第12話
「階段の場所は分かったし、今日はここで―――」
ログアウトしよう、といつもの癖で言いそうになり、慌てて言い直す。
「いや、ここの一つ前にあった部屋で休もうか」
俺の言葉にエリスも異論はないのか頷き、俺たちは部屋に戻るため来た道を引き返した。
あれから体感で4~5時間は経過している。
俺は未だに疲労は無いが、エリスが辛そうだ。
何回か集中を切らして攻撃を喰らいそうになって慌てていたのを見たし。
まあ、それでも結局一撃も貰ってはいないんだけどな。
そういえばさっき、もう3日も―――と言っていたから最低でも既に3日は潜っていることになる。
どうやって休んでいたのだろうか。
そんなことを考えていると部屋の前に着いた。
部屋内部に罠の類が無い事はしっかりと確認している。
あとは、周辺及び内部に魔物がいないことを確認して、俺たちは腰を下ろした。
「…はあ。ここが迷宮で油断できないのは分かっているのだが、さすがに応えるな」
そう言ってエリスは、ん~~と伸びをする。
「そうだな」
本当は全然疲れていないのだが、一応合わせておく。
スタミナゲージはちゃんと機能しているらしい。
まあ、そろそろ空腹ゲージが影響を及ぼす時間だが。
空腹ゲージとはその名の通り腹減りを現すステータスのことだ。
これは食糧を摂取することで回復することができる。
このゲージを無視するとステータスにペナルティが出て活動に支障がおき、ゼロになると【餓死】という判定を受けて死に戻りする羽目になる―――無視できない重要ステータスの一つだ。
だから俺はインベントリ内にウチのコックが作った料理と自分で作った料理がたくさん入っている。
まあ俺の料理より専門が作った方が上手いんだが、なにぶん効果の高い物ほど高い金を取られるのだ。
材料はタダではない。
身内だから多少は負けてくれるがそれでも高いモノは高いのだ。
現実はそうそう甘くない。
まあ材料を持ち込みさえすれば作ってくれるんだが、その時の足元の見ようは鬼畜の所業だった。
絶対に希少食材を持ち込まないと作ってくれなかったり、向こうが条件を提示してきたりと、とにかく時間が掛かるものばかりだった。
体の良いパシリって奴だ。
俺の所持金も無限ではない。
それが面倒でしぶしぶ料理スキルを取ったのは良い思い出だろう。
「もうすぐ20層か……。あと少しでボスだ、気を引き締めないと」
そう言ってエリスは自分の頬を両手で叩くと気合いを入れた。
この話からするとボスは20層に居る事は間違いなさそうだ。
ここは俺の知っている通りで間違いはないみたいだな。
「ボスはどんなタイプなんだ?」
ボスには色んなタイプが居る。
大まかにまとめれば近接タイプ、中距離タイプ、遠距離タイプだ。
文字通り近接タイプは近接に強く、中距離は配下を臨機応変に援護したり遊撃したりする。
遠距離タイプは前衛を配下に任せて本体は遠くから攻撃したり、単独だったら近づけないように高火力の広範囲攻撃を遠距離からオンパレードしたりする。
基本的にボスにはその取り巻きと呼ばれる魔物が居て、その配下はボスを援護したり庇ったり時には連携したりする非常に厄介な敵である。
中には取り巻きがいないボスも居るが、それは要注意の証でもある。
経験上、そういったタイプ絶対にヤバい。
確実と言って良いほどに超強いのだ。
だから俺達プレイヤーはそれをある意味の基準として判断していたりする。
だから、ボスの事前情報はあるのであれば知っておくに越したことはないのである。
種類によっては武器を変える必要があるしな。
「確かランダム部屋だったな」
エリスは俺の質問に驚きながらも答えてくれた。
冷静になって考えてみればボスの事前情報は調べて当たり前だよな。
……迂闊だったか。
どうやって誤魔化そうか。
この際正直に全部話してここ何の迷宮?って聞くのもアリだろうが……ダメだ、絶対可哀想な目で見られる。
逆の立場だったら俺は絶対そうする。
却下だ。
そんなことを考えているとは、微塵も表情に出さないよう心掛けつつ俺は会話を繋ぐ。
とりあえずここは下手に誤魔化さない方が良いな。
「…ランダム部屋か。また面倒な」
ランダム部屋とはボスの種類が固定されていないボス部屋の事だ。
部屋に入るまでどんなのに当たるか分からない対策不可能なボス部屋である。
更に面倒なのが強さもランダムであったりする。
弱ければ最初の階層のボス並みに弱いが、強いと本当に強い。
確か今までで確認されているランダム部屋の最高が、上層階層のボス並み…だったか?
