生の拘束
「はぁ! はぁ! はぁ!」
二階堂は、走っていた。
何の目的もなく。ただ、闇雲に。
屋上を降りて、3階、2階へと。
途中、彼女を訝しげに見る生徒もいたが、そんな事象は視野にも入らない様子で、彼女は走っていた。
「………!」
そんな、彼女の足が一階の正面玄関に止まる。
彼女の表情は、驚愕から一種の恐怖の色を浮かべ、その視線は下駄箱で革靴に履き替えようかとしている野嶋志継を捉えていた。
「あ……あ……」
二階堂の口から、はっきりとしない声が漏れだす。
そんな二階堂の姿が、野嶋の視野にも入ってしまった。
「あ」
視線が正面からぶつかり合う。
お互いに、恐怖と怨恨の象徴的存在。
只事で済まないことは、容易に想像ができた。
しばらくの硬直のあと、二階堂が先に歩を進める。
つかつかと、派手に足音を響かせ、出来るだけいつものような高飛車な態度を取ろうと野嶋に詰め寄る。
「………あんたぁ。まだわかってないみたいね」
「すいません」
「私は、早く消えてって言ったのよ。何で、平気な顔して未だに部活に来れるのよ? あんたのせいなのよ! あんたのせいで望は死んだのよ!」
「すいません」
「あんた! ほんとにわかってるの?」
「す、すいません」
野嶋は、二階堂に胸倉を掴まれしっかりと声を出すことはできなかった。
そして、ここで二階堂は気付く。
(なによ……この子)
濁りきった眼。
決して動くことはないであろう、表情。
言うなれば『無』だった。
(この子……本当に生きてるの?)
二階堂の記憶の中でも最も鮮明な、伊達の死に顔でさえもっと生気に満ちていた。
死者よりも尚死に向かっている表情。
二階堂は、戦慄する。
そして、今まで考えてはずっと否定したことが真実であると突きつけられる。
(わたしの……わたしのせいで……!)
耐えきれなくなり、二階堂は歯噛みしたままついに、禁句を告げる。
「あ………………………………あんたなんか」
「…………」
「……あんたなんか、死んじゃえばいいのに!」
「………」
ついに、言ってやったぞとでも言わんばかりに、二階堂は肩を大きく震わせていた。
しかし。
「ッ!」
その直後の野嶋の表情に、二階堂はさらに戦慄する。
「そう……ですよね。私なんかが生きてちゃいけないですよね」
満面の笑みだった。
動きだした口角は、上方へと移動し、目じりは皺をつくり、人生最高の幸福でも見つけたかのような表情をしていた。
「ち……違う」
「え?」
「違う……ちがうちがうちがうちがうちがうちがう……」
(なんで、なんでよ。私を自由にしてよ! もういいでしょ? あなたは、私を恨んでさえくれればいいの。私を、私をぉ!)
野嶋の胸倉を掴んだまま、二階堂は固まり、そして顔を伏せる。
と、思った瞬間。
急速に顔を上げ、血走った眼は野嶋を捉え……
――ガツン――
野嶋は後ろの下駄箱に叩きつけられる。
しかし、彼女は一言も声を漏らさず、その場に座り込む。
そんな彼女を放っておいて、再び二階堂は走り出す。
元来た道を。
屋上に向かって。




