関係者の証言
しばらくして学芸員が警察と救急を呼びすぐに来た。被害者は画家の林正三で、足を刺され救急で運ばれた。
中にいた客達はその場に残るように、と言われ、外に出ていた篤史達は特別に中に入っていいと町田警部から言われた。留理達は少し離れた場所で待機している。
「怪我を負ったのは、この展覧会の絵画を全て描いた画家の林正三、四十九歳。出血具合からして結構な出血やな」
町田警部は現場に残っている正三の出血を見ながら言う。
「林正三って日本では有名な画家ですよね。今日、来る予定だったんですか?」
水野刑事が近くにいる女性学芸員に聞く。
別に展覧会の絵画を描いている画家であるため会場にいてもおかしくはないのだが、何かイベントがあるわけでもないのに正三がいる事に疑問に思っていた。
「先生は展覧会場の客入りなどを確認されていました。自分の展覧会が行われる際にはどこでも来られていたみたいですよ」
女性学芸員は正三の事を事前に聞いていたのか、イベントがなくても展覧会に来る事があると二人の警官に伝える。
「マメな画家なんですね」
水野刑事は手帳から目を離して言う。
「凶器はナイフや。多分、林さんに恨みを持つ人間の犯行やと思うけど、誰か恨みを持つ人はいないんですか?」
篤史は凶器がナイフだと断定した上で恨みを持っている人がいるかを学芸員に聞く。
「いるよ」
そこに一人の男性学芸員が答える。
「あなたは誰ですか?」
町田警部は名前を名乗るように言う。
「松永健です。ここの学芸員をしてます」
松永健と答えた男性学芸員は、若干面倒臭そうに名乗る。
二十代後半でチャラチャラしていて、仕事が要領よく出来るといった感じだ。
「恨みを持った人は誰ですか?」
「オレの隣にいる野瀬ってヤツだよ」
健は自分の頭を隣にいる男性学芸員を指すようにして教える。
「ぼ、僕はやってません!」
恨みを持っていると言われた野瀬という男性学芸員は否定する。
「名前を教えて下さい」
「野瀬学といいます。僕もここの学芸員です」
野瀬学はモジモジした様子で名乗る。
「松永さんはどうして乗せさんが恨みを持っているとわかるんですか?」
町田警部は学が恨みを持っていると言い切れるのかを健に聞く。
「今回の展覧会で林さんと一緒に絵画の展示をしていたんです。でも、野瀬は絵画を扱うのが下手で、よく林さんにこっぴどく怒られていたんです。それで野瀬は半べそかいていて……。展覧会が始まる前日も林さんに仕事だから仕方ないけど、受付だけをしていろと言われたんです」
健はなぜ自分が同僚を悪く言うのかを答える。
「そうなんですか?」
水野刑事は確認する。
学はそうです、と小さな声で答えた。
「それはそうと小川君はなんで美術館にいるんや?」
町田警部は美術館にいる篤史に疑問を持つ。
「里奈が行こうって言い出したんや。アイツ、他校の美術部の彼氏が出来て、お互いの友達を連れて美術館に行こうっていう事になったんや」
篤史は横目で里奈を見ながらヤキモチを妬いた声で言う。
その視線の先には、里奈が心配そうにしながら昌弘と一緒にいる。
「里奈ちゃんに彼氏?」
里奈に彼氏が出来たと聞いて驚く町田警部。
「そうや。背の低い爽やかなヤツや」
篤史は昌弘のほうを見て答える。
二人の警官は昌弘のほうを見ると、なるほどという表情をする。
「警部! 男子トイレのゴミ箱から林氏の血痕が付着していると思われるナイフを発見しました。恐らく、刃の形状から見て、林氏が刺された凶器で間違いないと思われます」
三人が昌弘を見ていると、鑑識官が凶器を見つけたと報告してきた。
町田警部は空気を変えるように咳払いをして、凶器を見る。
「見つかったか。引き続き、調べてくれ」
「わかりました」
鑑識官は町田警部の指示を仰ぐと凶器を調べ始めた。
「トイレといえば、里奈の彼氏とその友達が見終わってからトイレに行ってたな」