正に運が関わってくるルーレット仕様である。
「大丈夫だ。こう見えて私は運が強い方なんだ。きっと大したことがない奴だろうさ」
……それ何てフラグ?
本人は俺の緊張を解こうとジョークを言ったつもりなんだろうが、案外そういうの馬鹿に出来ないんだぞ?
例えるなら、実際に検証はできないけど経験した人は多い物欲センサーみたいなものだ。
欲しい物が欲しい時に限って出て来ない。
あれは本当に萎えて面倒なんだ。
あれと区分は一緒だろう。
「そうだな。そうだと…良いな」
つい本音が口から洩れたがエリスは疑問に思わなかったようだ。
ゴソゴソと今度は腰のポーチから干し肉の様なものを取り出すと豪快に齧り付いた。
<干し肉>
長期保存用に作られた肉。
塩辛く、単体で食べるのはあまりオススメしない。
うわ、干し肉だ。
初めて見た。
料理をインベントリにしまったりすればいいのに、とか普通に料理を食べれば良いのに、なんで干し肉?…ありえない……って言われてるあの干し肉だ。
干し肉よりも美味しい料理などたくさんある中で、あれを食料として持ち歩くのは雰囲気を味わいたい物好きか料理が買えない超が付く貧乏プレイヤーくらいである。
そんな俺の視線を感じたのか、エリスが不思議そうに俺を見る。
「なんだ?」
「あ、いや、干し肉美味しいのかなって」
「そんな訳ないだろう。塩辛いし、喉が渇いて貴重な水を消費する。良い事なんてない。ただまあ、さすがに慣れたがな」
今まで料理を食っていただけに、反射的にそう聞いてしまった俺の質問をどう解釈したのか、エリスはそう答えた。
干し肉の評価が辛辣だ。
やっぱり美味しくはないのだろう。
そう納得して俺はインベントリの中から<ダックルの照り焼き>を取り出した。
インベントリ内に入れた物は入れた時の状態を維持する為、出した途端、出来立ての湯気と美味しそうな香りを部屋に撒き散らす。
その香りに誘われ、本能のままに齧り付く。
悔しいがやっぱり本家の料理は格別だな。
口内に広がる照り焼きソースと鶏肉の味がするダックル肉の感触を楽しみながら咀嚼し嚥下する。
そのまま無心で食べ続け、あっという間に骨だけになってしまった。
それを名残惜しく思いながらも迷宮の角の方に捨てる。
自然消滅しないのは確認済みだ。
迷宮の設定だと異物は吸収されるってあったから大丈夫だろう。
「………」
じぃ―――
視線を感じて顔を上げるとエリスが俺を凝視していた。
次いで手元の干し肉を見て、また俺を凝視する。
「……どうした?」
「いや、コクランは美味しそうな食糧を食べていたと思ってな。私の物と大違いだ」
俺の疑問にエリスは淡々と答えて俺を見つめる。
その視線は雄弁に物語っていた、私も食べたいと。
「そうか」
しかし疑問が解けた俺は端的にそう答えて壁に寄りかかると目を瞑った。
索敵は自動発動っぽいし、入ってくれば直ぐに分かる。
俺が警戒しておくから寝てていいぞ―――と淡々と答えた俺に、エリスは悲しそうに「そうか」と呟いて残りの干し肉を水で流し込むと壁に向かう。
その背中には哀愁が漂っていて物凄い罪悪感が湧いてきた。
何もやましいことはしていない筈なのに、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
ちょっと可哀想だったか?
だが、食糧を持っている奴にわざわざ自分の食糧を分けるのはどうなんだろう、と合理的に考えてみたのだが、如何せん俺はそういう物とは縁がないみたいだ。
一つため息を吐くとインベントリから<ダックルの照り焼き>を取り出しエリスに呼びかける。
「エリス」
俺の言葉と先ほどから漂ってくる匂いにつられてか、エリスは直ぐにふり向き、視線が俺の手元に固定される。
「…食べるか?」
「……良いのか?」
いや、あんな顔しておいて良いも何もないだろうに。
そう考えつつも俺は答えた。
「まあ、まだあるし気にしなくて良い。で、食べるのか?食べないのか?食べないなら―――」
俺が食うぞ。
そう言おうとした俺の手元から<ダックルの照り焼き>が消え、気が付けばエリスの手元に移動していた。
「な、ならしょうがない!わ、私がありがたく頂こう」
そう言って<ダックルの照り焼き>に齧り付いた。
「~~~~!!……♪」
エリスは<ダックルの照り焼き>に齧り付くと衝撃を受けた様な表情を浮かべ、次いで相好を崩し、幸せそうな笑顔を浮かべた。
何て言うか見ているだけで和む絵面だった。
あんなに嬉しそうだし上げて良かったと、俺は自分の行動に満足した。
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