幼馴染の彼氏
反岡高校の新学期が始まって五日、入学式も終わり、しばらく午前中で学校が終わる。今日の午後は新入生歓迎会のため、全ての部活は休みで午後から川口里奈の家で過ごそうという事になり、小川篤史と服部留理はお菓子と飲み物を持って集まった。
「うんうん、わかってるってばぁー」
幼馴染が遊びに来ているというのに、里奈はなにやら楽しそうにスマホで誰かと話している。
その声は篤史や留理、友達と話している声とは違い、甘ったるい声だ。五分前から誰かと話しているのだ。
「留理、また例の男なのか?」
里奈の話している姿を見て、篤史は小声で留理に聞く。
「そうみたい」
留理も今までに聞いた事のない里奈の甘ったるい声に引きながらも頷く。
「最近、里奈のヤツ、例の男と電話ばっかりしてるやんか」
電話の相手が誰なのかは知らないが、相手が男だとわかっている篤史は、電話ばかりしている里奈にヤキモチに似た感情が声に出ている。
その篤史の言い方を聞いて、
「もしかして、里奈の事が好きなん?」
留理は真意を聞く。
「そんなん違うって!」
篤史は大げさに否定する。
それを見た留理は篤史の気持ちがわかったというふうにして見る。
そこに電話を切った里奈が二人のほうに身体を向ける。
「里奈、電話の相手って……」
留理は引きながらも聞く。
「うん、そうや。彼氏や」
里奈は嬉しそうにして答える。
電話の相手というのは、最近出来たばかりの里奈の彼氏なのだ。
去年の秋に里奈が所属している美術部全員がコンクールに絵を出展し、里奈を含め三人が賞を受賞したのだ。その授賞式で里奈の彼氏となる他校の男子生徒が通う高校もコンクールに絵を出展していたのだ。同じ副賞を受賞した男子生徒と意気投合し、そこから連絡を教えあい、今年のバレンタインデーに付き合うようになったのだ。
「明日、彼と美術館に行くねん。いいやろ? 篤史達も行かへん?」
里奈は彼と美術館に行く事を自慢しつつ、篤史達も来ないかと誘ってくる。
「オレらも行っていいんか?」
せっかくのデートを邪魔をするんではないかという気持ちから篤史は行っていいのかと聞く。
「いいねん。彼も友達連れてくるって言ってたし、たまにはお互いの友達連れてくるのもいいねって言うてたから……」
里奈は前々からそんな話をしていたため、来ても大丈夫だと言う。
「せっかくやし行こうかな」
留理は遠慮がちに言う。
「オレも行く」
篤史は当然という言い方をする。
「じゃあ、決まりね。早速、彼に言っておくね」
里奈は笑顔で頷いた。
翌日の午後十時半前、少し早めに美術館前に着いた篤史達は里奈の彼氏とその友達を待つ事にした。
里奈は彼氏に会える嬉しさからかワクワクしているが、留理は正反対の気持ちでいた。というのも、昨日の篤史がしきりに里奈が彼氏と電話をしていたのもヤキモチを妬いている様子が気になっていた。
(篤史、里奈の事が好きなのかな? 里奈が彼氏出来るまで何も言ってこなかったのに、彼氏が出来た途端にヤキモチ妬いたような感じになってしまったんやもん。こんなこと急やもん。なんか、淋しいな……。篤史が好きだっていっても私が勝手に好きになってるだけやもん……)
留理は美術館で荒んだ心を洗いに来ようと思っていた矢先に暗い気持ちになっていた。
「里奈、遅れてスマン」
そこに里奈の彼氏と思われる男子高校生がやってきた。
「昌弘!」
里奈は彼氏を見た瞬間、笑顔になる。
「紹介するね。彼の岡田昌弘君です」
「岡田昌弘です。よろしく!」
猫のようなクシャっとした笑顔の岡田昌弘は、そんなに背は高くないが爽やかな感じが取れて、美術部という感じだ。
「オレは小川篤史や」
「服部留理です。よろしくです」
幼馴染の二人も自己紹介をする。
「僕の友達も紹介しないとな。根本進太郎。コイツは中学の時からの友達で、勉強も出来て優秀なんや」
昌弘は友達の根本進太郎を持ち上げて紹介する。
「優秀やなんて……。そんなことない」
眼鏡をかけた進太郎は謙遜する。
「二人は草子高校なんやで」
里奈は高校名を二人の幼馴染に教える。
「草子高校!? 私立の中でめっちゃ頭いい高校やん!」
思わず篤史は声を出してしまう。
