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十八話 ノイアの懺悔



「どこだ、ここ」



シオンは眼前に広がる建物を前に唖然とした。

大きいものは高層ビルから、小さいものは納屋小屋まで、先刻ほどまでいた白一色の空間とは思えぬほどの様変わり用である。


建物との間には車道が舗装されており、どこからどう見ても市街地に他ならなかった。唯一異なるとすれば不気味なほど静かなことぐらいであろう。人っ子一人姿が見当たらない。



見上げると空には雲が程よく浮かび、その中心にはサンサンと輝く太陽が熱を放出している。

シオンにとっては何日かぶりに見た太陽であった。





「一応聞くけどあの太陽もこの建物も本物じゃないんだろ」


シオンは耳につけた小型イヤフォンに向かって尋ねる。



『……』



「おーい」




『……』




シオンは深くため息をつき咳払いをしてもう一度言う。


「えー、ミスターファントム。教えてください」



『シオンは素直じゃないですね。そうです、あれらは全て投影された偽物です。が、しかし触れば感触はありますし、日陰の地面に頬をつければひんやりと気持ちよく、むしろ本物より本物らしい偽物です』




「……そりゃ、すごいな」




シオンは素直に感心した。

まさかここまでの高度な技術を所持しているとは思いもしなかった。



すると遠方で派手な爆発音が響いた。

空に一筋の黒煙が立ち上った。

誰かが戦闘を開始したのだろうか、続けざまに二回、三回と爆発する。





「おいおい、なんつー暴れ方してんだ。あれじゃ居場所まるわかりじゃねーか」


『それも作戦のうちかもしれませんね』



「たしかにな。だったら、隙を見て待ち構えてるやつらの背後から攻撃もありだけど……、でも、とりあえず俺はノイアとアイネを探して通信回線を繋ぐことを第一に動くことにする。んでもって途中で補給物質から武器が手に入れればラッキーって感じだな」



『了解です』




「全体のマップってあるか?」




『ありますが、今回は使用が認められてません』





シオンは少し落胆した。

全体がつかめれば二人が行きそうな位置が大体絞れそうなものだったが。

しかたない、とすぐ考えを切り替える。



建物の陰に身をひそめながら、シオンはこのフィールドでひときわ目立つ高層ビルに向けて移動し始めた。











ノイアはきょとんと眺める。

いつの間に町中へ移動したのだろうか。自分は神隠しにでもあったんじゃなかろうか、そう思わざるを得ないくらいに現実味溢れる景観だった。

見たこともない目の前の建物が並ぶ数々に囲まれ、妙に変な感覚が体全体を駆け抜けた。

それに加え、へその周辺にチクチクと針で軽く刺されている痛みがさっきから続いている。



服をめくってみると、ぶつけた記憶のない箇所にあざがうっすらとできていた。




不意にどこか遠くで何かが爆発した振動が伝わってきた。



「な、なに!?」




『どうやら戦闘が始まったようですね。どうします、逃げますか、それとも戦いに行きますか』




シオンと同じように耳につけた小型イヤフォンからPhantom-ereaMの機械的な声が流れる。




「逃げるよ、逃げるにきまってるじゃないか! もうあんな痛い思いはごめんだよ」



ノイアは足早に爆音がした方向とは真反対の方向に逃げる。

アダルット地区での忌まわしい思い出が連続する爆発音とともによみがえってくるようだった。

その時は殴り飛ばされ、蹴り飛ばされ、壁に叩き付けられたときは心臓が口から出てしまうのではという錯覚すら起こしてしまいそうなほどに追い込まれ、恐怖に蝕まれていた。



そして、一番強烈にフラッシュバックしてくるのはシオンを躊躇いもなく囮に使ってしまった時の黒い感情が噴き出した瞬間のノイア自身だった。

囮を提案したのはシオン、それに反対したのはアイネ。しかし、ノイアは一切の迷いなくアイネを連れて逃げ出そうとした。



アイネを連れて行ったのは自分の罪悪感を少しでも和らげるため。

シオンが死に物狂いで戦っている間、ノイアは自分のことしか考えることができなかった。




心の中に押しとどめ目を背けていた感情が爆発音に合わせて誘発してくるようだった。



ノイアは病室でのことを思い出す。

デヒダイトとともに病室に戻ったとき、すでにシオンは目覚めておりアイネと話をしていた。聞こえてきたのは“サセッタに入る”という内容だった。




―――置いて行かれる。見捨てられる。



その考えがノイアを埋め尽くした。

耐えられなかった。


ノイアはHKVで両親を亡くし、一度は居場所がなく自ら命を絶とうとした。

しかしノイアにそんな気概はなく、かといって人造人間(レプリオン)になるすべもなく、ひたすら死におびえていた。




そんな時アイネに出会った。

彼女は強かった。この死と隣り合わせの日常で生に意味を見出さんと必死にもがき、輝いていた。


ノイアはカースに追い詰められた時のことを思い出す。他人のために―――ノイアを救うために真っ先に駆け出したのは彼女だった。その姿はまさしく幼き頃に憧れたヒーローそのものだった。

だが、逆の立場だったら自分ならどうしただろうか。憧れだったヒーローのようになれるだろうか。アイネのように弱きを助け強きをくじく。


そんな人間になれるだろうか。


ノイアは自分に問いかけるも、しかし、己の命を優先してしまう考えが真っ先に思いついてしまい、自分に対し吐き気を催した。




シオンもアイネ同様、ノイアの目には輝いて映っていた。

シオンとの最初の出会いは瀕死の状態からだった。

彼は川辺に打ち上げられており、そこにたまたま通りかかったノイアとアイネが見つけた。

シオンの体は血だらけで、銃で誰かに打たれたことは明確だった。



死んでもおかしくないような傷、出血だったにもかかわらずシオンは生き延びた。

今こうして同じ場所に立ち、同じ時間を生きている。




ウイルスで死ぬことは必至であるにもかかわらず、なぜそこまで生きようとするのか。

ノイアには理解できなかった。そしてせっかく苦しんで取り留めた命を、あの時いとも簡単に“囮に使う“と言い出したのだ

勝てる保証もなければ、逃げれる保証もどこにもないのに。






二人がノイアの目の前からどんどん離れて行ってしまう。

ようやく掴んだ居場所が離れていくようだった。



そして思わず言ってしまった。

あの時、あの病室で。




“ぼ、僕も入るよ!”





二人に置いて行かれまいとし、つい言ってしまった。



しかし、今それを後悔している自分がいることにノイアは気が付いた。



所詮、自分は自分。アイネやシオンのようにはなれない。

カースに嬲られた記憶が濃くなるにつれその思いは強まった。




もう居場所に固執するのはやめよう。

そう思った時だった。


「おい」


不意に背後から聞き覚えのある声がノイアの鼓膜を揺らした。



気配もなくいきなり背後から声をかけられたノイアは慌てて後ろを振り向く。

それを待っていたかのように、背後の男はノイアの胸ぐらをつかみ上げ、思いっきりこぶしを振りぬいた。



ノイアの視界が揺れ、体が宙に放り出されたことが分かった。

強く地面に打ち付けられ、アスファルト特有の凸凹した痛みが全身を襲う。

地面に這いつくばりながら、ノイアは自分を殴り飛ばした男に目をやる。

鋭い目つきに光を反射する銀色の髪。


五人組の中のリーダー格のギンガだった。



挿絵(By みてみん)



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