第21話
予想よりながくなってしまったので、もう一話の予定を急きょ変更します。
ごめんなさい。時間があまり取れないんです。
できたら今年中にもう一話ぐらい行きたい……とはおもっているんですが。
迷宮、それは魔物が蔓延る魔窟である。
それは侵入してきた者達を排除する為に迷宮が生み出している、そう昔から認知されてきた。
そして、なにより迷宮を象徴するモノ……それは蔓延る魔物達を超えた先にある、それらを束ねるボスの存在じゃ。
配下の魔物達を倒してやって来た侵入者を、実力者として認め、あるいは同朋達を殺されたその怒りでもって全力で排除する……そう迷宮に役目を与えられているんじゃろう。
そしてその侵入者の血肉を喰らい糧として、迷宮は成長する。
そしてまた、愚かにもやって来る新たな獲物を待ち受けるのじゃ。
『宝』という夢を餌にしてのう。
迷宮はそれを繰り返し成長していくのじゃ。
……例えそうだとしてもな、人々は迷宮に入るのを止めることはせぬのよ。
迷宮から『宝』がなくならない限りはのう。
本当に良くできた循環じゃよ。
人の愚かな欲望を理解しておる。
ほっほっ。もしかしたら迷宮には知能があるのかもしれぬな。
なに、老人の戯言じゃ。気にするでないわい。
ただ、こういう考え方もあるということを頭の片隅にでも留めておけば、もしかしたら新しい発見があるかもしれんのう……。
まあ、つまりじゃ。
それが迷宮であると———ワシは思うのよ。
とある歴史書記載:元迷宮探索者の経験譚:【老人のひとりごと】より抜粋。
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ボスとの戦いは苛烈を極める物である。
通常の魔物とは比較するのもおこがましい強さを誇り、最初の階層のボスでさえ能力値が人族基準値で凡そ数倍。
挑んだところで結果などたかが知れている———
それだけならば迷宮に入ろう等と酔狂な事を考える輩はいないだろう。
しかし迷宮には、その危険を冒してまでも入る価値がある。
そう、迷宮には‘‘宝‘‘が眠っているのだ。
それは武器であったり、防具であったり、果ては古代の叡智の結晶である古代の遺産であったりとその中身は多岐に亘る。
誰が、いつ、どこに、どうやって、何のために置いているのかは分からない。
出所は不明。
しかし、そこから出てくる物は手にしたものに巨万の富を齎す。
人々にとって、その事実だけが分かれば十分だった。
だが、宝を手にする為には迷宮を攻略しなければならない。
迷宮には恐ろしい力を持つ魔物が愚かな侵入者を舌なめずりしながら待ち構えている。
しかし、それを差し引いても迷宮から発見される‘‘宝‘‘は人類の欲望を駆り立てるのには十分であったのだ。
栄光を手にする為に、巨万の富を手に入れる為に、人々はこぞって迷宮の奥底を目指す。
故に、迷宮に挑む者達は文字通り命を賭けて攻略するのだ。
迷宮のフロアを超えた先、そのどこかにあると言われる階層の支配者が居る部屋。
そこは他とは明らかに違う、異質で荘厳な気配を周囲に撒き散らせて、来るもの全てに濃厚な死の気配を漂わせる。
精緻な紋様を厳かに彩ったその扉を潜れば、そこにはその部屋の主が愚かな侵入者を待ちわびている———
そこでは数多くの腕に覚えのある探索者たちが、ある者は己の力の限界を知る為に、ある者は一攫千金を目指して———様々な目標、夢を抱えては挑み、そしてその多くが敗れ去っていく。
そして、それと同じくらい、迷宮から出た宝を巡って争いもたくさん起きた。
そんな歴史が遥か昔、この迷宮が出来た当初から繰り返されているのだ。
そんな階層の支配者———ボス部屋の一つである一室にて……またその歴史に一つ刻む、誰にも知られることのない一つの戦いが終わろうとしていた。
死と死が隣り合わせの死闘を繰り広げている———筈の一室には似つかわしくない声が響き渡りながら……。
「チェえぇストォォオオオ!!!」
四肢に力を込めて飛び上がったその声の主は、そのまま空中でクルリと体制を入れ替えるとその勢いのまま———裂帛の気合いをその一撃に込めて、相手の頭部に振り下ろした。
その技はさながら———踵落とし。
ズドンッ!!
