疫病神
十数分後、救急車が来て近くの病院に先輩は搬送された。みんなの話を聞く限り、トラックが迫ってきた時に先輩はみんなをかばってトラックから遠ざけようとしたらしい。その時に、何人かは頭から転んで脳震盪を起こして倒れていたのだ。しかし、当の先輩本人は逃げ遅れ、車体の左側バンパーにぶつけられてしまったという。
そして、問題のトラック運転手は警察の話を聞く限り、昨日から長距離運送で寝不足だったらしい。運転手の方は、店に突っ込んでしまったときに頭を強く打って亡くなってしまっている。即死だったらしい。どうして、そんなことにまで興味が湧いたのか。
おそらく、誰かを恨んでいたかったのかもしれない。そうすることによって、だれかに怒りをぶつけたかったのかもしれない。こんな事あって良いはずがない。そう……
「……」
なんで私は、手術室の前でなく。
「……」
霊安室なんて場所にいるのだろう。
「……」
先程から、紗緒里先輩の泣く声が聞こえる。私は目の前の現実をこれっぽっちも受け止められていなかった。信じたくなかった。先輩が。先輩が。
「……」
「ノゾムぅう……何でよぉ……何で死んじゃうのよぉ……! 噓って言ってよぉ……いつもみたいに……笑ってよぉ……ねぇ!」
私は耐えられなくなって、目の前の現実から逃れたくて私は……霊安室の外へと足を運んだ。正直なところ、紗緒里先輩のいないところで泣いていたかった。先輩が死んでしまったことを悲しみたかった。
ただそれだけの行動もとうとう叶うことはないのだ。
「……疫病神」
紗緒里先輩の囁くようなそれでいて、憎悪に満ちていた一言に私は足を止めてしまった。明らかに伊達先輩に対する言葉でなかったからだ。私は先輩の方へと向き直る。そして、先輩の視線が伊達先輩ではなく、私に向けられていて丁度私の視線と先輩の視線が合わさるような形になってしまった。
「この疫病神……!」
今度はもっと強い語調で。
「あんたが望のことを好きになんてならなければ……こんなことには……こんなことにはならなかったのに…‼」
今の私には先輩の言葉を否定する気力なんてなかった。支離滅裂な言いがかりなような気もしたが、この時の私は、何だか先輩の意見が最も妥当な意見のような気がしてならなかった。
「…そう、ですよね」
もう、考えること自体が億劫になっている自分がそこにはいた。なんでバレていたんだろうとか。そんなことどうでも良いことだったし。
「……分かってるんだったら、早く消えて‼ 私の目の前からとっとと消えて‼ それとも、また痛い目に合わせてあげようか」
そこで、先輩は立ち上がり、こちらへとゆっくりと近づいてくる。もう、どうにでもなれと思っていた。
「おい‼ 何騒いでるんだ!」
騒動を聞いて円先輩が駆けつけてくれたみたいだ。
「コイツが!この女が悪いのよ! この女がぁ……‼」
「止めろ!…紗緒里ぃぃ……!」
円先輩が紗緒里先輩のことを捕まえててくれてるから良いものの、先輩は私のことを今にも殴りそうな勢いだった。ああ、そうか。私は好きな人が死んでも悲しむことすら許されないのか。
「っ‼ あんた‼ 何笑ってるのよ、ふざけんなぁあ‼」
なんだか、何もかもがどうでもよくなってしまった。どうやら私は、今笑ってるらしい。好きな人が死んでしまったというのに。
「志継っ‼」




