雨
6月上旬。梅雨入りの季節。曇天の下の通学路。道路沿いのこの通学路は、陸上部にとってはジョギングのコースでもあった。歩行車と自転車が交差しようとするだけでいっぱいになるこの道を、大原高校陸上部長距離部員は二列に並んで走っている。先頭を伊達望と円剛が走り、その後ろを2年生が3人、1年生部員が4人という順番で走っている。そして、その少し後ろを野嶋と二階堂が自転車でついていく。
「あー、晴れねーな。あと、今月末には記録会があるっていうのによー」
思い切った練習ができず伊達もストレスが溜まっているようで、思わず愚痴をこぼす。
「仕方ないだろー。一応、梅雨なんだからさ」
円がそれに答える。円は周囲を見渡し、他の部員がちゃんとついてきてることを確認する。そして、後ろのマネージャー2人を見て、次に、伊達のことを順番に見ると、円は以前から気になっていたことを聞き出す。
「お前さ……」
「……ん?」
円の様子に少し違和感を覚えた伊達は、思わず円の方へと視線を向ける。
「……志継のことどう思ってるんだ?」
「……」
「…好きなんだな?」
円の様子が威圧的なものになっているのを伊達も他の部員たちも感じていた。
「……」
黙秘を肯定という意味に置き換えて、伊達は円に答えを返す。
「紗緒里にだけは悟られるなよ。お前、志継と一緒で表情に出やすいんだから」
ここだけは、他の部員に聞こえないように声を小さくして伊達に念を押す。
「わかってるよ。それに」
「それに?」
「沙緒里と一緒にいたいって気持ちに嘘はないんだ。色々と問題ある奴だけどさ、それは認めてるけどさ、でも、俺にとって必要人なんだ」
伊達は、気付かれないように少し含みを込めた笑顔を向けるが、その変化を円は見逃してはくれなかった。
「お前……紗緒里が傷つくからって無理してるんじゃ……それにお前」
まだ何かを言おうとする円の言葉を、伊達は首を振ることで制する。
「そんなことないよ。確かにあいつは、我慢できないし、一人でいることは特に耐えられない奴だけど、それでも孤独でいることがどんだけ辛いことかを誰よりも分かってる奴だって思う」
伊達は、遠くを見るような眼を円に向ける。
(そんなの、ただお前が志継を選んで紗緒里を捨てることに怖さを感じているだけじゃないか……)
円は説教の一つでもしたかったが、目の前にいる男がどれほど優しい人間かというのを知っていたため、そんな大それたことはできなかった。この場で、一番辛い立場にいるのは伊達だということを知ってるのは円だけだったのである。
「……わかった」
そして、その声を合図にしたかのように円はスッとペースを上げた。
「なんだか、雨強くなってきたわねー」
走り始めてから10分程度経ち、小降りだった雨が徐々にその勢いを増してきた。二階堂沙緒里は、その雨を煙たそうにして、明らかに機嫌を悪くしている。
「そうですね」
野嶋もさすがの雨に、若干運転がおぼつかなくなってきている。
「危なっかしいわね……ちょっとこの雨だし、もう中止にした方が良さそうね」
野嶋も二階堂の意見には賛成だった。ここら一帯は長距離トラックによる事故がこの時期になると多くなる。
原因は、運転手の寝不足と路面が濡れていることによるタイヤのスリップ。そのことも考慮してか、最近は外練習を避けてきたのだが、今日は小降りであったことから大丈夫かなという判断で今回は外練習ということになったのである。大会が近いというのも要因の一つではあるのだが。
「霞がかってきましたし、危険ですね。先生に言って体育館借りてきます」
野嶋は進路を学校へ向け、出来る限りの全速力で走りだす。
「早くして、ああもう、うざったいわねこの雨」
そして、さらに雨は勢いを増していく。
信号が赤へと変わる。




