消せない後悔
事故から、少し経ったある日。二階堂沙織里は、自室で体を丸め一人で泣いていた。
そこには、学校で見せる強気な姿は一切なかった。
「うぅ…………ぐすっ……のぞ…………むぅ……」
辺りは、真っ暗だ。
まるで、二階堂の心境を表しているかのようなドス黒い闇だった。
そんな中で、二階堂は一人で泣いている。
ただただ、伊達の死に絶望し、歩くことも、立つことも、息をすることすら諦めてしまいたいそんな心境が見てとれる。
「のぞ…………………………むぅ!!」
抱いていたクッションをさらに強く抱きしめ、嗚咽の声を上げ続ける二階堂。
その眼には、もはや輝きはなく、曇りきっていた。
「……………………………………」
そんな彼女の表情に、新たな色が加わる。
『後悔』の色。
しかし、それは伊達を失ったものとは異なる。
さらに言えば、『悲しみ』は分かるとしても、彼女が伊達の死に対して『後悔』する
といった点が少し不可解である。
「………………………………しのぶ」
その名は、本来彼女にとっては憎しみの対象であったはずが、今の彼女にはそんな感情は見られない。
「………………わたしが…………いなく……なれば…………良かったのかな…………?」
そう、呟くと、クッションに顔を埋めて再び泣きわめく。
感情のコントロールがうまくできていない。
そんな風に、大抵の人は思うだろう。
「……………………がっこう……」
やっと、泣きやんだ彼女はそうつ呟くと、歯車の止まった人形のように眠りだした。
―――翌日―――
二階堂は、朝、やっとのことで身体を起こし学校へと向かった。
良家の一人娘でもある彼女だが、いわゆるドラマで見るような豪邸でなく、
一般家庭よりも少し立派な邸宅に二階堂は住んでいる。
両親は、朝早くから出勤してしまい、夜も遅い。
会話は一日を通してほとんどない。
自然と、二階堂沙緒里は『人形』と化していった。
「……………………」
家では、物言わぬ人形。
学校では、その弱さを隠した我儘なお嬢様。
「………………」
演技はしていない。
そんな技量がない事は、彼女自身がわかっている。
友達はいるが、心から信頼できる『親友』というものが彼女には存在しなかったのである。
「……………………」
そんなとき。
彼女が、何気なく学校生活を消化するだけの毎日を過ごす中。
高校一年生の冬、彼女は伊達望に出会った。
「……のぞむ」
ひとりぼっち、その苦しみを分かっている唯一の人間。
しかし伊達は、当時から数多くの友人に囲まれた、いわゆる人気者だった。
そんな彼と、接触できたのは、彼らがお互いに一人だけで下駄箱の前にいたときである。
同じクラスだったが、会話する機会がほとんどなかったのだが……
二階堂が、彼に話しかけたことをきっかけに交流が始まった。
『……あんた、そんな寂しそうな表情もするのね』
『あ、わかる?…………でも、お前もなんだか、そんな感じだよ』
『…………そんなこと』
『なあ、お前、陸上部のマネージャーやらないか?』
『は?』
(あの頃から、望は変わってたね)
口元に少し笑みを浮かべ、彼女はもうこの世にいない故人を悼んでいた。
そして……もうすぐ学校が近づいてくる。
もう、彼女にとっては、行く価値のない。
なんの、生きがいもない、そんな学校が。
――
彼女は、無気力に授業を終え、行く必要のなくなった部活を後にして、帰ろうとしたところである。
校門の前で、ジャージ姿の彼に呼び止められる。
「……なによ? 部活なら行かないわよ。もう、望もいないし」
「………話がある」
「いまさら………何の話?」
そう言われて、彼、円剛は静かに彼女の目の前まで詰め寄る。
「確かめたい事があるんだ」
「…………」
二階堂は、無言で円を睨みつける。
憎しみ……というよりも、気だるさに満ち溢れた視線が円に向けられる。
「わかったわよ……どうせ、志継のことでしょ?」
「……。人気のないところに移動しよう」
「……じゃあ、屋上で」
―――
「………んで、なに? 私も暇じゃないから、早くしてほしいんだけど」
このとき、二階堂にはある程度の内容は予想出来ていた。
志継の話になることは、何よりわかっていたが、この円はそのことで話があり、何かを直談判でもするつもりなのだろう。
あるいは、説得か……
「……お前、志継に何を話した?」
少し、予想と逸れた話題で、二階堂は肩透かしを食らい、露骨に嫌そうな表情を浮かべる。
これ以上、志継の話をしたくないという気持ちも強いのであろうが。
「別に。当たり障りのない事しか言ってないけど」
「……だったらなんで、志継はあんな辛い表情で部活に来てるんだ⁉ 」
「……あの子、まだ部活に来てるんだ」
二階堂は、憎しみで表情を歪める。
(違う……)
「あいつが、学校に来ることがそんなに嫌か?」
「だって! あの子……あの子」
(違う……のに)
「……はあ」
場に哀愁が漂い、重たい空気が流れ始める。
「なあ、どうしても志継が許せないか?」
「当り前じゃない!」
(違う! 違う!)
「……ほんとは、許す許さないっていう時点で論点が違うと思うんだが……」
「……何が言いたいの?」
しばしの静寂が流れる。
しかし、その間に耐えられなくなったのか、円が口を開く。
「お前なら、もう気付いてたと思うんだが……」
「勿体ぶってないで、早く言えば!」
「望の気持ちだよ」
「………」
――今度こそ、本当に静寂が流れる。
苦痛とも絶望ともとれる表情ではあったが、それは『空虚』な表情だった。
今の彼女は、何も感じない、何も考えない、そんな空っぽな表情をしていた。
覚悟はしていたのだろう。
献身的な野嶋に対して、伊達が好意を寄せないはずがない。
そんな静寂の中、二階堂は急に表情を怒気の溢れたものに変え、言い放った。
「私が消えればいいの? 私が消えれば、あんた達は満足なの?」
「ちょ、待てよ! おま……!」
ガシャンという、大きな音とともに円は二階堂に背中のフェンスに叩きつけられた。
「認めなさいよ! あんた達は、私の事が邪魔なんでしょ? 認めてよ! それに、あの事故だって、私がわざとやったものだって気づいてるんでしょ⁉ 」
後半の言葉にやっぱりと思いつつも、前半の言葉に若干の疑問を抱いた円だったが、その疑問に解決策を見出す前に二階堂は走り去って行ってしまった。
「ゲホッ! ゲホッ!」
屋上には残されたのは、四つ這いになって歯噛みする円と……
「……ちくしょう!」
彼の唇から流れる鮮血だった。




