~暗く、暖かい過去が蘇る~
アタシは、夢を見ている。これは、子供の頃の夢だ。
「何回言ったら解るんだよ、クソッタレ!」
強く罵られ、頭を殴られる。
痛い、が、これが日常だったのだ。私が、子供の頃は。
「貴方、もう放っておいて、部屋に行きましょう?」
「・・・・・・・・・ああ、そうだな。俺達の前で目立つような行動は取るなよッ!近所の評判が下がるからなァ!」
そういって、父と母は奥の部屋へと消える。
嫌な夢だ。父と母の事を一度でも思い出すと夢に出てくる。忌まわしい、消し去りたい過去だ。
一日に何十発も殴らのが日常だったアタシからして、世間一般の家庭に住んでいる子供達は非常に羨ましかった。それと同時に、憎らしくもあった。
何故アタシだけなのか、何故お前達は普通にヘラヘラ笑って公園で走り回ったり出来るのか。
それに比べてアタシはどうだ。毎日部屋に監禁され、唯一部屋を出れる時と言えば、親のストレス発散のサンドバッグ替わりになる時だけ。食事も満足に食べていない。毎日、食パンの耳一個だけだ。
よくそれだけで一介の子供が生きていけたな、と、今でも不思議でしょうがない。
しかし、親に一度も殴られない日が存在した。
それは、アタシが外出を特別に許され、コンビニで大量のお菓子、アルコール飲料を盗んできた時だ。
アタシは、両親のストレスを解消するだけの、道具でしかなかった。
いつからだろうか、両親に復讐してやろうと思い始めたのは。
あれは、両親に万引きして来いと言われて外に出た時だ。
ある家族に声を掛けられたのが始まりだ。
「ねーねー、何でお顔に傷がいっぱいあるの?痛くないの?」
「・・・・・・痛く、ない」
「貴方、そこの香苗さん夫婦のお子さんよね?何か、家で問題でもあるの?暴力とか、受けてない?」
「・・・・・・問題、無い。暴力、なんて、受けて、ない」
「おかーさん、この子、こんなに可愛いのに、お顔に傷いっぱいなんて、かわいそうだよ!」
「そうね・・・・・・」
「かわい、そう?」
可哀想―――――――そんな風に見えるのか、アタシは。そんな風に、思ってくれるのか。
そんな風に思ってくれる人に出会えて、アタシは嬉しかった。
我慢できずにその場で泣いた。
「わっ!お母さん、泣いちゃったよ!?どうしようっ」
「そういう時は、こうしてあげるのよ」
そう言って、子連れの母親はアタシを強く抱き締める。
「じゃあ、私もっ」
母の真似をして子供も抱きついてくる。
「何かあったら、すぐに言いなさい。今は言いにくいと思うけど、私達はもう、〝家族〟なんだから」
「え――――――――――家族?」
家族とは、なんだろう。初めて聞く。
「家族って言うのはね、「親と子」、深く大きな繋がりの事を言うのよ。貴方は、もう私達の家族。暴力を振るう親など親じゃない。今日から、私達の家に来なさい。面倒は、私が見る。そして、この子は貴方の姉妹、お姉ちゃんよ」
そういって、隣の子供の肩を持つ。
「えっと、はじめましてっ!私、姫宮優子って名前。よろしくね!」
「ひめ、みや・・・・・・」
「そうよ、ひめみや。自己紹介が遅れたわね、私は優子の母の、姫宮風見っていうの。かざみママって、呼んでもいいわよ?」
二人の柔らかい笑顔が胸に響いた。
「・・・・・・・・・じゃあ、アタシの苗字は変わる。今日から、姫宮春香」
道端で出会ってばっかりの家族にアタシは拾われ、姫宮家の一員として、生活していく事になった。
それと同時に、アタシに暴力を振るっていた親、もとい、クズの二人に、復讐する事を誓った。
奴らは「家族に迷惑を掛けるな」などと言い、アタシの顔、腹を容赦無く殴ってきた。
何が家族だ、反吐が出る。アタシは、かざみママのあの台詞を今でも忘れない。
家族とは「親と子」、深く大きな繋がりの事を言う。
あの日から、姫宮家の一人として生活していったのだ。
生活は何不自由無く、暮らしは充実していた。
聞いた話によると、お父さん、だいぜんパパが高校、学園の理事長を勤めていると聞いた。
だからだろう。食事も豪華だったし、家もかなり大きかった。
それから数ヶ月が経ち、この家の生活に慣れた頃、突然、一人家族が増えるという話を聞いた。
