~俺と彼女の壁は、儚く散る~
「んふふふふふー、勝っちゃいました・・・・・・」
ユカがガッツポーズで清々しい笑顔を向けてくる。
それに反して、吹雪達は膝を付いて汗をダラダラと床に垂らしている。
「そんな、嘘でしょ?弓道部のこのアタシが・・・・・・・・・」
「よりによってこの乳女に・・・・・・ッ」
「悔しい・・・・・・」
まぁ、俺としてはユカが勝ってくれて非常に嬉しい。この弓道勝負。
理由は簡単、ハードな事を要求してこないからだ。
吹雪は「アンタ喧嘩凸掛けてきなさいよ、あそこの不良十人組に」
佑寧は「PCの動きが遅くなってきた・・・・・・孝浩、分かってるな?PC一台買ってこい」
なにこいつら、俺をただの道具としか思ってないの?酷いわぁ・・・・・・。
勿論全部やりましたよ。不良にフルボッコにされたし、新型PCも買ってきた。もう俺のプライドと財布はスッカラカンだ。
それに比べてユカは「すいません、そこの消しゴム取ってもらえますか?」とか、そんな感じの事しか言わない。育ちの良さだろうか、二人とは全然気品とかが違う。まぁ、必要性あるのかどうかが疑問だが。
それともう一つ、霧崎だ。こいつは論外。これも理由に大した説明は必要ない。
何故か、横暴だから。
今日で何回自販機に走らされたことか。おかげで足がパンパンに腫れてやがるぜ。
授業中に先生が後ろ向いた瞬間ジュースなんて飲みやがるし。こいつ相当のワルですぜ。
「じゃあ、孝浩君。私からのお願いを聞いてくれますか?」
「まぁ、そういう条件での勝負だったしな」
俺の意見も聞かずに勝手に決めた事だけどな。
「では・・・・・・コホン。このお仕事が終わったら、一緒にお茶しに出掛けましょう」
「「「ッ!?」」」
「ああ、そんなことか。いいぞ」
「「「ッ!?」」」」
「仲良いなお前らッ!?」
なんでそこまで動きが合うんだよ。驚きだよ。
ユカなんて、三人の息ピッタリの首の動きを見て苦笑いだ。いつもなら苦笑いでスルーするユカが、あのユカが全力で引いている。それもそうか、修羅の面を被ったような顔しながら同時に動くんだぜ?
「そ、それってデデデ、デートって事じゃないっ!?」
「部長も連れて行きなさい。命令よ」
「副部長もだ。いつ孝浩が淫行を犯すかわからんからな。その胸鬼に惑わされぬよう、私が孝浩を守る」
「同じく、部員同士の子供なんか見たくないしね」
「そうよ!あんたら、クライアントに自分たちの子供見せたい訳っ!?リア充ぶんな!!」
「あ、いや、私はそんな―――――――」
ユカがパニクってあたふたしている。
その際、ユカの揺れる胸を見た佑寧の目が険しくなる。
「そうか、その薄汚い胸で孝浩のを・・・・・・・・・・」
「な、何を想像しているんですか!?」
もう、いいや。
口論で騒ぐ女子四人組を放置し、弓道場を出た。
もう、何言ってんのかわからないし、ついて行けない。
◆
弓道場を出たとしても、霧崎から離れる事はあまりしたくないので、弓道場入口でジュース片手で壁にもたれていた。
道場前の自販機で買ったカフェオレを喉に流す。ほろ苦さが口の中に残る。
眩しすぎる太陽の光から逃げるように、日陰で休む。
「暇、だ・・・・・・・・・」
一人でいる時間が無価値に思えていたのは、いつだっただろうか。
佑寧に出会い、吹雪に出会い、ユカに出会い、霧島に会った。
これが、日常なのだろうか。
いや、違う。
霧島はクライアントで、俺達はボディガード。ずっと霧島の側に居れる訳じゃない。
そう考えると、案外寂しいものだ。
あって二日目だっていうのに、ここまで思ってしまっている。
でも、何処か壁を感じる。それは、就いている職の違いだろうか。
俺達は学生でありながら国家公務員以上の権力を持つ。
そして、彼女は芸能界の花、アイドルだ。立場がまるで違う。
「クソッ・・・・・・・・・」
いつもこうだ。
自分と相手には壁があると考え、その壁の正体を探ろうとする。
吹雪も佑寧も、ユカに対してもそう。どこか壁を感じる。
その壁の正体を、必死で探している。
その壁を探して、どうなるというのだろうか。なにが変わるのだろうか。
そんな自分に、苛立ちを覚えた。
「ちょっと、アンタいつの間に外に出たのよっ!?」
制服に着替えて道場から出てきた霧崎が怒鳴って来る。
「お前らがぺちゃくちゃ喋ってる最中にだよ」
極力笑顔で答える。苦笑いになっているように思えるが。
「というか、なんであんなに全力で勝負してんだよ」
そこが気になった。景品が俺だからなのか。
また面倒な事を言いたいのか、そんな事を想像していた。
が、返って来た返事は全く違った。
「え、えっと、その、アンタと一緒に居たくて・・・・・・」
「・・・・・・・・・えっ?」
何を言い始めたかと思いきや、俺と一緒に居たいと?
