第1話 改稿版
「……っう……!」
頭が割れるかと思うほどに痛い。
ああくそっ…ガンガンする……!
「……ここは?」
どうやら生身のまま地面に倒れていたようで、身体中を這い回るこの気怠さと鬱屈とした気分に、俺は顔を顰めて起き上がると———痛い…。
とにかく痛い。
身体の節々が痛みで悲鳴を上げている。
かなり長い間ここで倒れていたのだろうか。まあ仮にそうだとしても、どれ程ここで倒れていたのかは分からないが———それでもこれだけは言える。
この痛みは平和な国で育った俺には少し、いや大分キツイ。
あれだ。平らな場所———それも例えるなら、寒風吹き荒むコンクリートで一夜明かした後の様な感じだ。
それも直で。
「……あれは好き好んでやるもんじゃない」
俺はフッと気障っぽく髪をかき上げて———すぐにため息を吐いた。
「……一人でやるのはなんか物足りないっつーか寂しいな」
というか空しい。
そのままなんとはなしに上を向くとダンジョンの岩突が表情を変えず不愛想に俺を見下ろしていた。
どうやらここの階層は洞窟がモデルらしい。
…お前ちょっと質感増した? 肌艶も良くなって……んな訳ないか。 俺大分疲れてんな。
だいたい肌艶ってなんだよ。
一人でセルフツッコミを入れてため息を一つ。
というよりコンクリもとい地面で一夜を明かすのはこれで二度目だな。
もう二度とやりたくないってあの時に思ったんだけどな。
意図せずにとはいえ、似たような事をまたやっちまうとは思ってもみなかった。
……? なんだ? いま何か———それも凄く大事なことを見落としたような気が———っだめだ!さっぱり分からん。
うわー、モヤッとするな。
俺はそのまま半ばボケっとしている頭を働かせてそれの解消を試み———クソ!やっぱりだめだ。
このモヤモヤは晴れてくれない。
———まあいいか。
こういうのは忘れた頃になってふと出てくるんだ。
そう素直に思考放棄した俺は辺りを見渡した。
ゴツゴツした岩が壁となっている割と大きめの部屋だ。
十中八九どこかの階層部屋だろう。
———というよりさっきまでボスと激闘していたはずなんだが。
それもやっとのことで勝って、その余韻に浸りながらカーソル弄ってて、それで———
うん……なんで俺、こんな所にいるんだろ。
しかも倒れてって……新しい不具合か?
あの運営に? だったら明日は掲示板が湧くな。
まあ、何にせよ……
「ここがどこか確かめないことには何も始まらんってか」
そう呟いて俺は立ち上がった。
「お目覚めですか…我が主よ」
「……そういや新しいスキルと称号の確認がまだだったな」
ステータスオープンと念じると半透明のウィンドウが浮かび上がってくる。
それを確認すると———
【NAME:コクラン】
性別:男
***L*4vj
fksg*g5
fひえflせ1
dj**tlk
fjrpd;え
kそfhづc1
―――エラー―――
「バグって…る……?」
ステータスが表示されていたと思しき場所には変な文字列が浮かんでいた。
エラー表示も出ている。
かろうじて名前は見れるが、それだけだ。
「これも不具合?どっちにしろ、これは再起動した方が良いな」
そう思い、右下にあるログアウトボタンをタップしようとして固まる。
「パネルが…無い?」
ログインとログアウトを選択するカーソルが消えていた。
「我が主よ…どうして無視なさるのですか」
「どうなってるんだ…?」
そこで初めて気づく。
俺の格好は初期装備の下着だけを装備して丸裸だった。
今更になって思考が追いついてきて、他も慌てて確認する。
だが、その結果はあまり芳しくなかった。
オプションは消滅しており、GMコールもできない。
フレンド一覧は皆灰色———ログアウト状態だ。
スキルは閲覧出来るがバグっていて文字化けしている。
所持金もバグっていて金額が閲覧できず。
称号も閲覧はできたがほとんどがバグっていて、スキル同様元がなんだったのかよく分からなかった。
その中で唯一の救いは、インベントリに見る限りの損傷がない事か。
「……どうすんだよこれ…?」
半ば放心して誰にともなく呟くが状況は何も変わってくれない。
実は夢なんじゃないかと頬を引っ張ってみるが痛い。
これはまぎれもなく現実だ。
「我が主――――――」
「あああ~~~!!うるさい!頼むから少し黙っててくれ!!」
「!?」
考えろ。
どうすればいい!
