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お待たせしました。







「だから今回はパス」

「それでもきっと中には物好きは混じってるはずだから、期待せずに参加しなさいよ」

「期待は元からしていないわよ。って何で私を選ぶのが物好き限定なのよ。失礼極まりない発言だけど……まあ、妹が心配だから参加だけはするわ」

「面白い事があったら教えてね」

「面白い事が起こる事前提なのね……ん?その発言って事はあなたは不参加なの?あなたもまだ未婚でしょ」

「それが、ようやくあのヘタレが婚約してくれることにうなずいてくれたのよ」

 嬉しそうに頬を染めるイナンナは思わず同性でも見とれるような笑みを浮かべていたが、むしろアスタルテは言われた内容の方に食いついた。

「え、嘘!ようやく?あれだけ無自覚にイチャイチャベタベタという表現では生易しい、ドロドロになるほど砂糖を入れた紅茶を一気飲みするような視覚の暴力を晒していたのに、今頃ようやく婚約なの!?」

「…………確かにあなたの前で色々あったけど、それ以上は恥ずかしいから言わないで」

「んふ。もう少しいじりたいのだけれど、今日は勘弁して上げるわ。となると、あなたもいよいよ結婚か」

「まあ式はもう少し後になるだろうけど、絶対に招待するから来てね」

「もちろん行くわ。結婚、か……」

 そう言いながらアスタルテはテーブルの上に置いた王家からの招待状に視線を向けた。

「そうね、舞踏会に行けばきっと妹達もいい男を捕まえられるわよね。厳しく育て上げたんだから、教養はそこらへんの貴族のお嬢さん程度には負けないぐらだし」

「それもそうね。あなたの教育熱心さには、さすがに恐ろしいものがあったもの」

 含み笑いを浮かべるアスタルテに、イナンナは彼女のやってきた事を思い出しくすくす笑っていたが、ふとある事を思い出した。

「そういえば教育の一環としてやっていた例のごっこ遊びはもうやっていないの?」

 そう問われたアスタルテは、それまでの表情を一変させ渋面を浮かべた。

「もうそれは言わないで頂戴。よもやまさか身内のみのアレが悪い方向に周囲にまで知れ渡ってるとは思ってもいなかったのよ」

 苦々しくかみ締めるような言葉に、今度はイナンナが意地の悪い笑みを浮かべた。


「そうよね。周囲の人達、あなた達二人してシンデレラを虐める悪女認定していたんですものね」


 実はアスタルテ姉妹には、末の妹をいじめる意地悪な姉達、という風評が周囲に定着していたのだった。

 まったくそんな事実は無いのだが、そう思われるだけの理由があった。





 悪評の発端はほんのささいなこと。

 始まりのきっかけは、末の妹の唐突な言葉からだった。



 ~~ ‡ ~~





「お姉さま、わたし悪女を目指します」



 唐突なシンデレラの言葉に、食卓を囲んでいた親子三人がキョトンとした視線をシンデレラに向けた。

「理由を聞いてもいいかしら?」

「格好いいからです」

「却下」

「貴女には無理でしょ」

「即答!?それどころか全否定!!??いえ、違うんです」

「というか、なに似合わないことを言い出すの。再度言うけど無理でしょ」

「同感」


 などと姉二人して無常な言葉を投げつけたが、それでもシンデレラが何か決意を秘めたような様子で様々な理由を述べていた。

 アスタルテが察するに、どうやら本当の理由は別にあるようだったがこのままでは素直に理由を話すとも思えなかったので、聞きだす労力を割くより一番手っ取り早く確実な方法を選んだ。


「それじゃあテストしましょうか」


 ひとまず試験と称してどんな風なのかを見る事にした。

 だがその結果は……。


「脇が甘いどころか、根本的に色々ダメね」

「なぜ疑問系?」

「というか、それで悪女ってお笑い?」

「大根」

「あら、それは煮たら美味しそうね」


 最後の台詞はともかく、シンデレラのやる『悪女』は、大変残念結果だった。



「私に悪女は無理なのでしょうか」

 ウルウルと瞳を潤ませすがりつくような視線を向けてくるシンデレラの姿に、アスタルテは思わずうっ、と唸った。

 はっきり言って、彼女の望む方向での才能は皆無だが真逆の立ち位置ならば適役といえた。

 だがこのまま放置すれば変な方向に発展しかねない。

 そう思った末の苦渋の選択だった。

「そ、そうだわ。ごっこ遊びをしましょう」

「ごっこ遊び?」

「そう。訓練も兼ねたごっこ遊びよ。どう、興味がわいてきたでしょ」


 とまあそんな会話から始まったごっこ遊び。

 内容は単純明快。シンデレラはいじめられる役をやりながら、アスタルテ達の立ち居振る舞いを見て覚える、という遊びだった。

「まずこれだけは言っておきたいのだけれど、悪女は最初から悪女だったわけではないのよ」

「どういうことです?」

「そもそも考えてもみなさい。彼女達だって普通に一人の人間なのよ。欲しい物があったり、恋の一つや二つしたりするもの」

 そう言われて、シンデレラは初めてその事に気付いたのか大きく目を開いた。

「そんなこと考えてもみませんでした」

「そうね。物語の悪女ってのはね、ヒロインがいてこそ成り立つ。そして権力を使って他の人達を圧倒する部分を抜粋するからこそ悪人と決めつけられる。でもね、彼女達にも彼女達なりの理由があって行動しているのよ」

