第1部 国家安全保障会議
午後12時
日本首都東京霞ヶ関首相官邸地下3階危機管理センター
フィリピンで発生した人類初の核兵器テロは、直ぐ様日本にも情報がもたらされた。当初は誰しも爆弾テロだと思っていたが、マニラ中心街直径2キロが消滅したとの知らせが入り、日本政府は核兵器テロだと判断した。マニラ中心街が消滅した事で、フィリピンは政府首脳陣・軍司令部が全員死亡し、フィリピンは実質的な無政府状態に陥った。
「それでは国家安全保障会議を始めます。」
佐藤早紀総理大臣の言葉に、出席者達は気を引き締めた。佐藤総理は民自党初の女性総裁にして、日本憲政史上初の女性総理である。
「早速ですが、マニラの状態は?」
「こちらをご覧下さい。」
佐藤総理の質問に、陸軍の情報士官が大型液晶画面を切り替えた。
「ご覧のようにマニラは完全に消滅しております。推定死傷者数は350万人を超えます。陸軍としましては今回使用された物は、アタッシェケース式の核爆弾と推測します。」
情報士官はそう言うと席に着いた。
続いて女性が立ち上がった。
「NCIA長官の高梨聡子です。こちらをご覧下さい。」
高梨長官も大型液晶画面を切り替えた。
「ご覧頂いております映像は、マニラ郊外に設置された監視カメラの映像です。フィリピン政府の管轄ですが、テロにより傍受先が消滅し洪水のように映像が流れていた為、私達が映像を傍受致しました。この映像からも分かりますように、やはり使用された物はアタッシェケース式の核爆弾で間違い無いと思われます。そして気になる点がもう1つあります。」
「何ですか?」
本多弘毅外務大臣が身を乗り出しながら聞いた。
「こちらです。」
高梨長官がリモコンを操作すると、映像の一部分が拡大されていった。
「更に詳しくしますと。」
拡大された画像が鮮明にされ、大型液晶画面に映し出された。
「これは……」
佐藤総理は絶句した。そこにはアメリカ合衆国空軍のU−15無人偵察機が映っていたのである。
「なぜアメリカ合衆国空軍の偵察機がこの瞬間に、この場所を飛行しているの!?」
倉持亜由美国防大臣が叫んだ。
「それは分かりません。ですがアメリカは何らかの方法でテロを察知。U−15をフィリピンに飛ばしたのでは無いでしょうか?」
「それなら知らせてくれても良いはずでは?それにアメリカは実質的な鎖国状態です。今までJSTO加盟国に近付く時には例え無人機でも我が国と、JSTO本部に知らせて来ました。それが今回は何も無しです。なぜでしょう?」
佐藤総理の言葉に、誰も口を開けなかった。
アメリカ合衆国は2015年の海外駐留軍総引き揚げにより実質的鎖国状態となった。此れにより海外での活動は全て停止された。時たまアメリカ合衆国は空母打撃群や空軍の演習と称して、世界各地へ遠征させた。しかしその時はアメリカ合衆国は事前に進路上に位置する国々に連絡を入れていた。だが今回のテロに際してアメリカ合衆国からの偵察機派遣の連絡は無かった。これが唯一の謎であった。
「まあアメリカ合衆国と我が国の関係は正直冷えきっていますが、今回のような事態は初めてですね。」
本多外務大臣が溜め息を吐きながら答えた。
アメリカ合衆国が実質的鎖国状態であると言う以前に、日本とアメリカ合衆国は大東亜戦争後最悪の関係となっている。その原因は2015年に伊部内閣が提出した『英語排斥法案』が理由である。英語排斥法案は伊部総理が日本の将来を鑑み、大学生以下に対する英語教育を禁止する法案である。日本語も録に話せない、意味が理解出来ていない年齢で英語を教えると、日本語も英語も完全に話せない、と伊部総理は力説した。もちろん和製英語がある現状、完全に英語を排斥するのは難しく、学生に対する教育を禁止したのである。この英語排斥法案には学生に英語を教育した者と、教育を受けた者の刑事罰を明記していた。両者共に無期懲役の実刑になる事となった。学生が教育を受ける為に、未成年ましてや小学生にまで無期懲役となる為、当初は国会は大荒れとなった。しかし伊部総理の説得により英語排斥法案は可決成立。この法案によりアメリカ合衆国は日本に対する態度を硬化させたのである。
「とにかく今回のU−15画像はここだけの話とします。全員、胸の内に入れておくように。」
佐藤総理は危機管理センターにいる全員に言った。
「それから日本海条約機構理事会の緊急召集を要請して下さい。」
「了解いたしました。」
佐藤総理の言葉に、本多外務大臣は頷きながら答えた。