瞬間、何者かに突き飛ばされるような感覚を覚えた。しかし、ギンガを突き飛ばせる範囲に人影はない。


―――あのガキか!!!


不意の衝撃に男を掴んでいた手の力が緩む。その瞬間、銃口を定めていた二人は夢中でギンガに向けて銃を撃った。

十発だろうか二十発だろうか、やがて銃声は鳴りやみ、カチカチっと銃弾が無くなったことを告げる金属音がした。


「はぁ……はぁ……、やったか?」


緊迫した空気に体力を消耗した男は肩で息をする。

視線の先には、胸から顔を覆うようにして両手の前腕を互いに隙間なく押し付けたギンガが立っていた。右足は体を支えようとアキレス腱を伸ばすようにしたつま先が地面にめり込んでいた。

しかし、動く気配もなく、また反撃に移る様子もなかった。

その場の全員がホッと胸をなでおろし、謎の一体感に包まれる。


「いやー、危なかったな」


「こいつほんと人間か?」


「でもお前ナイス判断だったぜ! あそこで後ろからバットで殴ってなきゃ俺刺されてたもん」


わいわいと和やかな雰囲気と共に時間が流れる。

八人のうちの一人に数えられていた女が、家の中の三階からで互いをほめちぎっている様子を見ていた。手には手榴弾が握られていた。戦いのさなか、彼女はタイミングを見計らって多くの巻き添えを狙っていた。強敵を片付け、気が緩んで障害物の無い道路に集まっている今は絶好の瞬間だった。

安全ピンを外す前に、最後にもう一度ギンガに目を向けた。




その瞬間、女の顔が青ざめ息をのんだ。



「みんな、まだ彼が……!!」


彼女の声が彼らに届くまえに、和気あいあいとしている五人のうちの一人が顔を赤くしたかと思うと、体が地を離れ宙に浮き足をバタつかせる。見るとそこには首を掴みあげ、殺気立った鬼の形相のギンガがいた。


「よぉ、ちっとばっかし昼寝しちまってたわ」


頭部からの流血で髪は全て紅く染まり、顔面の凹凸に沿いながら枝分かれした河川のように血がしたたり落ちる。

服には銃弾によりいくつもの紅い花が咲き乱れ、おそらく常人では立っていることすら困難な状態だっただろう。

だが、彼は立っている。執念、否、呪いのような強迫観念に突き動かされ、その信念のみで立ち続けている体を傀儡のように動かしている。

その眼光は衰えることを知らず、むしろ傷を負うごとに憤怒の炎を宿した。




“俺に逆らうな”、と。



もう片方の手で鍔のない鈍く光る刀を握りしめ、ギンガは不敵に笑いながら言う。


「もちろん、こっからが本番なんだろうな。烏合の衆のザコども!」


「く……なんだよ、なんなんだよお前!!」


一人が叫びギンガに襲い掛かる。後に続くように残りの四人も武器を手に取る。

数の利を生かし死角に回り込んで何度もギンガに攻撃する。

ギンガも負けじと応戦する。


口の中には鉄の味が広がり止めどなくあふれ、零れ落ちる。攻撃を受けるたびに肉を切らせ骨を断つ。筋肉を奮い立たせ、雄たけびをあげ、牙をむく。

男たちは数的有利といえど一瞬でも気を抜くとその気迫に呑まれ、たちまち終わることを直感的に悟っていた。


しかし、油断なく、的確に死角に回りダメージを与え有利な状況だったのにもかかわらず、気が付くと五人いた男たちは二人にまで減っていた。

男が叫ぶ。



「いい加減にくたばれや!!」


「俺は絶対倒れねえ! 何人たりとも俺を地面に伏せさせることはできない。何人でかかってこようと、誰がかかってこようと、どんな獲物を持っていようと不倒の絶対王者は俺だ!!」




死闘が繰り広げられるその視界の端で、ギンガは拳ほどの物体を捉えた。

三階のバルコニーから女が、男たちやギンガもろとも爆死させるために投げつけたものだった。


轟音と共に空気がはじけ飛ぶ衝撃が爆心地を中心に駆け巡る。一瞬の灼熱の後、えぐり取られた破片が天から降り注ぐ。


立ち上る黒煙を眼下に収めながら、女は満足げにその場を去ろうとし背を向けた時だった。

黒く染まった砂塵の中から銀色に光り輝く刀が勢いよく飛びでる。


果たして、その刃は鮮血と共に女の喉を貫いた。



「言ったろ……、俺は、倒れねえ……!!」



漆黒の中から姿を現したのはギンガだった。

戦っていた二人の男が消えギンガのみが生き残っている状況を鑑みるに、彼らの陰に隠れ上手く爆発から身を隠したのだろう。

しかし、その身は無数のガラスの破片が突き刺さり、見るも無残な姿だった。


「さぁて、あとはお前だけだぜ、同化のガキ」


その言葉にノイアは震えあがった。

しかし、ギンガにノイアを見つける術はないし、居場所もばれてはいない。


戦うならば今しかなかったが、繰り広げられた死闘を目にしては、先ほどまでの勇気も消え失せノイアは逃げ出したい衝動に駆られる。


無理もなかった。あの光景を見せられては子供の精神では立ち向かうのは酷であった。

決して男たちが弱かったわけではない。中には裏社会の流れ者もいたし、喧嘩慣れしたごろつきもいた。


しかし、それ以上にギンガが強すぎたのだ。


ノイアの意気は消沈し、無意識のうちに後ずさりしてしまう。


ノイアはかぶりを振った。


―――逃げちゃだめだ、これじゃ何も変わらない!!


無意識に反発するように意識的に足を戻そうとする。その際に靴の裏で地面に落ちた爆発の破片を引いてしまう。


ギンガがぎろりと音のした方に眼光を飛ばす。その目は獲物を探す捕食者そのものであった。

指から紅蓮の液体が滴り落ちる。それを見たギンガはため息をついた。



「あー、くそ、最初からこうすりゃよかったんじゃねえかよ」



空気をかき分けるように手を大きく横に振った。手に流れるおびただしい量の紅い雫が宙を飛ぶ。

この血が付けば居場所が完全にマークされてしまう。

避けることにそこまでの難はなかった。



しかし―――


ノイアが避けようとしたときには既にギンガの術中だった。

ギンガのセリアンスロープの能力―――恐怖による金縛りがすでにノイアの筋肉を縛り付けていた。



雫がノイアに浴びせられる。


ギンガは目を見開き、白い歯を見せる。



どこか遠くで乾いた銃声が空に響いた。



同時にギンガは拳を握りしめノイアめがけて走り出す。




その瞬間、仮想空間全体に響き渡るほど大きなブザーが鳴り響いたかと思うと、会場全体が暗転した。




『試験終了時間になりました。生存者の仮想体を解除します』



会場に試験が終わったことを告げる機械的なアナウンスがこだました。


挿絵(By みてみん)



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