「はい」

「まあ一部例外を除いて、環境で他人を圧倒するのが当たり前と育ったり、恋や欲望に狂ったり。前者は育てた大人達がおバカなだけで、後者はちょっと当人がおバカになっちゃっただけなんだけど」

 アスタルテはそう言って少し笑う。

「まあ他にも色々と事情事例はあるけれど、結局はそれぞれの個性ということよ。そして判断を下す人もそれぞれの考えという事。さて、前置きはここまでにしておいて。まず一般的な悪女役に多い貴族女性の立ち振る舞いから始めましょうか」

 その言葉にシンデレラは居住まいを正し、まじめに頷いた。

「彼女達にとって小道具一つも立派な武器よ」

 そう言ってアスタルテは立ちあがった。そしてどこから取り出したのか、扇子を手にし勢いよく開いた。


「そして一番大切なのが立ち姿よ。これですべてが決まってしまう。最初に立ち振舞いでもって相手を威圧することこそ技」


 ピンと背筋を伸ばし、指先にまで気配りをし、優雅に笑い優美に扇子を振る。

 時折見かける貴婦人の姿がそこにあった。


「まあこれはとある知り合いを参考にしているのよね。彼女は自分の磨いた技術と知識に自信を持っていたからこそ、傲慢な振る舞いも様になっていたのよ。小さくて可愛い子だったわ」

 そう言ったアスタルテは苦笑を浮かべた。

「姉様、その方となにかあったのですか?」


「う~ん、あったと言えばあったの、かなぁ?なんだか理由がはっきりしないままに色々勝負を挑まれたのよね。おまけに素直に誉めたこともあったのに、何故か涙目で『こ、これで懐柔されたと思わないことね。今回はこちらの負けでいいですわ』って顔を真っ赤にして走り去られたこともあったし。あの子、結構好きだったのに」


 とまあ、どうでもいい情報をちりばめながら、ごっこ遊びを開始した。




 そんな軽い気持ちで始まったごっこ遊びだったのだが、その後、調子に乗りすぎたのがいけなかった。

 姉妹で乗りに乗って様々な役柄を演じ、そして様々なシチュエーションを実演して楽しんでいた。

 あまりにも演じる熱が上がりすぎたためか、数をこなしていく内に演技力も向上し、そして小道具も凝るようになっていた。

 だがある日、気づけば周囲の人々の視線がどこかおかしいものになっていたが、その視線の意味に疑問を抱きながらも深く考えることなく変わらぬ日常を過ごしていた。

 久しぶりにイナンナが訪れた当時も、息抜きついでにちょうど読んだばかりの物語に登場した意地悪な母役と娘役を演じていた所だった。


「『シンデレラ、掃除したと言っていたけれど……まだこんなところに埃が残っているじゃないの』」

「『す、すみませんお母様。すぐにでも……』」

「『シンデレラ、まだそんな場所の掃除に時間をかけているの。食事の準備はまだなの』」

「『お母様、すぐ準備いたします』」


「シンデレラ、タイミング早い。姉様、もう少し右より」

 少し離れた場所で観客役に徹していたエセルシアに指摘されると、二人はその部分だけを改めて演じ、それを見たエセルシアは満足そうにうなずいた。


「…………あなた達、いったい何やってるのよ」


 イナンナは二人の演技力に唖然とした後、三人のやり取りを呆れた表情を浮かべながら眺めていたが、存在に気付いてもらうために声を掛けた。

 すると三人は今気付いたとばかりにそれまでの雰囲気を取り払い、いつものように挨拶を返してきた。

「あら、来てたの?」

「いらっしゃい」

「お久しぶりです、イナンナさん」

 いつも通りの反応に、イナンナはやれやれとため息を吐いた。

 この様子だと周囲の反応の意味にもまったく気付いて居ないだろうと、イナンナは親切に説明してあげたのだ。


 あなた達、妹をいじめる悪女認定受けてるわよ、と。


 それが事実無根なのはお互いが理解しているし、むしろアスタルテ姉妹が互いを溺愛しているのはイナンナも重々承知の上だったが、それは身内の話だけ。

 周囲は見聞きしたものや、又聞きしたものが真実と捉えるのである。

 そして噂話とは、得てして尾びれや背びれ胸鰭ついでに脂もぎっしり乗って広がるものなのである。更に言えば、悪い噂ほど、乗ってくるエッセンスはバラエティに富むものである。