とりあえず今できる事は———…装備———今はそういう事じゃない! そうじゃなくて今役に立つこと———そうだ! なにか使えそうなアプリケーション…はさっき無かったからいいとして、スキル、金、ステ、バグの確認はしたし———あああ違う! なんでこう直ぐに思考が逸れるんだよ! つーか明日はバイトが入っているんだぞ———あ、午後だからまだ大丈夫か。———ってだから今はそれどころじゃないんだって。
それどころじゃないんだよ!!
ありえない状況、ありえない状態、ありえない現状、それらが内在して混乱に拍車をかける。
とりあえず落ち着け!俺。冷静になれ。 感情を沈めろ。 パニックを起こすと更に視野が狭くなるぞ。
己の頭を掻きむしりながら、冷静になろうと全ての感情を深呼吸を何度も繰り返すことで無理やり思考の外へと追い出す。
いくら喚いても状況は変わらない。
ならば、今自分に出来る事をやれ。
なんでもいい。思いついたことは全てやるんだ。
「……取り敢えず装備だけでもしておくか」
俺はインベントリから愛用していた冥府のコートと妖魔の黒衣、上下に魂魄の首飾りと夢魔のブーツを取り出し装備する。
更に腰に愛剣を装備すれば完璧だ。
…良かった、装備の機能は生きていたか。
無くなっていたら一々着替えないといけないからな。
そんな身も蓋もないことを考えつつ服装を確認する。
比重が黒に近い、焦げ茶色の上下にくすんだ茶色のブーツ、首元には小さい白銀色の宝石が埋め込まれた首飾り、その上からグレーのファー付き黒いコート。
腰には愛剣である塵芥。
よし、いつもの格好だな。
いつもの装備をしたら心なしか落ち着いた気がする。
まあ、所詮気のせいだろうが。それでも今は十分だ。
俺は満足げに一つ頷くと、視線を鋭くしてそれに向かって問いかけた。
「さてと。どうしてお前がここに居るんだよ?【百々の獣神ネメア】」
その俺の問い掛けに、やっと飼い主が構ってくれた―――そんな表情をした(様になぜか見えた)ネメアが嬉々として答える。
「それは愚問です、我が主よ。我が主が居るからに決まっているではありませんか」
「ちょっと待て。色々と言いたいことはあるが、その前に『我が主』って何だ?それは俺の事なのか?」
ネメアは長いしっぽをパタパタ、何を当然なことをと言った表情(にやはり見える)を浮かべる。
「はい。 私はあなたの忠実な下僕です。 主の為なら例え奈落の底、果ては寝室であろうとお供し致します」
「おいコラ寝室ってなんだ寝室って」
そもそもお前の図体じゃ部屋…いや建物にすら入れないだろ。
突っ込むところがおかしい気もするがそんな事はどうでもいい。
なんだろう、この無駄な忠誠心は。
俺が微妙な反応をしたからだろうか。
そんな俺の様子を見て、
「……もしや私は不要なのでしょうか。お側にいたらご迷惑なのでしょうか」
ウルウルと庇護欲を誘う目をし始めたぞ…!
なんだこのあざとすぎる表情は。
というより待ってくれ。展開が速すぎて頭がついて行かない。
俺は痛む頭を抑える。
…………ああ、もしかして。
「俺があの時テイムしたから……なのか?」
自分に対して問いかけたその言葉に。
「やっと、思い出しましたか。我が主…!」
ネメアは感極まったのか器用に片腕で目元を隠すなんて芸を交えつつ、嬉しそうに答えた。
見なくても分かるほどに、その声音は喜びに満ち溢れていた。
その証拠に後ろの見るからにフッサフサな尻尾はブンブン揺れていた。
………。
「まあ、今はそれよりも、だ」
「それよりも!?」
俺はその本能を揺さぶってくる物体から自然な動作を意識しつつ視線を外すと、なぜかショックを受けているネメアをスルーして話を続ける。
「ここがどこだか分かるか?」
「……主よ、今は私を慰める所ですよ」
見た目に似合わぬ動作で、拗ねた様な声音を出しながらそっぽを向いて文句を垂れるネメア。
こいつ、面倒くさいな。
こういうのは相手にしないのが一番だ。
(こういう事をするのはあいつらだけで十分だ)
そう冷静に結論を下し、俺はそのまま拗ねているネメアを放置して部屋を出て行くべく歩き出した。
まずはここがどこか把握しないと。
自然と漏れたため息が部屋に溶けて消えて行った。