昌弘と進太郎がトイレに行っていた事を思い出し、それを報告する篤史。
それを聞いた町田警部は昌弘と進太郎を呼び出す。
「確かに二人でトイレに行きましたよ」
進太郎が答える。
「その時、ゴミ箱にナイフが捨てられていなかったですか?」
水野刑事が手帳から目を離して二人に聞く。
「ゴミ箱の中は見てません、第一、僕達がトイレから出てきて、里奈達と合流してから男性の叫び声が聞こえたので、その直前に刺されたんじゃないですか?」
昌弘は自分達がトイレから出た後に刺されたのではないかと主張する。
「確かにそれはそうかもしれへん。でも、二人共やけにトイレが長かったやん?」
篤史は腕を組んで問う。
「根本のお腹の調子が悪かったのとトイレでおじさんに話しかけられたんです。美術館は落ち着くとか誰と来ているんだ?とかね。でも、その人帰ったかも…….もう帰るって言うてたから……」
トイレが長かったのは進太郎のお腹の調子が悪かったのと見知らぬ男性に話しかけられたからだと答える昌弘。
「帰ったねぇ……。それやったら調べようがないな」
皮肉にも似た言葉を言った篤史は何か思い当たる節があるようだ。
二人の警官も昌弘が言った人物が本当にいたかどうか信じていない様子だ。
「ホンマですよ。トイレに根本を含めて三人だけやったから証明しろって言うほうが無理ですけど……」
昌弘は途方に暮れた表情をする。
「根本君は見ていないのか?」
「見てません。岡田の言うとおり、お腹の調子が悪くなって個室に入ってたので……」
進太郎は昌弘の証言の裏づけが出来ずすまないという口調だ。
そう話す二人の見る篤史は、さっきまで気付かなかったがズボンのポケットが少しふくらんでいる昌弘を見る。
(さっきあんなにズボンのポケットがふくらんでたかな?)
昌弘のズボンのポケットのふくらみが気になる篤史。
一通り、昌弘と進太郎から話を聞き終えると、篤史は学芸員である学に話を聞く事にした。
「野瀬さん、話があるんですけど……」
「いいよ。なんだい?」
学は快く応じる。
「松永さんとはどういう関係なんですか?」
「高校時代の友人だや。大学は別々になったけど、この美術館で再会して一緒にご飯を食べにいったりして高校時代のような感じやったよ。でも、一年前にトラブルで仲が悪くなってしまったんや」
学はせっかく職場で再会して、仲良く過ごしていたのに……という思いが声に出ている。
「トラブルって……?」
そのトラブルが何かを聞き出す。
「金銭トラブルや。松永は高校時代から金遣いが荒くて、しょっちゅう友達に金を借りてた。それは社会人になっても直ってなくて、僕にいつも金を貸してくれって言いにきてたんや。そういうところが耐え切れなくて、金遣いが荒いところを直せ。高校時代から何も変わってへん。それじゃあ、友達が離れていくはずやって一年前に怒って言ってしまって……。僕が言ったその言葉がアカンかったのか、松永から友達の縁を切られてしまったんや。僕があんなことを言わへんかったら、今も仲良かったんやけどね」
学は気の弱い自分が勇気を出して言った言葉が関係を悪くさせたんだ、と思っていた。
その言葉からは以前のように仲良くしたいと思っているようだ。
「それは野瀬さんのせいではないですよ。元々の原因を考えると自分を責めないで下さい。それに友達でもそんなことが言えるのってすごいと思いますよ」
篤史は学が自分の気持ちを言った事を尊敬していた。
それを聞いた学はえっという表情をする。
「野瀬さんは金背印トラブルの多い松永さんのために言ったんですから、その言葉を言って友達の縁が切れたならそれまでだったんだじゃないかなって思いますよ」
決して学は間違っていないと篤史は断言する。
「ありがとう。高校生にこんなことを言われるなんて思いもしなかったな」
学は気が楽になったという表情をした。