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 天気のいい朝の風景。

 だがそんな天気の良さが逃げていきそうな雷雲を背負った女性が一人、目の前にした光景に震えていた。


「シンデレラ。あなたはまた……」


 彼女の目に映っていたのは、いるはずの無い場所にいる妹の姿。

 穏やかな寝息が聞こえてくる。


「またこんな場所で寝たりして!!」


 こんな場所、とは暖炉の中のことだった。

 シンデレラは忘れた頃に暖炉の中で寝る癖があった。

 暖炉は火をたく場所であり、人が寝る場所ではない。

 彼女が怒鳴り声を上げたくなるのも仕方の無いことだろう。

 その怒鳴り声に驚いたシンデレラは飛び起きた。そして視線をさまよわせ仁王立ちする姉の姿が視界に入ると、目に見えて固まった。

「ね、姉さま」

 視線の先にあるにっこりと恐ろしい笑みを浮かべた姉の姿に、シンデレラは無駄とわかっていながらも言い訳を口にした。

「あの、ですね、姉さま。これには、深い事情というか意味が……あるような、無いような……」

 しどろもどろの支離滅裂な言い訳の声は、姉のただでさえつり上がり気味の目がさらにつり上がるにつれ次第に尻すぼみになっていた。

「言い訳は無用!エセルシア!!」

 パチン、と長姉が指を鳴らすとどこからとも無く次姉が現れた。

「何でしょう、姉さま」

「わかってるわね。任せたわ」

 そう言うが早いか次姉のエセルシアに引き摺られ、シンデレラは連行されていった。

 何処へか。


 もちろんお風呂である。


「お姉さまのおにぃぃぃ、あくまぁぁぁぁ、ひとでにぎゃっ……」

 悲しいシンデレラの抗議の声は、抵抗空しく引き摺られていくと共に遠のいていった。最後はどうやらエセルシアに叩かれたようだ。

「まったく、また灰だらけになって。あんな灰だらけで出かけたりするから、近所の人たちに『灰かぶり』なんて呼ばれるのに。何度言っても懲りないんだから」

 やれやれといった風につぶやく長姉。

「灰だらけになったら洗われるって学習してるはずなのにね」

 シンデレラは決して頭の悪い子ではない。

 むしろ彼女のこれまでの不遇な状況でも、様々なことを学び取っていた。そして姉達も母親から共に学びつつ彼女に様々なことを教え込んでいたので、そこらの貴族の子供にも劣らないほどの教養を身につけていた。

