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短いです。
一ヶ月程前。
「あの子ももうすぐ適齢期ね」
そろそろシンデレラも結婚のことを考える年齢となっていた。
そんな呟きをもらした頃のことだ。
「お久しぶり、アスタルテ」
そう言って突然訪れたのは、アスタルテの数少ない友人の一人であるイナンナだった。
「元気そうね」
「そっちも元気そうね、イナンナ。それで今日は何の用?」
「あら、友人が突然の訪問に理由はいるのかしら?」
「普通の友人であればそんな勘繰りは必要ないけれど、あなたは毎回、訪れる毎に何か厄介ごとを持ってくるから当然の反応でしょ」
その言葉にイナンナは怒るでもなく楽しそうに笑うだけだった。
そして彼女は持っていたバッグから取り出したのは、一通の手紙だった。
「そろそろこんなのも必要かと思って親切に持ってきて上げたのに、疑うなんて酷いわ」
楽しそうに笑いながら差し出された手紙を受け取り封蝋の印を見た瞬間、「何のいたずら?」とイナンナに問いかけた。
「あら、いたずらでも間違いでも無いわ。王家からの正式な招待状よ」
「……何故あなたが運んできたのよ」
「それはもう親友特権で」
つまり、担当者から強奪して持ってきた、ということなのだろう。
親友のそんな無茶に苦笑を浮かべつつ応接間へと誘った。
お茶の準備をし、ゆったりと対面に座り詳しく話を聞いた。
「でも何故に王家から?お貴族様とは関わりが一切無いはずの家にまで手紙だなんて」
「それが大有りなの。今度の舞踏会、実は王子の嫁取りも兼ねた舞踏会なのだそうよ」
「ますます関係なさそうなのだけれど」
「まあまあ、もう少し黙って聞いてよ。それでね、この舞踏会、貴賎を問わず王子の気に入った娘を嫁に迎える、という趣旨で行われるのよ。ついでにほかの有望株も一緒に参加の、ある意味集団お見合いね」
イナンナは手紙の内容をこうざっくりと説明し、「まあ詳しくは手紙を読んでからね」と用意された紅茶をゆったりと飲み始めたので、アスタルテもその通りだと思い手紙の封を解き読み始めた。
じっくり二回ほど読み返した後、何とも言えない表情を浮かべイナンナに問いかけた。
「……発案者、誰よ」
「王妃様」
あっさりしたイナンナの返事に、がっくりと肩を落とす。
「……王様、止めようよ」
「まあいいじゃない。周辺諸国からお嫁さんを迎え入れなければならないほど切羽詰まっているわけじゃないし、国も落ち着いている。貴族とのつながりを強化しないといけないほどギクシャクしているわけでも無い。それに貴族至上主義の選民意識が強いわけでもない。善い意味で無い無い尽くしなんだから」
「平和ね」
「それもあってか王妃様、断然恋愛結婚希望!っていう願望が強いらしく、このイベントの開催に乗り切ったのよ。それもこれも、未だに婚約者の一人も連れてこようとしない王子様のせいでね」
やれやれ、といった風に肩をすくめたイナンナの言葉に、ふとある想像がアスタルテの脳裏をよぎる。
「まさか……」
「ちょっとアスタルテ。この国の恥になるような想像しないでよ。王子様はチキンでしっかりノーマルなんだから」
「……あなたの方がさりげなく事実無根の暴言を吐いてるわよ。まあいいわ。手紙の内容によると、舞踏会は来月の満月の晩でいいのね」
「そうよ」
「一ヶ月とちょっと、か。それだけあれば、可愛い妹達の為にドレスを作れるわね。母にもお願いすれば、いいのを作れるわ」
「あなた自身のはどうするのよ」
「そんなもの、母のドレスのリメイクで終わらせるわよ。それなりにお金のかかったドレスが残ってるから、あれを少しいじればOKよ!」
自分の事は二の次三の次。
「この筋金入りめ」
仲のいいイナンナはアスタルテが妹達を溺愛しているのは知っているからこその思わず出た呟きだったが、アスタルテはあっさり聞き流した。
「自分の婚期はどうするのよ」
「それはもちろん、妹達が結婚してから考えるわ」
胸を張っての即答に、イナンナもさじを投げた。
「もう重症ね。でもかなりの人数が参加しているから中には気にいる人も居るかもしれないわよ。ついでだから今回の舞踏会で大物を捕まえてみたらどう?それなりの地位の人たちが強制参加を申し付けられてるらしいのよ。中には将来有望なのも混じっているって噂だし」
「眺める分には楽しそうだけれど、私は今度でいいわ」
手紙を放り出し首を横に振るアスタルテに、イナンナは「何故そこまで否定するのよ」と首を傾げた。
「うちの末妹の別称は知ってるでしょ」
そう言われて、ようやくイナンナはアスタルテの言いたいことを理解した。
「ああ、そう言われてみればそうね。フフフ、なかなか的を射たあだ名よね」
「「大物釣りの大漁娘」」
アスタルテ達が住まう場所周辺では、シンデレラはこの二つ名で知られていた。
何故か。
理由は単純である。
シンデレラが出歩くと、大物との遭遇率が格段に上がるのだ。
大物と言っても人ではなく動植物。
シンデレラにはことごとく伝説ともいえる実績が残っていた。
釣りに出かければ湖の主を釣り上げ、森の中で探せば例年にない大量の森の恵みを見つけ出し、お肉から離れていた数週間を覆すような大物に遭遇する事になったり。
ほかにも色々とあって、伝説は一言では語りつくせないほどなのだ。
そういう訳で誰が言い出したのかは知らないが、シンデレラの『大物釣りの大漁娘』という名称があまりにも嵌りすぎていたためか、気付けばその呼称が周囲に広く浸透していたのである。
一部の人達には生き神とも呼ばれ敬われているのだが、この家に関わるもう一つの噂に比べればどうでもいい話である。
だが裕福な家に住んでいるアスタルテたちが何故そんな事をしているのか、というと至極単純な話。
切っ掛けとなったのは父親の事故死だった。
あまりにも突然の家長の死に一家はすぐさま生活に困窮する事はなかったが、稼ぎ頭が不在の状態で散財に勤しめば将来確実に生活苦に陥ることは目に見えていた。
その後の事を考えた家族の行動は一つ。
自分の出来る事は自分でする。
協力しあって、時には食材探しもどこへなりと辞さず立ち向かう。
というルールが出来ていたのである。
元々アスタルテ達は裕福な生活をしていたわけではなく、そのため自分の手で出来る事は自分でなすという癖がついていた。
そして贅沢を好む性格ではなかったことも幸いしていた。
そういう訳で、料理に掃除洗濯、果ては狩りにまで出かけることもいとわず向かってゆく最強姉妹がここに育っていったのである。
もう少し書き加えて……などと考えていたら詰まりました。
ので、もう諦めてぶった切っての投稿です。