その時、嫌な予感がした。
「あの、かざみママ」
「なあに?春香」
「新しい家族ってもしかして、何か暴力を振るわれて逃げてきた、っていうような人達?」
「うん、そうよ。私とお父さんは、そういう人を絶対に見捨てない。貴方のように」
何とも勇敢な夫婦だろう。そういう人を見つけては保護し、家族として迎え入れる。
こんなにも素晴らしい家族に救われたのか、アタシは。
「今度は、アタシがその二人を助ける」
「ふふっ、立派ね。まるで誰かさんみたい」
「かざみママとだいぜんパパの影響じゃないかな」
「嬉しい事言うわね。このぅ!」
「ちょっと!擽ったいってば!」
「あー!春夏とママ遊んでる!ズルーい!」
かざみママがアタシを擽っているのを見た優子も参戦して三人でもみくちゃになる。
「貴方達、力強くなったわねー・・・・・・」
「ママこそ、流石大人ってやつだね・・・・・・」
「アタシは、もっと強くなってやるわよ・・・・・・」
そう、強く―――――――あのクズ共に復讐する為に。
◆
それから暫く時が流れ夜の九時過ぎ、だいぜんパパが帰ってくるという連絡が入った。
さっきかざみママが言っていた新しい家族を家に連れて来るのだろう。
アタシは新しい家族が、兄弟、姉妹になるのかわからないが、すごく楽しみだった。
同じ境遇の人なんだ。分かり合えるだろう、そう考えていた。が、結果は想像以上だった。
「風見、風見ッ!新しい家族を連れてきたぞ!」
だいぜんパパが、玄関から大声でかざみママを呼ぶ。
「来たようね。みんな、お出迎えするわよ」
「はーい!」
「うん」
かざみママ、優子、アタシの順番に並んで玄関へと向かう。
そこには、
「・・・・・・・・・・・」
鋭い目付きで、少し高めの身長をした、男の子が立っていた。
「パパ、その子が―――――――――」
「そうだ。倒れていた所を助けたんだが、名前は孝宏、と言うそうだ」
「孝宏君ね?ようこそ、姫宮家へ」
「いらっしゃーい!」
「どうぞ、遠慮しないで上がって」
「さ、孝宏君。上がりたまえ。風邪を引いてしまうぞ」
大雨が降っており、天気予報士の予想が外れたのだ。
傘を持っていなかっただいぜんパパと孝宏君はずぶ濡れだった。
「何故、俺を助けた・・・・・・?」
「その話はまた後で、私と風見の二人で話そう」
「・・・・・・・・・・・」
孝宏君は靴を脱ぎ、玄関前に―――――――倒れた。
「孝宏君ッ!!」
「えっ―――――――――」
アタシは目の前で何が起こっているのかが理解出来なかった。
いきなり、倒れ始めたのだ。
「なに、なにッ?」
「パパ、孝宏君怪我してるっ!」
「何ッ!?」
だいぜんパパは孝宏君が着ていたコートを脱がせ、赤く滲んだシャツを破る。
「こ、これは――――――――――――」
その場に居た全員が言葉を失う。
孝浩君の背中には、刃物の様な物で切られた痕が大量にあり、銃で撃たれた様な、穴が空いていた。
少しずつ、傷が開いていっているのか、出血が多くなってきた。
さっきまで孝宏君が立っていた場所を見てみると、流血の跡あった。
「優子、春夏、自分達の部屋に行っていなさい。パパ、医療器具持って来て。ここで応急処置するわ」
「分かった。タオルも持ってこよう」
その先はどうなったのかは知らない。でも、孝浩君は助かったようだ。
数日寝たっきりの孝宏君の事について、気になる事があった。
それを、だいぜんパパに聞いてみた。
「ねえ、孝宏君は、前の両親から暴力を受けていたの?」
「・・・・・・・・・んん、なんて言ったらいいのだろう」
だいぜんパパが珍しく唸り声を上げ、額を押さえる。
「孝宏君は、春夏、君とは少し、いや、だいぶ違う場所で怪我を負っているんだ」
「違う場所?」
「ああ、家族から受けた傷じゃない。あれは――――――紛争で負った傷だ」
紛争――――――――聞いた事がある。対立する勢力の武力衝突を指す「武力紛争」等の総称だ。色々な種類の紛争があるとは聞いているが、アタシはそれしか知らない。
「じゃあ、孝宏君は、その、戦争していたの?」
「いや、性格には、〝紛争地域から日本に逃げてきて〟その追っ手に撃たれたり、切られたりしたそうだ」
