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あらがうことすらできないほど強い風が今日もやってきて、僕のほかにいた数人はたまらず流されていってしまった。この部屋は限られた大きさのはずだけど、彼らはさんざん滑り、転がったすえ、どこか深淵のような場所(僕は認識できないけど、確実にあるらしい)へと緩やかな消滅を見せる。彼らはひどく無個性で、飾り気とかのかけらもない格好をしていたように思えるけど、それを確かめる術はもうない。上等な反物のような白い壁と、僅かに青みがかった黒の床、そしてきつめの艶のソファと僕――この空間には、もうそれだけしか残されていない。
何度めか、数えることはずっと前にやめてしまったけど、とにかく僕は眠りから覚めた。薄くぼんやりと部屋の天井が見えて、すぐに軽い失望を覚える。この部屋の中から出ることは絶対にないけど、この部屋にある僕以外のものはあらゆる変貌を遂げ続けている。僕はそのさまを長いあいだ、ずっと眺めて生きている。
部屋の天井はどこまでも遠く、暗闇に向けて細い鉄格子が不規則に張り巡らされている。灯りの類いはいっさいなく、本来僕はこの部屋のなにもかもを見ることができないはずなのに、現実としてここには光があてられている。だから僕は、目覚めた瞬間から感じている違和感が、僕の腿を這いつくばる三葉虫みたいな虫(三葉虫はおそらく虫ではないし、そもそもすでに絶滅してしまった)によるものだとすぐ気付いた。これを読んでいるあなたがそうするように、僕はそいつを振り払って、ためらいなく踏み潰した。首尾よくそいつは死んでくれたにも関わらず、不快な感触はしばらく僕の腿でくすぶっていた。