第20話
———スキル【剛蹴】。
それがサイクロプスを壁まで吹き飛ばした俺の蹴りの威力の正体だ。
これは任意で指定した足に1度だけ付与される単発使用の【体術スキル】の一つで、その放った一撃は使用者のSTR———筋力値に依存し、その威力は凡そ1.5倍。
そして俺の元のステータスは900超え。
これはあらゆる称号の補正値やスキルの恩恵、それらを除いた俺の通常ステータスだ。
まあ、今はステータスがバグっているし、【異世界を渡りし者】の効果でどうなっているのか分からないんだが。
因みに限界ステータス値は理論上999が最高と言われている。
なぜ理論上なのか、これはそこまで到達したプレイヤーが只の一人もいないからだ。
この事について公式サイトは何も公表せず、曰く、自分で確かめろ…だそうだ。
こういったゲーム内に関することに対して、運営は基本的に情報を開示しないのだ。
楽しみが半減する、として。
廃人プレイをしていた俺でさえ、ついこの間900代の後半にたどり着いた所だったのだ。
こう言えば分かるだろうが、ステータスは後半に行けば行くほど上がり難くなっていく。
まあ、上級プレイヤーの平均ステータスが800代と言われている所からすると、この数値は異常なのだろうが…。
俺がやっていたVRMMOのゲーム内では、レベル性ではなく熟練度性を採用していて、これは日ごろのプレイヤーの行動で増える様になっている。
ステータスの上昇もスキルの上昇値も、全てだ。
つまり———体力、HP、言い方は様々だが、そこだけは全プレイヤー平等であり、そこに例外は無い。
そこを各々がステータスを上げて人との差別化を図っていく……そんな仕様だ。
ではその数値を上げる為にはどうすれば良いのか。
そうだな…力を上げるにはどうすれば良いか———それを例にして説明しよう。
これには素振りをする等して地道に筋力値を上昇させる、又はクエストでの運搬など、力を使うような事をゲーム内で行えばいい。
まあ、これは効率よく上げるための手段であって、あまり人気は無かった。
———ゲーム内で、そんな地味な事をするなど考えられない。
そう一般的に言われていたからな。
他にも、ただ走る、攻撃を受ける、細かい作業———例えば生産活動をする、本を読む———これはゲーム内の歴史書や他からゲーム内にインポートしてきた書物などが該当される、など色々と方法がある。
極端な話、魔物と戦闘することでも熟練度は上がっていく。
スキル然りステータス然りだ。
だが、スキルはともかくとして、ステータス上昇方法としては…この方法は全ステータスの上昇地に加算されるからか、効率は圧倒的に悪い。
寧ろ、自分より格上と連戦しなければ本当に上がっているのかさえ疑わしいくらいにしか上昇しないのだ。
勿論、これはその時の戦い方や戦闘スタイルによって上昇するステータスの熟練度は変動する。
前衛の重戦士ならダメージを受けるのが仕事なのでVIT———防御が上がりやすいし、後ろから援護する魔法職や回復職ならINT———魔法の威力を作用する物である賢さが上がりやすかったりする訳だ。
だから、やり込んでいる俺たちの中でも更に少数の———それも作業ゲーに忌避感が無い奴らが、地道ながらも効率を求めて……ひたすら楽しくない、何も変わることのない作業を延々と繰り返すなどをして、一時の間———ずっとホーム内などに篭っていた。
ステータスの上昇は自分のステータス画面を見れば何が上がったのか知ることが出来る分、それで良いのだろうが、それに対してスキルの熟練度は上昇地を判断する術がない。
いつそのスキルが熟練するのか、これだけは不可視の———見えないステータスが関与していて判断できないのだ。
ある時、~のスキルを極めました———というアナウンスが突如鳴り響き、派生スキルへの道が開く……そういう仕様だ。
そんな俺のステータスに、補正値や【異世界を渡りし者】なんて称号などを掛けていくと———結果はこの通り、推定3メートルはある巨体を壁際まで吹き飛ばすような半端ない威力が出る。
だが、これは嬉しい誤算だ。
ゲームでは精々1メートルちょい移動させる程度だった……筈なのだ。
これ…絶対あの称号の補正値だろ。
そう胸中で呟く俺の【聴覚強化】で補強された聴覚が、俺が吹き飛ばした方向から発される微かな音を拾う。
どうやらサイクロプスが動いているようだ。
タフだな。
ゲーム内ならもうポリゴン片になって砕け散っている筈なのに。
流石はボスと言った所か。
まあ、ここが俺の知っているゲームではなく、異世界だというのもあるのかもしれないな。
それともこれがアインの言った試練だから、通常よりも奴が強くて、実際のサイクロプスは俺が知っている程度の敵なのかもしれない。
まあ、今いくら考えたところで答え何てでないんだけどな。
「…グル……ォォオオオオ!!」
サイクロプスは倒れた状態のまま勢いをつけると、足を屈め、その場から飛び上がった。
ズンッ!!