「逃げてきたって―――――じゃあその孝宏君に怪我させた人が今も何処かに居るって事っ!?」
「そう、なるな。でも、安心しなさい。子を守るのが、親の役目であり使命。子が生きるのは、宿命であり天命を貫き通す為である。そういつも言っているだろう?」
「う、うん」
アタシは不安を感じなかった。
逆に、だいぜんパパの強さに驚いたのだ。何故、そこまでして家族を守ろうとするのだろうか。
「いいかい、春夏。ママからも言われたように、それが、〝家族〟なる者の、力の源だ」
だいぜんパパは、「家族が居るから、家族を守ろうと思えるんだよ」と続けた。
アタシは、それに強く心を打たれた。
「わかったよ。アタシ、孝宏君を守る。家族だもん。年齢は、孝宏君の方が高そうだから、アタシは妹って事になるけど、孝宏君、いや、お兄ちゃんを守るのは家族の役目、だよね!」
「そうだ、男女は関係無い。家族は、最強だ」
「うんっ!」
「あらあら、中々熱いお話してるわね」
「春夏って男の子みたいな事いうんだねー!」
和ましい雰囲気に包まれる中、孝宏君が目を覚まし、改めて家族からの出迎えをしたのだ。
◆
「ッ!?」
アタシは目を覚まし、冷たい床から身体を起こす。
真っ暗だが、段々と目が慣れていき、周りの様子が分かってくる。
「ここは、体育館倉庫?」
バスケットボールや跳び箱、運動マット等が置いてある以上、そうであると思って間違いないだろう。
しかし、何故アタシはここにいるんだろう。
「け、携帯っ。携帯はッ!?」
全身のポケットに手を突っ込み、携帯を探す。
すると、制服の内ポケットから折り畳み式のガラケーを開ける。
この携帯は万が一の為に常に持ち歩いている物で、マネージャーの豆島にも誰にも番号を教えていない。
が、この中には番号が三件だけ登録してある。
一人目がボディガードの柳瀬孝浩、二人目も同じくボディガードの三十木吹雪、そして、三人目が、姫宮学園理事長の、姫宮大膳。
アタシは、どうしても確認したい事があった。
その真実を知る為、孝浩達が通う学園の理事長、姫宮大膳に連絡を取る。
コールし、繋がるのを待つ。すると、すぐに電話に出た。
『はい、姫宮学園理事長、姫宮大膳ですが、何方様でしょうか?』
「・・・・・・霧崎、遥です」
『どうなさいましたか?柳瀬君達が何か問題でも起こし―――――――』
「違います、そんな事を聞きたくて電話したんじゃない!!」
焦り過ぎて大声を上げる。
『何か、あったのですか?』
「違う、違うっ、違う!!」
焦る気持ちを抑えながら深呼吸し、通話を再開する。
「聞きたい事があるんです。真剣に答えてください」
『・・・・・・・・・はい、わかりました』
それから、アタシは直球で質問する。
「貴方の妻の名前は、姫宮、風見、ですか・・・・・・?」
『ッ!・・・・・・そ、そうですが』
「貴方の娘の名前は、姫宮、優子ですか?」
『そう・・・・・だ』
「貴方の、拾った娘の名前は、姫宮、春夏ですか?本名は、香苗、春夏ですか?」
『そう、そう・・・・・・・・そうだ、そうだぞ』
「最後に質問です。理事長、いや、だいぜんパパ。貴方はアタシを拾いましたかっ?」
『・・・・・・お、思い、出したのか・・・・・・ッ!』
スピーカー越しに鼻を啜る音が聞こえる。
「やっぱり、パパ、だったんだ・・・・・・・・・!」
『そうだ、そうだぞっ。私が、お前のパパだ・・・・・・!』
「そう、そうなんだね?間違い無いんだねっ!?」
アタシも、我慢できなかった物が決壊する。
それは、嗚咽、鼻水、涙となって溢れ出す。
アタシには、家族が、居たんだ――――――――。
「ねえ、孝宏君、お兄ちゃんは、元気?」
『ああ、元気だよ。うちの学校に通っている』
「本当っ!?名前は?姫宮孝宏って、そのままなの?」
ちょっと前に見た学園在籍書類を見た時にはそのような名前は無かった。
『いや、名前はかなり変わっている。そして、お前のすぐ側にいるぞ』
「えっ?誰、誰なの!?」
『まだ気付かんか、――――――――柳瀬、孝浩君だ』
「・・・・・・・・・え?」
今、だいぜんパパはなんて言ったの?