辺りに響き渡る重低音。
そして———
「——————!!」
相手は断末魔の声を上げる事すら叶うことなく、その頭部を陥没させて息絶えた。
ありえない光景であった。
四足歩行の巨獣が、その巨躯に見合わないような身軽な所作で軽々しく宙を舞ったかと思うと、人語を発しながら踵落としを繰り出したのである。
世紀末覇者の様な叫び声を発しながら。
惜しむらくはこの光景を誰も見ていない事か。
いや、例えこの場に目撃者が居たとしても、その目撃者が目撃したことをありのままに語った所で、その人物は碌に相手にされるどころか正気を疑われるに違いない。
そして、その巨獣は軽やかにバック宙を決めてスタンッと軽やかに着地する。
そんな変態的行動をする変態巨獣ことネメアは、たった今倒した敵———この階層のボスを見て叫んだ。
「何で話しかけただけで襲ってくるんですか!! 己は獣ですか!」
死んだ大型の鹿型の巨獣———ハイドエルクを睨みつけてネメアは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
そんなネメアに対し、この場に目撃者が居たのならこう問うだろう。
お前は獣じゃないのか、と。
もしこの場にコクランがいれば、「鏡を見ろ、この駄獣」と罵倒していたかもしれない。
そんな発言をしながら自分を棚上げにして吠えるネメアはぶつぶつ愚痴を零していた。
「大体、道を聞いただけなのに何が「問答無用!」ですか!!このド低能!あなたも階層の守護者であるのなら、もっと器を大きく持って相手との対話ぐらい試みなさい…!!ホント嘆かわしいですね。これが私の眷属達だなんて…大体最近の若いのは礼節がですね———……って言ってももう無駄ですよね」
べらべらと動かない骸に対してお説教をかましていたネメアはふぅと人間臭いため息を一つ。
前足で器用に頭を掻いた。
「…まあいいです。そろそろ何かお腹に収めようとしていた所ですし、あなたを今宵の糧としましょう。それが同じ大地に生きるものとしての最低限の敬意。私の血肉となりなさい」
この世界で生き物の死体は放っておくとアンデッド化してしまうのだ。
しかしそれは外での話。
だが、それでもネメアは獣たちの頂点に立つ者として目の前の亡骸に対してケジメを着けようとした。
その立ち居振る舞いは正に王と呼ぶに相応しい。
そしてネメアは先ほどまでと態度が打って変わり、しばし黙祷を捧げると厳かに歩み寄る。
王としての顔を立てながら黄金の鬣をたなびかせて凛と歩み寄るその所作は、一つ一つが製錬されていて、みるもの全てを魅了してしまう程に美しかった。
ネメアは見るもの全てを屈服させてしまうような気品をその身に纏いながら慈しむような視線をそれに向けて———
「はっ!こんなことしている場合ではありません!さっさと会いにいかないと!こんな駄肉、さっさと片付けましょう」
先ほどと打って変わって肉にガッツいた。
その姿はもう、いつものネメアである。
先ほどまでの面影は影も形も無くなっていた。
打って変わって汚い言葉遣いをするその姿は……
完全に元のネメアである。
「む…!こいつ意外と美味しいじゃないですか!コリコリとした触感、これは軟骨ですか。むぅ……。主のお土産に少し持っていきましょうかね……」
ネメアは顔を顰めてグルグル唸りつつ、真剣に悩む。
これを持って行ったら主は喜んでくれるだろうか。
今のネメアの頭の中はそれでいっぱいだった。
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「これでよし!」
ネメアは己の長い鬣を引き抜いて括り付けた鹿肉を見て満足げに頷く。
ブチッと抜いたときに余りの痛さに涙が出たが、これも主の為だと思うと耐えられた。
それでも抜いてしばしの間はヒリヒリしていて擦っていたのだが。
そして心機一転、ネメアは意気揚々とボスの部屋から下への階層に歩き出し、そのまま———
ガコンッ
何かを踏み抜いた。
「——————へッ?」
自然と口から洩れる声。
辺りに漂い始めた魔方陣の輝き。
そして———
「ちょっ…!」
ネメアは転移した。
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「うーわ…。マジですか。転移しちゃいましたよ。というよりボス部屋に普通罠なんて仕掛けます?はぁ…。もう最悪です。また主から遠のいた気がしますし……この迷宮私に何か恨みでもあるんですか?」
愚痴を零しつつも、ネメアは慎重に歩き出す。
大きさは先ほどのボス戦で戻った時のまま、小さくならずにいる。
また罠に掛かっては溜まらないとする気持ちの表れである。
しかし、予想に反して今度は何事もなく通路を進むことが出来た。
そして、更にしばし進んでいると、通路の向こう側から微かな音が聞こえてくる。
耳をすましてみれば、それは金属の擦れ合う音。
そして、何より微かに聞こえてくるこれは———
「……!! 人の声です!」
ネメアは歓喜に打ち震えて駆け出した。
——————主!!
