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スターチスの花束を貴方に  作者: 蒼井 唯
幸せの裏側
4/4

第四話

「ああー!疲れたー…。」


隣で秋谷さんがそう言いながら大きく伸びをしていた。私も首の骨をぽきぽきと鳴らした。あれからずっとパソコンに向かっていたのでとても疲れた。おまけにあれから食べ物という食べ物を食べていないのですごくおなかがすいた。数日前までは食べなくても大丈夫だったのに、仕事でエネルギーを消費して身体はもうへとへとだ。意外と自分が薄情なんだなと分かって苦笑いをする。これも前に進んでると思えばいいことなのかもしれないが、そう思えない自分がどこかにいる。


「おい。」


秋谷さんが声を出した。その声はこのフロアに少しだけ響いて、そして小さく消えた。キョロキョロと周りを見渡しても近くには私しかいなかったので、私にかけられた言葉なのだと少し遅れて気付いた。


「…。私ですか?」

「よく見てみろよ、もう俺とおまえしか残ってねーぞ。」

「ですよね、それでどうかしましたか?」


そう聞くと秋谷さんは指で唇を触りながらあー、とかえー、とかいう言葉を発した。秋谷さんが唇を触るときは少し照れてる時だよ、と徹さんが笑いながら言っていたのをふと思い出した。こんな状況になっても徹さんの事を思い出す自分に苦笑した。


「こ、この後暇なら飯食いに行かねーか。明日土曜だし、その飲んでも大丈夫だろ。」

「え、あ。是非行きたいです?」

「何でそこ疑問形なんだよ。」

「いや、そのいきなりだったので少し驚きました…。」


秋谷さんは少し笑いながらたまにはいいだろ、と少し顔を赤くしながら言うとデスクの片づけを始めた。私も急いでこの汚いデスクの片づけを始めた。


***


「とりあえず生で。お前は?」

「えっと、私も生で。」


秋谷さんはおしぼりで手を拭きながらそう言うと店員を呼んで生2つ、と頼んでいた。手際がいいなー、と秋谷さんを見ながら思っていたらじいっと見ていたみたいで秋谷さんが何だよ、と不思議そうに聞いてきた。


「いや、手際がいいなーと思って。と、…。」


徹さんとは違って、と言いかけて慌てて口をつぐんだ。


「と?」

「えっと、あんまり気にしないでください。深い意味はないです。」


ごまかすように笑いながら言うと秋谷さんはあまり気にしてない様子でメニューをめくり始めた。クリスマスだけれど当然私たちは恋人ではないのでおしゃれなレストランでなくて近くの居酒屋で遅めの晩御飯を取ることにした。私も何にしようかなと思いながらパラパラページをめくる。


「さっきの。」

「はい?」

「さっきの言葉の後、徹さんとは違ってって言おうとしたんじゃねーの。」


思わずメニューを落としそうになった。


「…何で分かったんですか。」

「や、なんとなくだけど。」

「何かすみません、気持ち悪いですよね。」


はは、と笑うと秋谷さんはこちらをじっと見つめてきた。その瞳が何を語っているのか、私は分からなかった。いや、分かりたくなかった。


「お腹すきましたよね~秋谷さんは何にするか決めましたか?」

「おい。」

「は、はい。」

「俺が言えた義理じゃねーけど無理すんな。無責任に気にすんなと言えるわけねーし、俺がお前慰めたところでお前が救われるわけでもない。お前は人に気を遣いすぎなんだよ。こういう時ぐらい気を抜いてもいいんじゃねーか。」

「え、いや、そんなことは。」


ないです、という言葉は口から出てくることはなかった。頬を伝う涙に気づくのはそう遅くはなかった。ずっと張りつめていた細い糸がぷつりと切れ、我慢していた感情が一気にあふれた。下を向いて泣き顔を見せないようにすると、秋谷さんが店員を呼びいくつかの品を頼む声が聞こえた。


***


「…んで、そん時課長のヅラが吹っ飛んでよー。笑いこらえるのに必死だったのに山下がそのヅラを拾って課長落ちましたよ、なんて満面の笑みでいうから吹き出すしかねーよ。」

「え、牧島課長ヅラだったんですか?!」

「お前気づいてなかったの?!お前ぐらいだぞ!」

「いや、今どきのカツラってあんなに自然なんですね…。驚きました。」

「いやいやあれどう見てもカツラだろ!!」


あはは!と豪快に笑う秋谷さんを見て思わず私も笑ってしまう。秋谷さんはビールをぐいっと一気に飲むとまたカツラの課長の話をしだした。もうこれで6杯目だが大丈夫なのだろうか。秋谷さんはお酒に強い方だし平気だとは思うが、珍しく顔を赤くしている秋谷さんが少し心配だ。


「秋谷さん、大丈夫ですか?」

「何がだ?まだそんなに酔っ払ってねーよ舐めんな。」

「いや、舐めてはないんですけど。珍しく顔が赤いので。」

「そういうお前はまだ全然大丈夫そうじゃねーか。すいませーん、生2つお願いします。」

「ちょ、まだ飲むんですか!?いくら明日土曜だからって。」

「あ?ちげーよ。さっき頼んだやつはお前が飲むんだよ。」


生2つでーす、と金髪の店員が少し乱暴気味にグラスをドンッと置くとすぐ去っていった。仕事が早いなと感心するのもつかの間、秋谷さんは二つのグラスを私の方に押してきた。


「いやいや!こんなに飲めませんって!せめて1つ飲んでくださいよ!」

「だってまだ俺の残ってるし。」

「そんな横暴な…!」


ははは、といたずらが成功した無邪気な子供のように笑う秋谷さんを見ると怒る気も失せてきた。しかし、さすがに2つは無理なような気がする。1つ目を飲み、秋谷さんの様子を伺うけれど秋谷さんは面白そうにわくわくした表情でこっちを見つめてくるだけだった。


「はあ…。飲みますから、秋谷さんもほどほどにしてくださいね。」

「分かったよ。それでさ…。」


秋谷さんのカツラの話を聞きながらその夜は更けていった。

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