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壁越しの二人   作者: 雄たけび巨人
第5章 壁越しの心音
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うそつきと正直者

 今の私にとって、最も残酷な言葉。

 彼女は、今、ただの邪魔者。

 志穂ちゃんまでもが、先輩のもとへと往こうとする私を引き留める。邪魔する。

 次第に、私はイライラしてきた。

 他人の優しさなんて、要らないのに。

 欲しくないのに。邪魔なだけなのに。


「そんな優しさ要らない。帰ってよ」


 とても、辛辣な言葉を彼女に告げた。

 そのはずだった。

 しかし、彼女から返ってきた言葉は、まるで私の言葉を『その程度?』と言わんばかりに跳ね除けるものだった。


『……優しさ? そんなもので、あたしは動かないよ。志継さん、誤解してるよ。今のあたしは、志継さんの友達として来たんじゃない。恋敵として来たんだよ』


 さらに、言葉をかぶせる。


『志継さん、死にたいんでしょ?だったら、勝手に死ねば? でもね、今の志継さんは絶対に死ねない。なんでだと思う? その部屋にいる限り、その答えは絶対に出てこないよ』


 体が震えた。

 

「志穂ちゃん、何を言ってるの? 別にそんなつもりないし、私はその、元気だよ?」


 さっきから、特に右手が震えている。

 鈍色に輝く物体を携えたまま。

 私を貫く役目を『ソレ』に託すはずだったのに。


『また誤魔化すんだ。いつまで通用すると思ってるの? あんたの本性は、もうバレてるのよ!』


 (やめて……)

 私は、二本の脚で立っていられなくなり、左手と頭を壁に寄りかけ、やっとのことでバランスを保つ。胸が……苦しい。


『いつまで、自分の殻に閉じこもってるの? あそこにいた人たちは、由雄くんは、本気であなたを助けようとした。そんな人たちがいたからこそ、あたしも今ここにいる。優しさとか、そんな生温い気持ちでここには来てない! 絶対に、志継さんを助ける……そう思って、あたしはここにいるんだ!』


「………………」


『……なんか、言ってよ。うそつき』


 その一言を聞いた瞬間……


「うそつきは、そっちじゃない! 私を助けるなんて、嘘ついて……みんな先輩みたいにどうせ私を……」


『どうせ?』


 私の無警戒な一言に、志穂ちゃんは反応した。


――ドン――


 壁を強く叩く音が響く。

 びくっと私を体を震わせるも、それで終わりじゃなかった。


『ふざけんな! 全部が全部、あなたの想像と同じだと思わないで! 勝手に決め付けて、逃げて、あたしたちを見下さないでよ。……なんで、由雄くんを信じてあげられないのよ!』


「………………」


 ああ。

 もうだめだ。

 すべて消してしまおう。

 音も、気持ちも、存在でさえも……


『……ねぇ、しの………………!』

「もう……やめて……」


 私は、鈍色に光る凶器を壁に向かって突き立てていた。


「もう……やめてよ……」


 そしてまた一言。

 手先には、有機物を貫いた感触。

 ずる……ずる……

 ゆっくりと静かに引き抜いていく。

 やっと全貌を現した相棒は、切っ先を赤く染めていた。

 初めて役に立ったね。

 不思議なことに、私の顔には笑みが……


『残念だったね』

「!」


 私は、再び絶望に苛まれる。

 どうして?


「もう……許してよ……。私を先輩の下へ連れていってよ。誰でもいい。神様でも悪魔でもいい。先輩のもとへ行けるのなら、誰か……」

その言葉をぶちまけた瞬間、私の手から凶器が放たれ、床に落ちてやかましい音を立てた。

そんな音とは対照的に、志穂ちゃんは痛みに苦しみ辛そうな……それでいて、ゆっくりと穏やかな声で語りかける。


『……ねぇ。志継さんは、どうしたいの?』


「それは……」

私は、言葉に詰まる。

死にたい……その一言が出てこない。

その一言を出そうとするたびに、喉の奥がキュッと締まる。


『志継さんは、伊達先輩のことが好き?』


「……うん」

まるで絞り出すような声。


『由雄くんのことは?』

「………………」


これには、答えられない。

分からない。

ほんとにわからない。


『前にも話したと思うけど、あたしは由雄くんが好き。大好き。志継さんみたいな後ろ向きな気持ちでもない。志継さんが、これ以上借り物の考え方で他人の言葉を喋り続けるっていうなら……』


一拍置いて、志穂ちゃんは放った。


『もう、手段は選ばない』

「!」


ドン!と、今までで一番大きな音が向こうから聞こえた。

ドン!ドン!

まだまだ、音は続く。

次第に、壁からミシッと軋む音が聞こえたような気がした。


「ひっ!」


何故かはわからない。志穂ちゃんは怒っている。

志穂ちゃんの怒りが、殺気が、目の前の頼りない壁からひしひしと伝わってくる。

(怖い……!!)

殺される。そう思った。

少し前の私なら、喜んで目の前の未来を受け入れられたはずなのに。

死にたかったはずなのに。

(怖い……!!)

その感情で頭がいっぱいだった。


ドン!ドン!

まだ音は続く。

殺される!殺される!


…………タスケテ!…………

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