泣き虫と強がり
志穂は右腕を押さえ、ふらふらと院内を歩いていた。
なるべく、血がみえないように。
しかし、それでも隠しきれないほどに血は制服を染めていた。
そして、右手は赤く腫れていた。
「志穂さん……!」
最初に声をかけたのは、南野だった。
すぐさま、傍まで駆け寄り惨状を把握する。
驚愕の表情を浮かべるも、それはすぐに懺悔のものへと変わる。
「ごめんなさい。私たちが全て任せたせいで……」
「いいんです。平気……ですから」
無理してつくった笑顔は、どこか血の気の引いた表情だった。
大抵の人は、南野と大差ない表情を浮かべていたが、その内の二人だけが違った。
一人は、とある男性を心配そうに見つめ、その見つめられている男性は志穂を見ているような見ていないような目をしていた。
雰囲気だけ取り上げるのであれば、今にも駆け出しそうだった。
長身の彼の体がゆらりと前に傾いた瞬間。
神楽坂茂は、駆け出した。
「!」
その場の全員が凍りつく。
止めなければと思っても、反応が遅く、間に合わない。
……ただ一人を除けば。
「っ!」
志穂は、茂と相対する。
どちらも、怒気に溢れた。
しかし、どこか泣き出しそうな……
そして、彼は口を開く。
「どけよ」
いつもの彼とは違い、乱暴な言葉。
こんな粗暴な言葉を想い人にぶつけることになったことを、彼はきっと後で後悔するだろう。
「…………」
しかし、彼女は従わない。
「どけよ」
「…………」
二度目の命令にも、彼女は従わない。
頑なに、表情を伏せて。
きっと、彼女は彼が諦めてくれるまで動かないのだろう。
しかし。
「どけ………………んん⁉ 」
三度目の言葉を彼は放てなかった。
距離を詰めたのは、志穂だった。
遅れて、周りの全員も驚く。
目の前の光景に、驚きを隠せない。
茂と志穂の距離は……完全にゼロだった。
「お前……なんで?」
口元を離した、二人は互いの表情をうかがう。
茂の表情は完全に毒気を取られてしまったそれである。
「……気付いてたよ」
「え?」
「シゲくんの気持ち」
「あー……その……」
上手く誤魔化そうにも、ちょうどいい言葉が浮かばない。
そんな茂にはお構いなしに、志穂は話を続ける。
「シゲくんがあたしのことを想ってくれてることは、けっこう早い段階から気づいてた。だけど、シゲくんはあたしを応援してくれた。いつだって、あたしの背中を押してくれた。シゲくんの優しさに甘えたくなった時もある。正直、苦しいと思うこともあった。シゲくんを選んでしまえば、楽になれるのかなって……だけど、そんなときにいつだってシゲくん諦めるなって言ってくれた。あたしにとって、シゲくんは大事な友達だったけど、それ以上に純粋に大事な人だった」
「…………」
志穂の言葉に、茂は黙って耳を傾けていた。
その表情からは、困惑は消え覚悟を決めたような、そんな表情をしていた。
「でも、もうおしまい。もう、あたしはやりたいこと、やるべきことを終えた。約束は果たしたよ。あたし………………最後まで泣かなかったよ…………」
最後の方は、口元が戦慄き上手く喋れていない。
それでも、必死に伝えたかったのだろう。大事な言葉を。
「あたし…………がん……ばったよ?シゲ……シゲくんが応援して……してくれ……たから……シゲくんがいたから……シゲくんのおかげで…………あたし、がんばれた……んだよ?あたし……さいごまで……約束……泣かないって…………泣かないって約束……まも…………守ったんだよ?」
「…………」
「ねぇ、シゲ…………くん?」
「…………しほ」
そして、再び二人の距離はゼロになった。
茂が志穂を強く抱きしめる形で。
「シゲ……くん? あたし…………あたし……がんばったよね? よしおくんが大好きな人……よしおくんに笑ってほしいから……幸せになってほしいから……頑張ったよ……だから…………」
「うん。うん。いいよ。今日は……ずっと泣いていいから……もう、お前は傷付かなくていいから……これからは、俺がずっと守るから……だから……」
一拍置いて、茂は告げた。
「そばにいてくれ」
そう言って、また志穂を強く抱きしめた。
「………………うん」
その声は、彼の体に染み込み広がっていった。




