~依頼受諾当日の夜~
あの後、理事長は『霧崎遥』のマネージャーに連絡を取るという事ですぐに部室を出た。
マネージャーも物好きだ、学生ボディガードをアイドルに付けるなんて。
そう考えていると、ポケットの中が震える。電話だ。
「理事長か・・・・・・。はい、もしもし」
『ああ、柳瀬君かい?姫宮です』
「どうしたんですか?」
俺は理事長に色々恩がある。それも含めた理由でだいぶ前から連絡先を交換している。連絡の用といえば、依頼内容の補足だろう。
『マネージャーに連絡したところ、一度顔を合わせたいらしくてね。明日になるんだが、カフェで顔合わせ、という事になった。其方の用事や仕事が無ければ来てくれないかな?』
「そうですか・・・・・・・・・。一度他の奴らにも聞いてみます」
『お願いするよ。野外ライブという事は、その場に大勢の客も来る。通行人も増えるだろう。それに連れて危険も増える。その通行人の中に事件を起こしかねない者がいたり、なんてことも無いわけではない』
確かに、そういう事なら警察官も周辺の警備に就くだろう。
でも、その警備を抜けて、なんて事もあるわけだ。警備は完全ではないのだから、誰かがその穴を埋める必要がある。
なら、ライブが始まる数日前から護衛に付くのが得策だろう。
「その辺は吹雪の方もやる気出してますし、問題無いと思います」
『そうかい、では、よろしく頼むよ』
「はい」
『それと、』
紙を開く様な音がスピーカー越しに聞こえる。
『今月の携帯の通信料は払っておいた。そちらの何か生活に困る事は無いかい?』
さっきの音は、携帯会社からの領収書のようだ。
「は、はい!こちらもお世話になりっぱなしですいません」
『いや、いいんだよ。君達を拾ったのは私、つまり、私は君達の親の様なものだ。子を世話するのは親の務めさ』
「ほんと、すいません。この恩はいつか必ず返しますから」
俺と佑寧は部室、応接室を自分達の家として住んでいる。その生活に関わる金銭を理事長が負担してくれているのだ。
『いや、いいんだよ。君達、学生ボディガード部もまともな仕事が欲しいと部長さんが嘆いていたのをみてね。うってつけの仕事だと思ったんだ。慈悲で仕事を任せた訳じゃない、君達の実力を知って頼んでいるんだ。この仕事を、私への恩返しだと思って、一生懸命頑張ってくれ』
理事長としてではなく、姫宮大善としての言葉に聞こえた。
『では、また明日。しっかりと睡眠を取るんだよ』
そう言って、電話を切った。
スマホの時計を見ると、七時になっていた。
「そろそろ飯か。なにを作るかな・・・・・・」
冷蔵庫を開けて中を見る。そこで気付く。
「俺のエクレアが無い・・・・・・・・・」
犯人はすぐにわかった。
冷蔵庫を閉めて走り出す。
応接室、俺と佑寧の部屋へと。
「おい佑寧ッ!俺のエクレア勝手に食べただろ!!」
「んぁ?食べてねえし」
「その手に持ってるものは何だ!」
「エクレア」
「それ俺の!お前の分は別で買っただろうが!」
「ギャーギャーうるさいなぁ。ほら見てみろ、私に食べられてこのエクレアも喜んでカスタードとクリームを溢れさしているだろ?」
手に持ったエクレアを潰さない程度の力で握る。そして、そのエクレアを一口で食べきってしまう。
「や、やめろっ!俺のエクレアがあぁ!」
「もう手遅れだよ、少年。済まなかった、君の恋人を助けることは、できなかった・・・・・・・・・」
そう言いながら、エクレアの袋に書いてある『カスタードの恋人』を見せつける。※チョコが関係していないが、そこに触れたら負けである。
「お前が殺したんだ!俺の恋人をっ!!」
「じゃあ私が恋人になってやるから、それで許せ」
「なっ、ば、バカな事言ってんじゃねぇ!俺はエクレアが食べたいんだ!」
そういうと、目線をパソコンから俺に向けて、ニヤリと笑う。
「じゃあ、私をエクレアと思って食べるか?」
ちょっと、想像してしまった。
それが頭の中で彷徨い続けるので、頭を振って考えを霧散させる。
「お前、それ冗談でも笑えねぇぞ」
「・・・・・・・・・冗談じゃ、ないんだけどな」
ボソボソと何かを呟いているが、声が小さくて聞こえない。
もうエクレアは諦める。諦めざるを得ない。
重い身体をベットに落とす。一日の疲れが一気に身体を襲う。
「あー、目が痛い・・・・・・」
目を擦りながら言う。
ストーカーのナイフを狙撃する為に『鷹の目』を使った、その代償だ。
それを見た佑寧が、どこからか濡れたタオルを持ってきた。
「お前、『鷹の目』使ったのか」
「あ、ああ。仕方なく、な」
『鷹の目』開発者、椿佑寧がそこに立っていた。
「今日は疲れたろ、しっかり休め」
そう言って、濡れたタオルを俺の顔に掛ける。もとい、投げつける。
「あづぅっ!!お前バカだろ、火傷するだろ!」
「ふん」
何、怒ってるんだ?
そのままパソコンの前に座ってゲーム、エロゲを再開させる。
スピーカーをオンにして。
女キャラのイヤらしい喘ぎ声が部屋の中で響く。
「お前の目、『イーグル・アイ』は私の最高傑作にして最後に作った物だ。すぐに身体に馴染むし、性能も馬鹿にならない。だからこそ、心配なんだ」
口ではそう言っているが、手はマウスをクリックしている。
画面で次々と文章が流れていく。それを俺はただ見ているだけしかできない。
「もう、『イーグル・アイ』はお前の身体の一部。しかし、それを受け入れるのも拒絶するのもお前自身だ。最強の力に身体を任せるか、力をコントロールするか。・・・・・・飲まれるなよ、力に」
画面の中の女性は顔を蕩けさせて喘いでいる。それを大音量で垂れ流す佑寧。勘弁してくれ。
キリが良くなったのか、セーブしてゲームを閉じた。
「さてと、点検をしようか。こっちに来い」
デスクに座り、ノートPCを開いて起動する。※このノートPCも俺の。
様々なアプリケーションを展開し、USBポートに機械を差し込む。
「さ、コレを付けろ」
ゴーグルのような機械を差し出してくる。『イーグル・アイ』点検装置だ。
言われるままに装着し、佑寧がキーボードを打つ音だけが耳に入る。
暫く待つと、点検装置が起動、視界が紅くなる。『鷹の目』が擬似的に発動し、異常が無いか確認する。
「・・・・・・・・・異常は無し、と。よし、外すぞ」
「あ、ああ」
佑寧が椅子から立ち上がり、俺の頭から点検装置を外す。
それと同時に凄まじい眠気が襲ってくる。
「ああ、眠い・・・・・・・・・」
「はぁ・・・・・・夕食は私が適当に作るから、お前は寝てろ。後で起こす」
珍しい、佑寧が自分でご飯を作るとは。
「すまん、頼むわ」
「別に、お前の為に作るんじゃない。ついでだ、ついで」
そう言いながら部屋を出て行った。
「じゃあ、俺はお言葉に甘えて・・・・・・っと」
ベットに飛び込み、息を吐く。
徹夜というのもあって、一度横になったら中々立ち上がろうと思わない。身体が言う事を聞かないから。
「おい、孝浩。後でコンビニにエクレア買いに・・・・・・・・・ふっ、もう寝たのか。おやすみ」
佑寧の声を聞いて、俺の意識はすぐに落ちた。