憂い
6月の下旬。建前上の風邪から復帰して学校で私を待っていたのは、熱い抱擁の嵐だった。
伊達先輩の事故について華菜たちが知っているのを思い出した。それどころか、どうやら学校中にまで広まっているらしい。まあ、当たり前か。
「……グスッ……もう、本当に心配したんだからねー」
そう言って、彼女……幹元由梨は泣き出す。長い黒髪を後ろで一部だけ結わえている彼女は、とても真面目で、いわゆる優等生というやつなのだが何か緊急事態でバタバタする事があったりすると我を忘れてパニックに陥ってしまう。
「ありがとう……」
私は、由梨の背中をポンポンと叩きながら彼女をなだめる。
「でも、本当に良かったよ。メール送っても返ってこない電話には出ないわで連絡の取りようがないし。家行っても、出ないし。そんでもって……」
この子は、南野華菜。天真爛漫の明るい性格であり、由梨とは違い少し茶色がかった短髪だ。と言っても、私より少し短い程度だが。ちなみに、非常に勘が鋭い事で有名。私が伊達先輩のことが好きだってことにいち早く気がついたのもこの子である。
「近藤先生から、真相聞くまでは風邪あつかいだったし。ほんと、早く相談してよね」
「あ、ごめん……」
華菜が手の平をひらひらとさせて“気にするな”といった様子で志継の言葉を区切る。ちなみに、近藤先生とは、私たちのクラス担当兼歴史担当。そして、我が陸上部の顧問だ。
「んで、吹っ切れたの?先輩の事……」
「あはは……ちょっとそこら辺はノーコメントで」
さすがに、まだまだ先輩の死による心の傷はそう簡単には癒えてはくれないようだ。なんとか立ち直る事は出来たけど、それは本当に表面上の事。
でも、とりあえずは由雄くんには本当に感謝しなければならない。この2人にこれ以上心配はかけられない。左の手首も、由雄君の案があってリストバンドで傷跡を隠してる。
その時。
「……」
華菜の視線を感じた気がしたが、すぐに屈託のない会話に移った。
由雄君のこと。さすがに、熱で倒れ込んだ時の話は、ちょっと誤魔化そうとしたけど、恋愛の話を大好物としている華菜の前では無意味で、全てを話す羽目になってしまった。