第25話
遅れてすいません。
「……いきなり失礼ですね。あなたは」
そう言って頬に手を当てため息を吐いた女は俺を見た。
腰元まで伸ばした黄金色の髪が揺れる。
顔立ちは誰もが羨むようなこの世の者とは思えないほどの美貌を持ち、そして何といっても男を魅了してやまないような大きさの果実がふたつ、純白の貫頭衣を押し上げて自己主張していた。
だが、それでもバランスを損なわずに引き締まるところはキュッと引き締まり、そこから足にかけては女性としての緩やかなまろ美を帯びつつもスラリとしている。
まるで理想の女性像を体現したかのような存在が今、俺の目の前にいる。
それが更にこの世を憂うような儚げな表情をして自分を見ている———。
なるほど、世の男は皆その妖艶な気配を漂わせる怪しげな視線に中てられ、彼女の虜になることだろう。
そんな俺の視線に気づいたからだろうか。ヤツはしなを作ると、どこか誘うような色香を纏いつつ悪戯っぽく微笑んでくる。
「……あら?ふふ、やっぱり男の子ですねえ。そんなに人の体をジロジロ見ちゃって…。でも、そういうことは隠れてこそっとやる者です。私はそういう視線に慣れてるからあまり気にはならないけれど、こういうことをほかの女の子にやってはいけませんよ?」
「どうでもいいから帰ってくれないか」
「反応が冷たい!?」
こんな反応は初めてです…とか、なにやらぶつくさ言っているが、あんな登場の仕方をしておいて何を期待してるんだコイツ。
「……こっちは疲れてんだ。空気くらい読んでくれ」
「ただの八つ当たりだった!!」
女は目を見開くと、次いでどこか不機嫌そうに顔を顰める。
「どこまでも失礼な方ですねあなたは。私だって、仕事じゃなかったらわざわざ要件も無くこんな薄汚いうえ更に暗い場所になんて、好き好んで来たりしません!」
「要件?」
そういえば、さっき報酬がどうたらこうたら言っていたな。
ヤツは俺の反応に憮然とした態度で頷きを返す。
「あなたは第一の試練を乗り越えました。ですので報酬が授与されます」
「報酬ねえ…」
何がもらえるんだ?
正直な話、これでもゲーマーの端くれだ、その単語を聞いてワクワクしてしまうこの気持ちはどうしようもない。
そんな俺の内心を知ってか、ヤツは余計な言い回しなどせずにすぐさま本題を切り出した。
「内容はスキル、称号、武器防具など———これは一例ですが、ランダムでその戦いに応じた物が創造され、授けられます。なお、先に言っておきますがこれは私たちでも何が授与されるのかは認知していません」
「創造?ていうか認知してないって……お前”ら”が授与するんだろ?」
矛盾してるぞ。
「……そうです。まあ、これに関してはそういう物だと考えてください。ですので、苦情は一切受け付けません———というより言われてもどうしようもありません」
結構ぶっちゃけたなコイツ。
…ん?それなら別にわざわざコイツが出てくる必要なんてなくないか?
「ですのでこれは後で確認してもらうとして、私が出て来たのはそれとは別の報酬を授与する為です」
俺の疑問など分かっているとばかりにヤツは淡々と説明する。
つーか、あとでってもう貰っているのかよ。
なんのアナウンスも無かったぞ。
「別の?」
「はい。これは、第一の試練———アイン様の試練を乗り越えた報酬。つまりアイン様からの報酬となります」
様ってことはさっきのあの時計(?)の方がどうやら偉いらしい。
時計にパシらされるって……世の中分からないモンだな。
「なにか失礼なことを考えていませんか?」
「いや?それよりそれは何が貰えるんだ?」
俺の返しも慣れたものである。
ヤツはどこか釈然としない顔をしつつも話し出す。
「これに関しては達成者の意向を出来る限り沿うように言われています。ですので、なにかご希望はございますか?」
「いきなりそう言われてもな……。なんでもいいのか?」
「不老や不死にしろなどといった無茶苦茶な要求でなければ可能な限り善処致します」
いや、さすがにそれは無いわ。
でも、報酬ねえ……
「じゃあ。元の世界に帰りたい」
「それは不可能な要求にカテゴライズされます」
きっぱり言われてしまった。
「あ、そう」
まあ、これはたいして期待していなかったから、そこまでダメージは無い。
でも、それでもやっぱもしかしてって思いもあったからな。
残念ではある。
でも、そうなると他に望む物なんて今のところ——————
「なら———」
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「最後に一ついいですか?」
「なんだ?」
用事が済み、背を向け帰ろうとしていた彼女は、振り返るとどこか呆れた様な顔で俺を見てくる。
「あなたは変わっていますね」
「ほっとけ」
ぶっきらぼうにそう返した俺を、止めろ!そんな目で見るんじゃない!