ネメアは忘れていた。
ここが迷宮であるという事を。
それはつまり———
「主———」
通路を曲がっ先にある小部屋。
同じ間違いはすまいと大きさを変えて飛び込む。
その視線の先では探索者たちが醜悪な容貌をした小人———ゴブリン達と戦っていた。
形成はやや探索者側が押されている。
どうやら負傷者が出ているようで、他の探索者達がその仲間を庇うようにして立ち回っていた。
しかし、突如乱入して来たその声にハッと振り返る。
それは未熟ゆえの誤りか……目の前のゴブリンから目を離した探索者の女に、己から注意が逸れたその隙を逃さずに、ゴブリンは手入れのされていない片手剣を振り下ろした。
そして、その様子を見ていたネメアは咄嗟に飛び出した。
大きさを元の大きさに戻す傍ら、瞬時に距離を詰めて己の巨躯を相手に叩きつける。
ドッ!
ゴブリンは、今にも獲物の骨肉を切り裂こうとする愉悦の表情を浮かべたまま、己に何が起きたのかを理解する間もなく部屋の壁に叩きつけられて息絶えた。
周りには何が起きたのか理解が追いついていないであろう刹那の行動。
ネメアはその場で立ち止り、泰然としたまま周りを見渡す。
そして、今更ながらに自分の軽率な行動に気がついた。
ここには主以外、他にも人がいるという事を。
そして自分は魔物。
人ではない。
必然的に———
「なっ……!?」
驚愕に目を見開く者。
「へっ?」
余りの出来事に理解が追いつかず呆ける者。
「——————!!」
驚きの余り声を出せぬ者。
「………っ」
それは何れも何が起きたのか解っていない困惑の表情だった。
そして視線が交錯した。
沈黙が場を支配する。
だが、その場に漂う奇妙な沈黙は背後から襲い掛かってくる声で直ぐに終わりを告げた。
立ち直ったゴブリン達が怒りの表情を浮かべ、獲物を振りかぶりながらネメアに突撃する。
それをネメアは鬱陶しそうに振り返ると腕を横に振る。
それだけ。
たったそれだけで、ゴブリン達は胴体を半ばから絶たれ、息絶えた。
ドサドサと落ちる背後の音だけを聞き、相手の生死を確認する事無く振り返る。
「はあ。力量も分からない雑魚が、ぎゃあぎゃあ喚かないでください。うるさいんですよ」
ネメアは不機嫌そうに鼻を鳴らして独り言ちた。
若干八つ当たりも入っている。
そして目下の悩みはたった一つ。
(さて、この状況。どうしましょうか)
ネメアは経った今、自分が起こした虐殺劇を見て顔を青ざめさせてガタガタ震えている人種を眺めやり、ため息を漏らした。
まあ、それも無理は無い。
今まで自分たちが苦戦をしていたゴブリン達を造作も無く屠った魔物が自分たちの目の前にいるのだ。
そうなるのも仕方ないとネメアは思う。
思うのだが———
(いち乙女としては複雑ですね。さすがの私も、こうもあからさまに怯えられると傷つきます)
ネメアは己の頭を一つ器用に掻くと出来るだけ優しい声音を意識しつつ話しかけた。
「あの———」
『ヒィッ!!』
(……もう泣いていいですかね!)
ネメアはこれから長くなりそうな説得?を想像して心の内で涙を流した。
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