嘘の始まり
混乱する頭をフル回転してまとめた内容は、こうだ。志継の周りで何か起こったことは、間違いない。そのことが原因で、アイツはここ何日か学校を休んでいる。建前上は、風邪という事になっているが、心配になったあの二人が志継のアパートに寄っても、携帯電話に連絡をかけても全く反応がない。
おかしいと思った二人は、担任の教師問いただしたところ、陸上部の顧問も務めてるその担任から聞かされたある事が原因で今のあいつは学校に来れないことをすぐさま理解した。
俺も、二人から聞かされた内容に頭がクラクラして、受け止めきれず吐きそうだった。
――ふざけんじゃねぇ
とても、アイツ一人でも受け止められることじゃなかった。
そんなことを考えながら、急ぎアパートに向かう。
――お願いします。たぶん、顔見知りの友達とかそこらへんは全部拒否してる。だから、あなたにしか――
華菜さんの言葉を頭の中で反芻した。
そう、アイツは自分の見知っている関係者を拒否している。なればこそ、俺は最後の賭けに出るしかなかった。今回ばかりは失敗できない。
そうしてついに、アイツの部屋の前まで来てしまった。
――203号室。気のせいだろうか、いつもより嫌な感じがする。
俺は、声をひそめて、声を出さないようにして、ドアを叩く。
――トントン――
誰もいないかと思われた部屋からは、やっと物音が聞こえてきてそれが一旦静まり、静かにゆっくりとドアが開かれた。
その瞬間、俺の頭は真っ白になって。
――ドン!――
そいつの胸ぐらを掴んで部屋の壁に押し付けていた。そうだ。こいつだ。こいつが志継だ。泣きながら由梨さんが、3人で撮ったプリクラを見せてくれたから間違いない。肩まで伸びたセミロングの黒髪、スラッとした手足と控えめな胸元。間違いなく目の前の彼女は、志継だった。
「由雄くん……かぁ」
俺の顔を知らなかったはずの彼女が、俺を認識した。知らず知らずのうちに声が漏れてしまっていたのだろうか。いや、それにしてもそれだけで気付かれてしまったのだろうか。少し驚くも、すぐに俺の頭の中は怒気で満ち溢れる。
「ああ、そうだよ。おめぇ、なにやってんだよ。こんなところで。こんな、暗くて狭い場所で何をやってるんだよ⁉ 」
「……由雄君」
俺は、構わず声をかぶせる。一旦、息をついて告げる。
「それはなんなんだよ⁉ 」
見ると、志継の左手首には何本かの赤い線が走っていた。
「……由雄君、いたい」
「ああ、そうだろうな。生きてるんだからな。だからもう一回聞くぞ。こんなところで、何やってたんだ、お前は‼」
さらに、壁に押し付ける。コイツが女とかそんなのもう関係ない。コイツは、もう放っておけない。
「だから、いたいよ。由雄君」
「痛いのは嫌か⁉ 生きてるのがそんなに嫌かよ‼」
「……」
まただんまりかよ。俺は、呆れながらも次の句を告げる。
「……伊達先輩が事故で死んだなら、それで辛かったなら、何で俺に友達に相談してくれなかったんだ?」
「え?」
その瞬間、志継の相貌が驚愕に満ちる。
「華菜さん達から、全部聞いた。お前が、伊達先輩の死で深く悩んで苦しんでるって。先生から聞いて全部知ったって。だから、お前が心配だってことも」
「……華菜たちから聞いているのは、それだけ?」
「ああ、そうだ」
一瞬、志継の表情に陰りがみえるも、俺は続ける。
「だから、お前の口からも全部聞かせてくれよ。そしたら、俺は、伊達先輩の代わりでもなんでもするから」
「⁉ 由雄君、最低だよ‼ 私をなんだと……」
「最低でもなんでもいい‼ お前が生きててくれるなら、それで俺は構わない‼ だから、生きててくれよ。笑ってくれよ。泣いてくれよ。素直に……なって……」
「……‼」
瞬間。俺の体がグラついて、倒れる。ああ、志継の手。冷たくて気持ちいい。
「す、すごい熱。由雄君、すぐに部屋に!」
「……」
そうやって、俺は自分の部屋に連れられ寝かされる。奥からカチャカチャとやかましいはずの音が聞こえたが、今の俺には心地よくもあった。だって、アイツが動いてる証拠だから。
「なんで、ここまで……」
「お前、言ったろ? 俺はお節介なんだ。でも、自分のことで精いっぱいだったはずなのに、俺のためなんかにここまでしてくれるお前もたいがいお節介だとは思うけどな」
「そんなこと……」
「だから、今度はお前が俺に頼る番だよ。お前は、一人じゃないんだから」
「……!」
俺がそう言った途端に、志継は静かに涙を流し始める。
「もう、みんな馬鹿なんだから。私……なんかのために。私……助けてもらう資格なんて……」
「資格なんて必要ないだろ? みんな、自分がそうしたいから、お前を助けるんだから」
「由雄……くん……も?」
「ああ、そうだ。だから、志継。あの、初めまして」
俺は、ニカっと歯をむき出しにして笑う。志継はさらに泣き出す。戦慄く口元を必死に笑顔にしようとしていた。そして、なんとか笑顔、と言えるぐらいの表情を作り……
「こちらこそ……はじめまして」
そう言って、手を差し出す。俺はその手を握り返して、さらに笑顔を向ける。
「ああ、よろしくな……」
――その後の記憶はおぼろげだった。どうやら、最近の無理がたたって、俺の意識は落ちてしまったようだ。だけど、今は許してほしい。
だからこそ、許してほしい。
俺の精一杯の嘘を。




