うそつきと正直者
今の私にとって、最も残酷な言葉。
彼女は、今、ただの邪魔者。
志穂ちゃんまでもが、先輩のもとへと往こうとする私を引き留める。邪魔する。
次第に、私はイライラしてきた。
他人の優しさなんて、要らないのに。
欲しくないのに。邪魔なだけなのに。
「そんな優しさ要らない。帰ってよ」
とても、辛辣な言葉を彼女に告げた。
そのはずだった。
しかし、彼女から返ってきた言葉は、まるで私の言葉を『その程度?』と言わんばかりに跳ね除けるものだった。
『……優しさ? そんなもので、あたしは動かないよ。志継さん、誤解してるよ。今のあたしは、志継さんの友達として来たんじゃない。恋敵として来たんだよ』
さらに、言葉をかぶせる。
『志継さん、死にたいんでしょ?だったら、勝手に死ねば? でもね、今の志継さんは絶対に死ねない。なんでだと思う? その部屋にいる限り、その答えは絶対に出てこないよ』
体が震えた。
「志穂ちゃん、何を言ってるの? 別にそんなつもりないし、私はその、元気だよ?」
さっきから、特に右手が震えている。
鈍色に輝く物体を携えたまま。
私を貫く役目を『ソレ』に託すはずだったのに。
『また誤魔化すんだ。いつまで通用すると思ってるの? あんたの本性は、もうバレてるのよ!』
(やめて……)
私は、二本の脚で立っていられなくなり、左手と頭を壁に寄りかけ、やっとのことでバランスを保つ。胸が……苦しい。
『いつまで、自分の殻に閉じこもってるの? あそこにいた人たちは、由雄くんは、本気であなたを助けようとした。そんな人たちがいたからこそ、あたしも今ここにいる。優しさとか、そんな生温い気持ちでここには来てない! 絶対に、志継さんを助ける……そう思って、あたしはここにいるんだ!』
「………………」
『……なんか、言ってよ。うそつき』
その一言を聞いた瞬間……
「うそつきは、そっちじゃない! 私を助けるなんて、嘘ついて……みんな先輩みたいにどうせ私を……」
『どうせ?』
私の無警戒な一言に、志穂ちゃんは反応した。
――ドン――
壁を強く叩く音が響く。
びくっと私を体を震わせるも、それで終わりじゃなかった。
『ふざけんな! 全部が全部、あなたの想像と同じだと思わないで! 勝手に決め付けて、逃げて、あたしたちを見下さないでよ。……なんで、由雄くんを信じてあげられないのよ!』
「………………」
ああ。
もうだめだ。
すべて消してしまおう。
音も、気持ちも、存在でさえも……
『……ねぇ、しの………………!』
「もう……やめて……」
私は、鈍色に光る凶器を壁に向かって突き立てていた。
「もう……やめてよ……」
そしてまた一言。
手先には、有機物を貫いた感触。
ずる……ずる……
ゆっくりと静かに引き抜いていく。
やっと全貌を現した相棒は、切っ先を赤く染めていた。
初めて役に立ったね。
不思議なことに、私の顔には笑みが……
『残念だったね』
「!」
私は、再び絶望に苛まれる。
どうして?
「もう……許してよ……。私を先輩の下へ連れていってよ。誰でもいい。神様でも悪魔でもいい。先輩のもとへ行けるのなら、誰か……」
その言葉をぶちまけた瞬間、私の手から凶器が放たれ、床に落ちてやかましい音を立てた。
そんな音とは対照的に、志穂ちゃんは痛みに苦しみ辛そうな……それでいて、ゆっくりと穏やかな声で語りかける。
『……ねぇ。志継さんは、どうしたいの?』
「それは……」
私は、言葉に詰まる。
死にたい……その一言が出てこない。
その一言を出そうとするたびに、喉の奥がキュッと締まる。
『志継さんは、伊達先輩のことが好き?』
「……うん」
まるで絞り出すような声。
『由雄くんのことは?』
「………………」
これには、答えられない。
分からない。
ほんとにわからない。
『前にも話したと思うけど、あたしは由雄くんが好き。大好き。志継さんみたいな後ろ向きな気持ちでもない。志継さんが、これ以上借り物の考え方で他人の言葉を喋り続けるっていうなら……』
一拍置いて、志穂ちゃんは放った。
『もう、手段は選ばない』
「!」
ドン!と、今までで一番大きな音が向こうから聞こえた。
ドン!ドン!
まだまだ、音は続く。
次第に、壁からミシッと軋む音が聞こえたような気がした。
「ひっ!」
何故かはわからない。志穂ちゃんは怒っている。
志穂ちゃんの怒りが、殺気が、目の前の頼りない壁からひしひしと伝わってくる。
(怖い……!!)
殺される。そう思った。
少し前の私なら、喜んで目の前の未来を受け入れられたはずなのに。
死にたかったはずなのに。
(怖い……!!)
その感情で頭がいっぱいだった。
ドン!ドン!
まだ音は続く。
殺される!殺される!
…………タスケテ!…………