それは留理も同じように驚いてしまう。篤史が大声を出してしまうのも無理はない。草子高校は偏差値74の進学校で、部活動も全国レベルで活躍している文武両道の高校なのだ。私立の中ではトップクラスの高校で、反岡高校の特進コースの生徒が頑張っても足元にも及ばないのだ。それを知っている篤史と留理はただ驚く事しか出来ないのだ。
「そうやねん。昌弘も言ってたけど、二人共中学からの友達で根本君は文系の特進コースやねんって。昌弘は普通コースやけど理系やもんね」
里奈は勉強が出来る彼氏に尊敬の目で見る。
「草子高校は普通コースでもレベル高いもんなぁ。理系って事は数学が得意やったりする?」
篤史は自分が得意な数学の事を聞く。
「得意といえば得意やけど、僕は数学よりも化学や物理が得意やねん」
昌弘は気さくに答える。
どうやら理科系が得意のようだ。
「勉強の話はそこまでにして早く中に入ろうや」
進太郎は初めて来た美術館に胸の高鳴りを抑え切れないようだ。
「そうやな。じゃあ、中に入ろうか」
昌弘はそう言うと歩き出す。
五人は入り口で800円の入場券を買って中に入る。
今回の美術の展覧会は、林正三画伯という画家が描いた絵画なのだ。人気の画家で連日超満員でグッズは即完売するくらいの人気ぶりなのだ。今まで展覧会は東京など関東ばかりだったが、今回は初めて日本全国を回るという事で、どこの会場も大盛況なのだ。
美術部員である里奈と昌弘は当然林正三の事は知っていて、一度展覧会に行きたいと思っていた二人は、今回やっと願いが叶ったのだ。
正三の絵画は、色使いがとても綺麗で、どの絵画も生き生きしている。女性はもちろん男性でも目を奪われるほどなのだ。さすが有名で人気の画家だと思ってしまう。
「綺麗なタッチやね」
留理は初めて見た正三の絵画をゆっくり見ながら、どの色使いも好きだと思いながら里奈に言う。
「やろ? 中学の部活で初めて見た時、直で見てみたいなって思っててん」
里奈は写真でしか見た事がなかった正三の絵画に心弾ませながら、この展覧会に来た理由を話す。
「里奈って林正三のファンやっけ?」
「うん。今まで十冊の画集を出してるけど、そのうち三冊は持ってるねん。学生ではなかなか買えないからね」
里奈は全部の画集を欲しいと思っているが、全ての画集を買うのが難しいと言う。
「林先生は美大に通ってた時から画家としての頭角を表していて、教授にも絶賛されるくらいやったんやって。美大卒業後は画家になって活躍してるねん」
里奈は嬉しそうに正三の事を話す。
一方、留理は正三の絵画に心洗われながらも篤史の気持ちにショックを受けていた。直接、本人に聞いたわけではないが、昨日の篤史の態度を見ていたら、里奈の事が好きだと悟っても仕方ない。それぞれに好きな人がいて、思いが伝わらない。どうして恋は上手くいかないのだろう、と思っていた。
留理がそんなことを思いながらぼんやりと正三の絵画を見ていたら、
「あれ? 留理やない?」
誰かが声をかけてきた。
留理が呼ばれたほうを振り向くと、見た事のある顔がいた。
「あ、亜美! 久しぶり!」
留理は久しぶりに会った人物に声を上げる。
「留理、誰や?」
篤史は留理に声をかけてきた相手が誰なのかを聞く。
「小学生の時に一緒にピアノ教室に通ってた山口亜美さん。お互い小学校卒業してから辞めたんやけど、ピアノ教室の中で一番仲が良かったねん」
突然の友達の再会に留理は嬉しそうに話す。
「山口亜美です。あなた、小川篤史君でしょ?」
天然パーマの山口亜美は三人も男子がいるにも関わらず篤史だけを見て聞く。
「そうやけど……」
すごい馴れ馴れしいな、と思いながら、自分が小川だと認める篤史。
「やっぱり……」
亜美は納得した表情をする。
「紹介しないとね。幼馴染の小川篤史君と川口里奈ちゃん。里奈の彼氏の岡田君とその友達の根本君や」
留理は一緒に来ていた篤史達を紹介する。
「せっかくやし一緒に回ってもいいんやないか?」
昌弘はせっかくの再会なんだから、一緒に回る人が増えてもいいというふうに言う。
「そうやね」
里奈も賛成のようだ。
「ありがとう。亜美、まだ帰らへんのやったら一緒に回ろう」
里奈と昌弘に礼を言ってから、亜美に言う。
亜美はいいよという意味合いで頷いた。