『彼は私達の事を一切忘れている。脳の手術をしたそうで、それが原因で記憶は戻っていないらしい。その手術を施したのは、椿佑寧という、天才さんだ』
「な、なんで脳の手術なんか・・・・・・・・・」
『佑寧ちゃんを守る際、落ちてきた瓦礫の下敷きになったらしい。が、それを助ける為に、佑寧ちゃんが手術をした―――――と、私は聞いている。実際、助かったから良かったが、記憶が無いというのは、実に残念だ。手術後、目覚めた孝宏に会いに行った。が、その時には既に私達の事は綺麗さっぱり忘れていた。佑寧ちゃんによれば、時期に思い出す、との事だが、いつになるか―――――――』
「そんな・・・・・・・・・」
『しかし、お前まで記憶が無いと知った時は心臓が止まるかと思ったぞ。名前は全然違った―――いや、芸能名だからか、名前は似ていたが、漢字が違ったから別人かと思ってそのまま忘れようとしたんだ。でも、お前をテレビで見た時は、涙が止まらなかったものだ。家族が、生きて、しかも、アイドルになっていたんだからな。お前を見た風見も優子も、大喜びだった。春夏が生きてるって』
「そう・・・・・・・・・」
すごく嬉しかった。家族はすぐにアタシだって分かったのに、なんで、顔合わせの時に気付かなかったんだろう。だいぜんパパと、お兄ちゃんだって。それに、お兄ちゃんの命の恩人までそこに居たっていうのに。
『今、何処にいるんだ?近くに柳瀬君、孝宏はいるのか?』
「それが、分からないの。自分が居る場所も。それに、お兄ちゃん達とははぐれちゃったし―――――」
そこで、思い出す。
アタシは豆島に呼び出されて、学校を出たんだ。その後車に乗って―――――――。
それから、どうされたんだろう。
『お前、もしかして誘拐、されているのか?』
「えっ?いや、そんな事は――――――」
そこで、だいぜんパパの声が途切れる。
「えっ、もしもし?もしもしっ!?」
画面を見ると、通話終了の文字が表示され、電波表示が真っ赤になっていた。圏外だ。
「いやぁ、案外目が覚めるのが早かったですね、遥」
「その声・・・・・・・・・豆島?」
聞き覚えのある、渋い声の持ち主、豆島が近くにいる。
「どこ?どこにいるのっ?」
「ここですよ」
いきなり、暗闇の中から白い腕が伸び、アタシの両肩を掴む。
「きゃあっ!?」
「落ち着いて、私ですから」
そういって、いつもヘラヘラした顔―――――とは違い、額に汗を垂らし、如何にも焦っている様子の豆島が懐中電灯で地面を照らし、倉庫を開ける。幸い鍵は掛けられておらず、出るのは容易だった。
しかし、安心出来たのはそこまでだった。
鼻に、ツンとした匂いが伝わる。妙に血生臭いというか、何というか。
豆島が体育館全体を見渡すように懐中電灯を奥まで照らし出す。
すると、
「――――――――――――なに、あれ」
目の前に、血だらけの人が倒れていた。
あれは――――――――――
「まめ、しま・・・・・・・・・?――――――――ッ!?」
それに気付いた私はすぐに駆け出す。倒れている豆島の元へ。
「アンタ、誰ッ!?豆島の顔してるけど、別人じゃないの!?」
「違う、遥!そっちへ行ってはいけない!!」
「黙りなさい!偽物ッ!!」
「はる・・・・・・か」
「大丈夫ッ!?豆島ッ、しっかりしなさい!!」
「遥ッ!!」
「はる・・・・・・か・・・・・・・・・ヒヒッ」
ドスッと、鈍い音が聞こえた。
なんだろう、今の音は。
血が、出ている。
アタシの、足から―――――――。
「まめ・・・・・・しま・・・・・・?」
「は、遥・・・・・・・・・ッ。遥ァッ!!!」
「アーッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ!!!!騙されてんじゃねエよ!バァァアアアアアアカ!!!」
血だらけの豆島が立ち上がり、奇妙な笑い声を発する。
姿は豆島だが、声は全くの別人。しかも、その声はよく聞く者の声だ。
「ヒャーッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ!!!」
豆島に似せて作られた人工皮膚をベリベリと剥がしていく。
その下の顔は―――――――
「柳父ッ・・・・・・・・・アンタッ・・・・・・・!」
アタシの専属運転手であり、礼儀の良さで評判の良い、柳父重晴朗その人だった。