「お前、どうしたんだ?熱でもあんのか?」
「な、ないわよ。あの、その、アタシの寝た時の事、覚えてる?」
「あ、ああ・・・・・・」
覚えている。あんな事があって忘れましたなんて言える奴はいない。
ライトノベルの鈍感主人公でもそれはないぞ。ありえない。
「あの時、お前を守るって言ってくれて、すごい嬉しかったの。なんていうか、キュンってした」
「お、おう」
面と向かって言われると恥ずかしい物がある。
顔が熱くなってきた。きっとこれは太陽に日差しのせいだろう。間違いない。
「だから、その、一緒にいたくなっちゃって、アンタと」
「へ、へぇ~」
なんだろう、すごい嬉しいんだが。
こんな事が日常茶飯事のギャルゲー、エロゲー主人公の皆様、僕もついに仲間入りです。
「だから、全力で勝負したの。おかしい?」
いつもとは正反対、しおらしい態度に驚きを隠せない。
そんな上目遣いで俺を見ないで、なんかに目覚めちゃう。
「おかしくは、ない。うん、おかしくない」
「ふふっ、何それ」
な、なんだこいつは。おかしくなっちまったのか?
どんな仕草でも、可愛く見えてくる。これは――――――――――
「俺の目、腐ってんのかな」
「ええっ!?」
「だって、おかしいだろ。お前が半端なく可愛く見えるんだ。腐ってるとしか言い様がない」
「えへへ、嬉しいな―――――って、なんで目が腐ってないとアタシが可愛く見えないのよ!!」
「だってよ、いつものお前と全然違うんだぞ?いつもなら「おいジュース買ってこい十秒でな」とか言ってるお前が「一緒にいたくなっちゃって、アンタと」なんて言うか?」
「ちょ、真似しないでよっ!というか、十秒でジュースなんて買わせないわよ!ちゃんと待つ!!」
それでもジュースは買わせるんですねわかります。
「あ、電話だ。ちょっと待っててね―――――――はい」
スマホを取り出して通話を開始する。誰からだろうか。
「・・・・・・うん、わかった。待ってて」
すぐに通話は終わった。
「誰からだ?」
「マネージャーよ。一度会ったでしょ?」
ああ、豆島さんか。名前が珍しいので覚えていた。豆の島。だめだ、豆の島で覚えそう。
「ああ、豆の島さんな」
「豆島ね、豆島」
早速間違えた。これどうにか直せないですかね、顔面に縫い目のある白黒頭のお医者さん。
「で、電話の内容は?」
「ちょっと会って話がしたいらしい。アンタはここで待ってて。多分仕事の話だろうし、アンタに聞かれたくない」
そういうと走って校門まで行ってしまった。
すると、すぐにメールが来た。
スマホを見ると、霧崎からだ。
「・・・・・・俺、アドレス教えたっけ?」
不思議に思いながらもメールを開く。
『帰り遅れると思うから、待っててね。今日はちゃんとご飯食べさせてあげる。みんなで食べましょ?』
なんとも女子力溢れる文章だった。こういうのって恋人同士でやるものじゃないか?中々可愛い所があるんだな、アイツ。
俺は言われた通り、道場の前で待った。
――――――――――、三十分。
――――――――――、一時間。
霧崎は、道場の前に戻ってくる事は無かった。
俺はまだ気付かない。さっき見た霧崎の笑顔が、
最後の笑顔だと言う事に。