嘘つきの願い
深夜。
深夜の街をひた走る人影が一つ。
スラっと伸びた足は、確実に地面を捕え、テンポよく前へと進んでいく。
息を大きく吐きだし、さらにペースを上げる。
ふくよかとは言い難いが、確実に膨らみを見せる胸部はその人物が女性であることを現している。
そして、彼女は目的地に着いたようだった。
携帯の照明で辺りが少し照らされる。
そんな彼女が確認したのは、友達で恩人で恋敵だった人物からのものだった。
『もし今日、病院来るようだったらいつでもどうぞ。夜勤の警備員の人には話は通ってますので、3階の病室まで良かったら来てください。由雄くんが待ってます』
時間を確認すると、もうすぐ日を跨ぎそうだった。
言われた通り警備員に確認を取ると、予想以上に簡単に入れたことに少し驚く。
そして、目的の場所へ。
「…………」
彼女は、黙って病室で横になっている人物を見つめる。
安堵の中に、罪悪感と後悔と迷いの入り混じった表情で。
「…………」
もう少し、近くに寄ってみる。
そうすると、人物から声が断続的に繰り返し発せられていることに気付く。
酸素マスク越しだったので、少々聞き取りづらかったが、確実に何かを訴えていた。
「し……しの…………」
「…………」
「しのぶ…………しのぶ……」
「…………」
「おれ……がんばったけど…………だめだった……」
「…………」
「かてなかった………………くやしい……くやしいよ…………」
「…………」
「おまえのために……おまえのために……」
「…………」
そして、また同じ言葉を繰り返した。
そんな『彼』に、彼女はさらに距離を詰めた。
その表情は、未だに重い。
「ごめんなさい」
これは彼女の言葉。非常に辛そうな、絞り出してやっとのことで発せられた声。
「みんな、私のせいで。私が自分の殻に閉じこもってたせいで。こんな、こんな近くにみんながいてくれたなんて、私知らなかった。ううん、知りたくなかった。私にとって優しさは、一番残酷なものだったから。死にたいって、そう思い込んでた私にとって一番残酷な行為だったから。でも、本当は違った。私は、死にたくない。それは、弱虫だからって思ってた。でも、違う。私は、生きていたい。みんなと楽しくおしゃべりしたい。やりたいこともいっぱいある。それに……」
彼女はふと視線を彼に向ける。
「あなたに会いたかった。由雄くん」
そうして、彼女はさらに距離を縮める。
「まだ、素直になれてないところもある。でも、まだみんなといたい。それだけは、本当なの。だから……」
二人の距離が、鼻と鼻がくっつきそうなほどまで近くなる。
「…………もう少し、ちかくにいさせて」
その言葉を言い終えると同時に、『彼女』は『彼』に口づける。
酸素マスク越しの、なんとヘンテコなキスであったのだろう。
夜の静寂が二人を包む。
そして、二人の時間はゆっくりと穏やかに動き出した。