 だが時折、彼女は思い出したように昔の癖をとるのだ。


 今回のように。


 そんなことを考えながら、長姉はシンデレラと初めて出会ったときのことを思い出していた。

 ギラギラと目だけをぎらつかせ、こちらを見つめていた薄汚い格好をした少女。

 警戒心が強く、決して隙は見せないぞ、という雰囲気のやせ細った手足をした幼い少女。


 まるで毛を逆立てた猫のよう。


 それが長姉――アスタルテが、シンデレラを初めて見たときに最初に抱いた感想だった。



 ~~ ‡ ~~



 郊外の少し寂れた感じの屋敷に彼女達は住んでいた。

 現在この屋敷に住んでいるのは、母親とシンデレラを含めた三人姉妹の四人だけ。

 だが彼女達の家庭は、少々複雑な状況が絡み合ってできていた。


 シンデレラは前妻が生んだ子供。


 本来ならば、前妻の子供であるシンデレラがこの家を盛り立てる為に相応しい相手を見つければいいだけの話。

 だが彼女には秘密があった。


 それが前妻の不義密通。


 実はシンデレラは父の血を引いていなかった。

 もともと父と前妻は政略結婚。

 さらに言えば、冷めた夫婦関係だった。

 プライドが高いだけの妻と、望まぬ妻を娶った父。

 家格が上のはずの前妻が何故、格下の父のところへと嫁がされることになったのか。

 それは単純な話、前妻の考えなしの行動の数々が彼女の実家の不興を買い、父へと売り渡されたのである。


 単純な話、父は貧乏くじを引いた。もしくは不良債権を押し付けられた、といえるだろう。


 そして逆に、後妻一家の私達は父の血を確かに継いでいた。

 冷めた夫婦関係で、外にぬくもりを求めるのは仕方の無い話だろう。

 前妻が病に伏し亡くなった後、父は私達を家に迎え入れたのだった。

 そして出会ったのである。

 血の繋がらない妹、シンデレラと。

 シンデレラの話は時折聞いてはいたのだが、どんな容姿をしていてどんな子供なのか。

 父は言葉を濁してあまり語りがたらなかった。

 それは彼女に初めて会ったときにその理由がわかった。

 初めて対面した妹の姿はやせ細った体に何かを諦めたような目をしていた。

 だがこちらに向ける視線は、気を許すまいというものだった。

 それなりに裕福な家のはずなのに彼女が身に纏っていたのは、かろうじて服として着る事の出来るもの。

 灰をかぶっているせいか彼女の髪色がはっきりとはしなかったが、父から聞いた通りならばおそらく金の髪をしているはず。


 初めて会った妹の状況を一言で表すならば、冷遇されていた。


 この言葉で全てに説明がつく。

 後で話を聞いたところによると、実母の命でそういう対応が取られていたらしい。

 望まない娘。

 その一言ですべてが説明出来る扱いを受けていた。

 実の娘だというのに小間使いのような扱いで服も襤褸切れを着せられ、寝る場所もベッドなどではなく屋敷の隅へとおいやられていたのだそうだ。

 彼女はそんな中で暖を取るために、火を落とした暖炉の中で眠るようになったという。

 確かに火を落とした後であれば暖炉の中は暖かい。灰は被るが、凍え死ぬよりはマシというものだ。


 アスタルテ達一同は初対面にして血の繋がらない新しい妹の現状に憤りを覚えずにはいられなかったが、シンデレラの不遇の元凶はもう亡くなっている。そのため相手をどうこうする事は出来なかったが、亡くなった相手の事を今更考えてもどうもしようの無い事である。

 せめてシンデレラの待遇改善に全力を注ごう。

 それがアスタルテ達が抱いた最初の出会いの共通の思いであった。


 妹との初対面の後の出来事を簡単に説明すると、とりあえずエセルシアにシンデレラをお風呂へと連行させ、その合間に手持ちの衣類を少し手直ししたあと服を着せ、最後に即席の手料理を振舞ったのである。

 警戒心むき出しだったシンデレラはエセルシアに引き摺られてゆくときに抵抗はしたのだが、そこは体格の差と健康状態の差が物をいい、最終的には意味不明な叫び声が浴室から聞こえる事となった。

 その後は抵抗する気力が無かったのか、ひどくおとなしく言われるままにテーブルに着き食事を共にしたのだった。


 これが出会い初日の出来事の全てだ。





 ――ただ、この一日の間に起こった中で、見解の相違や意見の齟齬といった少々の行き違いはあったが些細な問題である。





 ~~ ‡ ~~




 そして現在、多少の紆余曲折あったものの、姉妹仲は悪くなく共に学び共に育ったのだった。

 今では16歳となったシンデレラは出会った当初のやせ細った面影は無く、金の豊かな髪に緑の瞳の美しい娘へと成長していた。

 妹のエセルシアは栗色の髪で少々表情に乏しいと評されるが時折……本当に、思い出したように出てくる笑った顔が愛らしい娘だった。

 一方アスタルテは、きつめの目つきで豊かな胸を持った黒髪の、シンデレラとは違った美しさを持った女性だった。

 そして、一見すると『悪女』と評されるような雰囲気を持っていた。

 だから、


「こんな優しいお姉さま捕まえて人でなしなんて言おうとするとは。これは後で……」


 ふふふと窓の外を眺め笑う姿は、どこからどう見ても何かを企んでいる悪役女性の姿にしか見えなかった。

 だがそんな悪役丸出しな彼女にも、周囲にあまり知られていないもうひとつの姿があった。

「でも、それよりも……」

 そう呟くとうつむき、肩を震わせ再び笑ったのだが、その笑いは先ほどとはまったく違っていた。


「ぅふ、ふふふ…………もー可愛い妹だわ!」


 そう言って何かを抱きしめる仕草をしたアスタルテの胸は、大いに盛り上がりを見せた。


「最近まったく構って上げられなかったせいで、おそらく寂しさからあんなところで寝てたんでしょうし。これはもう、しっかりと、構い倒して上げるわよ~~~!!!」


 そしてアスタルテ本人もまた、徹夜明けの為におかしな方向に大盛り上がりしていた。

 彼女の周囲に目に見えないものが可視出来たならば、きっとハートが飛び交っているのが見えただろう。





 そう。

 長姉アスタルテは、重度のシスコンだった。








 だが一つ疑問が残されていた。


 徹夜までしてアスタルテは何をしていたのか。


 事の発端は、一ヶ月ほど時を遡る。






見切り発車です。


続きは遠いです。。

短編で終わらそうと企んでおりましたが、無理でした。

色々と詰め込んでいたら短編に収まらなかったです。


補足。

長姉の名前ですが、女神から取ってます。大切だからもう一度言いますが、女神です。


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