 街で聞いた話曰く、妹を奴隷の如くこき使っているとか、寝台で寝かせることなく部屋の隅においやっているとか。他にもガラスが割れるほどの暴力を振るわれているとか、物を投げつけられているとか。等々。


 実際シンデレラを隅に追いやっていたのは実母のほうであり、むしろアスタルテ達はシンデレラをベッドへ風呂へと追いたてているのである。

 そして割れた音というのは、おそらく小道具を試しに割ったりした音の事であろう。

 詳しく話を聞くにつれ、姉妹は揃って顔を青ざめさせた。

 最近になってシンデレラに同情の視線が向けられるようになったのも、アスタルテ達姉妹にはどこか非難するような視線が向けられていたのもすべてはこのごっこ遊びが原因だった。

 どうやら丁度演技をしている場面を、タイミング悪く周囲の住人達に発見されていたのが勘違いの発端だった。


 原因が判明すれば、その後の行動は素早かった。

 最初は誤解を解く意味もこめて、周囲の住人にだけ披露するような小さな芝居を披露したのだ。

 結果としては、誤解は解消された。


 その演技力が色々と極めてしまっていたせいで、観衆に強烈な印象を残すものだったのは蛇足である。



 誤解が解けただけで済めば話は簡単だったのだが、その後にもう少し予定外の出来事が追加された。

 少しの娯楽提供という意味も込めて小さな芝居を行っていたのだが、それが予想外の展開を齎したのである。

 周囲の住人に乞われるままに色々と演じていくのは別段問題は無かったのだが、いつの間にか気付けばそれなりに有名になっていたのだ。 この結果には当人達は当然の事、他の者達も戸惑いと驚きと、それと当然の結果だという納得の感情で受け入れられていた。

 果ては次第に出演者を増やして演じてくれとの声が上がり、そのため急遽キャストも周囲の人間を巻き込んでの芝居となり、その人気はうなぎのぼりとなったのである。

 人気を聞きつけキャストに抜擢して欲しいと志願してくる者達まで現れる事態に発展し、今では一ヶ月に一度程度の頻度で小さな芝居を披露するのが定例イベントとしてこの周辺地域では有名な出来事になっていたのである。





 一方アスタルテは、有名になった事で群がってくる出演希望者に目を光らせていた。

 特に、男性キャストには、である。

 理由は簡単。


 妹達を狙う狼をそうやすやすと近寄らせてはならない。


 これは重度の妹達大事シスコンアスタルテの性格を考えれば当然の話である。

「最近男性の募集が増えて困っているのよ。まったく、妹達目当ての狼共には困ったものだわ」

 うんざりしたように呟くアスタルテを、イナンナは信じられないと小さく呟いた。

「あれ、半分くらい貴女のファン……」

「何か言った?」

「いえ、何でもないわ」

 本気で不思議そうに首を傾げるアスタルテの姿から、当人はどうやらまったく状況を理解していないことをイナンナは察した。


 不名誉な噂を払拭した後、巷では美人姉妹という事で有名となっていた三人。

 シンデレラは艶やかな金の髪に明るいエメラルドの瞳、そして万人を引き付けるような笑顔が美しい娘に育っていた。

 エセルシアは二人とは違い表情がやや乏しいながらも、ごく稀に浮かべるほのかな笑みが、もう一度見たいと観客達に足を運ばせるのに一役買っていた。

 一方アスタルテといえば、観客の多くが彼女の豊満な胸に釘付けになっているのはよく見かける光景だ。

 そんな外見のみ重視の男性を差し引いても、アスタルテは密かに人気があった。

 一見とっつき難そうだが、身内となると甲斐甲斐しい姿にほれ込む男達は数多くいたのである。

 イナンナからすれば一番危なっかしいのがアスタルテだと思っていたが、その点はあまり心配していなかった。

 アスタルテには鉄壁の番人がついているからだ。


 それが、アスタルテが溺愛する二人の妹である。


 イナンナからすれば、アスタルテたち姉妹は血が繋がっていなくとも、色々な意味で本当にそっくりな姉妹だと言えた。

 姉が妹達を溺愛するように、妹達もまた姉を溺愛していた。

 果敢に勝負を挑んだ男達の大半は、妹達の分厚い壁を乗り越えられなかったに違いない。それでも幾人かはきっと妹達のお眼鏡に適ったのもいただろうに、おそらくアスタルテの鈍感ぶりにあっけなく砕け散ったのだろう。

 未だ周囲の視線に一切気付いていないという事は、そういうことなのだろう。


 そう結論に至ったイナンナは、見たことも無い敗者達に同情の涙を浮かべた。





予約割り込みしようと思ったら出来なかったので、『回想』削除しての投稿です。

回想は改めて投稿します。

たぶん、この次辺りにでも……。

この話と同じ部分まで書き上げたら投稿……できるといいなぁ

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