出会い
次の日。
「58…59…16分1秒…2…3…水原君、16分4秒!」
「はー……はー……くそっ」
桜の吹き荒ぶ中を走っても、全く心機一転という気分がしなかった。結局、去年からの不調を引きずっていた。
そんな、息を切らせ、中腰の姿勢で項垂れていた時だ。
「水原くーん‼」
遠くから、マネージャーの呼ぶ声が聞こえた。
俺は、急ぎ息を整えてから、少し早足でそちらへ歩き出した。まだ走るのは辛い。
「この二人が用事あるんだってさ」
よく見ると、他校の女子生徒たちが来ているようだった。原高校の女子の制服は、深緑のブレザーに赤茶色でチェックのスカートが春と秋から冬にかけての服装だ。
目の前の彼女たちは、濃紺のブレザーにグレーのスカートを着用していた。一人は、普通に真面目そうな娘だったのだが、もう一人がいかにも“グレてる”といった表現が適当な娘で、茶髪でしかも、制服も少し着崩していた。
「じゃあ、私は片づけがあるから」
そう言って、マネージャーは紹介もせずに立ち去っていく。そそくさとした行動を見て俺は、逃げたなと率直に感じた。そして、問題の不良少女に向き直る。
だが、視線を合わせたところで、俺はその視線に射すくめられる。
「あの、すいません部活中に」
「あ、いえ」
と、意外にも初めにそうやって丁寧に言葉を発したのが、茶髪の彼女だった。
「私は、南野華菜っていいます」
南野華菜⁉
「それって、志継の……?」
そこまで言えば分かるようで、二人とも黙って首を縦に振った。
しかしなんだ、この殺伐とした空気は。
「水原由雄さん……だよね?」
そこで、もう一人の彼女も口をはさむ。
「はい、そうです。もしかして、志継から俺の話でも聞いているんですか?」
「ええそうなんですよー! 最近の志継、水原さんの話でもちきりで……あいた!」
そこまで言うと、華菜さんがお連れさんの頭を小突いていた。どうやら、一見真面目そうな黒髪の彼女は、少々空気が読めないようだ。
「今日は、そういう話をするために来たんじゃないでしょ? 由梨」
由梨、と言われた彼女はおでこを擦りながら、涙目になっていた。そういえば……
「あなたのことも、志継から聞いてる。幹元由梨さん……だっけ?」
幹元由梨。外見どおり真面目な子なんだけど、何というか、パニックに陥りやすい子だったはず。
「うん……そうだよ。いてて……」
未だに額を押さえたまま、涙目になりながらこっちを向いている様子は、まるで幼児のようでもあった。こういう子なんだな。
「今日はどうしたんですか? わざわざ原高校まで来てもらって。志継に何かあったの?」
何の考えもなしに言ったはずの一言だったのだが。
「……」
あながち的外れでもなかったらしい。
「何かあった……というわけでもないんだけど。一つ聞いてもいいですか?」
相変わらず、見た目とは裏腹に丁寧な口調で華菜さんはそう言う。俺がうなずくと、華菜さんは一呼吸置き、言葉を選びながら言葉を発する。
「あの子、志継に何か変わった様子はないですか?」
「……いや、特にないと思うけど。俺も、あいつと話しするようになったのは、ここ最近のことだし」
嘘は言ってないが、本当のことも言ってない。壁越しから聞こえたアイツの声。まだ、あのアパートに住むようになってからの志継の様子を考えると、明らかに様子が変わった時があった。それが……
「志継、元々は陸上の選手だった……ということは聞いてますか?」
そう。あの事故があったというあの日。あいつの部屋から、悲しみにも怒りにも該当しない、そんな複雑な感情のこもった声が聞こえてきたのは、その時だ。
「聞いてる。本人からは事故だって聞いてます」
わざと、哀愁を漂わせた表情を作ってみる。
「ん? どうしました?」
「ああ、いや別に」
「……」
由梨さんはともかく、華菜さんは何かに気付いてくれたようだ。なるほど。こういう人なのか。
「……また、来ます。その時また、なにか聞かせてください」
「わかりました。ありがとう」
小さく会釈すると、向こうもペコリとおじぎし、意味深な視線を残し帰っていった。