ヤツはそんな俺の反応をみて、さらにクスクス笑いやがった…!
「ですが、そんな人は嫌いではありません」
そんな俺の内心を知らないヤツ———彼女は、最後にそう優しげに微笑んで消えて行った。
「……くそ、最後のアレは反則だろ」
不意打ちだったとはいえ、最後のヤツの笑顔に不覚にも見惚れてしまった。
それが無性に腹立たしい。
今度こそ静かになった部屋で一人———いや、二人か。そう独り言ちる。
「ったく。暢気に寝やがって」
俺はまったく起きる気配のないエリスの頬を突きつつため息を吐く。
「んぅ…」
どうやら、ようやくお姫様のお目覚めらしい。
「……?こく…らん!? 私は——————!!?」
彼女は薄らと目を開くとパチパチ、瞬きを一つ。ぼうっと辺りを見渡し、自分の今の体勢を徐々に理解したのか、ガバッ! 勢いよく俺から離れた。
「んなっなっなっなぁ……!! わっ私はいいいいいいま!?」
どうやら相当混乱しているらしい。
顔中を真っ赤にしながら、あわ、あわわ…! 手を忙しなくを動かしている。
そんなエリスは見ていておもしろいが、そろそろかわいそうなので助け舟を出してやることにする。
「落ち着け、お前が気絶したから介抱していただけだ」
「……!!…そうか。私はあの時気絶したのか」
俺の言葉に、幾分か落ち着きを取り戻した彼女は、思い出したのか、悔しそうに手を握りしめる。
「———ヤツは?」
「帰ったよ」
「そうか…。それと、その、すまなかった。私がむやみに飛び出したせいで———」
足を引っ張ってしまった———そう落ち込んだエリスは己の醜態を思い出しているのかギリッと歯噛みしている。
「そんな事は別に気にしなくて良い。お前が無事で良かった」
「なっ……~~!!いいいいきなり何をっ!?」
かぁぁあああ!! 俺の言葉になぜか顔を赤くして動揺するエリス。意味が分からん。
「どうした?」
「じ、自覚が無い…!?何という奴だ……!」
なにやらぶつぶつ言っているが声が小さくて聞きとれない。
どうやら【聴覚強化】は発動してくれなかったらしい。
これは任意じゃないと発動しないのか?あとで調べるか。
「んんっ!とにかく!まずはここからでるぞ!!」
「あ、ちょっと待ってくれ」
そう言ってずんずん歩いていこうとするエリスを呼び止め、俺はおもむろにインベントリからソレを取り出し、訝しげにしている彼女に渡す。
エリスは不思議そうにソレを受け取ると、ソレが何かを確認して…理解したのか、口をパクパクさせて、何も言えないのか俺とソレを交互に見ると、自分を落ち着かせるように深呼吸を始める。
そして、押し殺すような声で、
「これはなんだ?」
「何って……お前の着替えだが?」
「ばかぁぁぁぁあああああああ!!!」
エリスの絶叫が俺の鼓膜を思いっきり揺らした。
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「この仕事も悪くはありませんね」
とある場所のとある一室で、その声の主はおもしろそうな声音で呟いた。
手元のティーカップを口元に運ぶその動作で、黄金色の髪が揺れる。
「しかし、驚きました。まさかあんな———それも”女性の替えの下着”を報酬で求める輩がいるとは」
クスクスと先ほどまで会っていた男の顔を思い浮かべ、その声の主は楽しそうに笑う。
「しかもあんな真剣な顔で……ふふっ」
しばらくの間、その一室では楽しそうな女性の笑い声が響いていた。
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