そしてしっかりと、両の足で大地を踏みしめ着地する。
その地響きが俺たちの所まで伝うと、足元を微弱にだが震わせた。
そして、震源地は自分を吹き飛ばした相手を怒りの形相で探し———そして見つける。
その相貌は俺を射抜いていた。
距離がある筈の、俺の目を。
だが、短絡的で有名なサイクロプス、その言葉に反して奴は直ぐには向かって来ず、奴はその場で大きく息を吸い込み始めた。
そして———
『ガァアアアア!!!』
今までよりも一際大きい咆哮をあげると、その巨躯は全身赤い靄の様な物に包まれた。
チャームポイントである単眼が赤黒く染まったのは———果たしてその靄の影響か、それとも憎悪で血走った結果なのか。
どちらにせよ、その相貌は獲物を屠らんとその眼光を鋭くさせている。
更に、
ズズズズズ……
「「…っ!!」」
先ほどまでとは比べものにならない威圧が俺達を襲う。
「ぁ…っあっ!!」
それにやられたエリスは尻餅をついてしまった。
「エリス!?」
エリスはそんな俺の言葉も耳に入らないのか、奴を見つめたままガタガタ震えているだけだ。
それはさながら奴の狂気に魅入られ、目を逸らしたくても逸らせない———そんな表情を浮かべていた。
そして、そんなエリスに注意が逸れた俺に、サイクロプスは迫って来た。
……先ほどとは比べものにならない速度で。
———速いな。
確かに速い。
この速度でサイクロプスが迫って来るのに驚きだ。
なるほど、これが奴のスキルにあった【バーサーカー】の効果か。
並みのプレイヤーなら速攻で死に戻りが確定するだろうな。
だが——————
アイツに比べれば遥かに———遅い
俺は慣れた所作で塵芥を鞘に戻すと腰だめになる、全てはこれから放つたった一撃の為に……
身体強化は…まだ平気だな。
後はこの一撃を最高のタイミングと威力で決めればいい。
チャンスは一度。
そして…俺は唱える。
———【思考加速】
刹那、世界がゆっくりと———徐々にだが灰色に染まっていき、目の前に迫っていた巨人の動きは…先ほどまでの速さが嘘の様に、まるで亀のように動きが緩慢になって行く。
そして、加速された世界の中で、俺はゆっくり———自分の最善の位置、体勢を整え、最高の状況を作り出して……待つ。
———奴が迫る。
その距離凡そ50メートル。
……まだだ。
奴が右腕を後ろに引き絞った。
左腕は前に出して渾身のストレートを放つためか勢いを付けるように引き絞っている。
その距離凡そ20メートル。
……まだだ。
もう奴との距離は5メートルもない。
そして奴の腕が膨張するのが分かる。
……まだだ。
そして、奴の剛腕から拳が放たれた。
それが周りの空気を巻き込んで周囲を掻き乱すのを…全身が捉える。
「……っ!!」
その時微かにエリスの声が聞こえた。
今の彼女は一体どのような表情を浮かべているのだろうか。
きっと、今にも俺が奴の剛腕に吹き飛ばされて物言わぬ骸に変わる———そう思っているのかもしれない。
そんな事を考えさせてしまった自分が不甲斐なく、とても情けなかった。
そんな事は起こらないと今すぐにでも伝えてやりたい。
だが、それは出来ない。
それが今は凄くもどかしい。
奴の拳が俺の顔先数十センチまで迫る。
……まだだ。
今までで感じた事が無い濃厚な殺気に震えそうになってしまう。
———恐れるな。自分を信じろ。
誰が彼女を悲しませたと思っている?
俺が死んだら誰が今の彼女を守ってやれる?
……ギリッ!
俺はその恐怖をきつく歯を食いしばりながら自分に言い聞かせる事で抑えた。
だからせめて、そんな彼女を安心させる為にも———
そんな事は絶対に起こりえないと———行動で示す!!
奴の拳との距離はもう目と鼻の先……そして———
———今!!
——————【閃華】!!
刹那、世界に色が戻る。
それと時を同じくして、鞘から———閃光が放たれた。
それは奴に吸い込まれていき、そのまま予め決められた道に従って下から上に通過する。
そして———
——————キンッ
通過した後の音が、一白の間を開けて響き渡った。
それはさながら澄んだ水の如く……明瞭な音が、静まり返った部屋に木霊した。
ドオォンッ…!!
目の前で二つに分かれた巨人だったモノが、たった今、斬られた事を思い出したかのように血を吹き出しながら倒れた。
その綺麗な切断面からドクドクと溢れ出した血が足元に水溜りを作り出す。
……ふう。
それを見て、俺は無意識に止めていた息をゆっくりと吐き出した。
———終わったな。
俺は、エリスに振り返った。
———終わったぞと、そう伝える為に。
そろそろ受験モードに戻るので、更新は気分転換程度に戻します。
ご了承ください。
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