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壁越しの二人   作者: 雄たけび巨人
第3章 壁越しの雨音
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幕間 『決意と迷い』


「なぁ……ほんとに行くのかよ?」


俺は、その言葉を眼の前の少女に投げかける。

その質問が無駄な行為であると分かっていても、そう言わずにはいられなかったのだ。


「うん」


自分の好きな人の応援に行くのに、その表情は決して浮かれていない。

むしろ辛そうな表情。

いろいろな気持ちを込めた肯定の言葉であったに違いない。

そんな彼女を俺は、止めるべきなのかどうか迷っていた。

できれば、止めたい。

想いを告げても、傷つくだけ。

そんな眼に見えた結果が待ち構えているのなら、止めてあげるのが道理ってものだろう。

ただ傷つくだけなら。


「……なぁ」


なんの考えもなしに言葉を投げかけてみる。


「………………」


返答はない。

彼女はただ黙々と支度を進めるだけだ。


「……なぁ」


もう一度、言葉を投げかけてみる。

だが、同じく返答はない。


「……」


返答の代わりに、彼女は支度を進める手を速めた。

動揺している。そう思った。

彼女は、ずっと一人で頑張ってきた。

アイツが助けてくれるまで、本当にお前はひとりぼっちだったよな。

そして、今も一人で頑張っている。

俺の力を頼らずに、ただひたすらに必死で「弱い自分」と戦っていた。

そんな事を考えているうちに、自然と俺の体は動いていた。


「……なぁ」


「……」


今度も返答はない。

手も止まっている。


「……」


今は、俺の手の中に彼女の手がある。

意地悪じゃない。

これは俺の気持ち。

貫こうとする彼女に対して、俺は未だに迷っている。

だから、止まることができる。

このままひたすらに直進するしかない彼女の足を止めることができる。

俺は見ていなければいけない。

進むのでなく、誰かが躓いてケガをしないように守らなければいけない。


「……」


俺は怒るでもなく、同情するわけでもなく彼女の表情を見ていた。

どうしたら彼女を救えるだろう。

あのときは、あいつが助けた。

でも、今回の彼女はその救世主によって苦しめられている。

ここ数日、あいつは自分の目標しか見えていなくて、周りにいる奴らの気持ちをすべて無視して、走ることだけに専念してきた。

あいつ自身の大事な人だけのために、ただ無心に走っている。

でも、走れば走るほど、自分の体を、そして心を傷つけていた。

それが分かっているから、彼女は自分の気持ちを押し付けられない。

『こっちを向いて』と願うことができない。

ただただ、走ることに専念できるように、見守ることしかできない。

それでも、そのことが最善とは限らない。

事実、あいつはもう限界だ。

自分の足元がまったく見えていない。

俺には、あいつが何故あそこまでムキになって走るのか理由が分からなかった。

だけど、おそらく彼女には分かっている。

そのことも含めて、彼女は自分の気持ちを全て我慢している。

そんな彼女を助けてやれるのは、俺しかいない。

でも、『自分は大丈夫』と言わんばかりの態度でこれまで俺に接してきた。

だから、好きにやらせた。そうするしかなかった。

躓くことが眼に見えているのに俺は見逃してきた。


でも、もう我慢できない。

助けたい。


これまでの彼女は、傷つきすぎた。

あいつも必死だった。

何に必死だったかわからない。

俺は、まだ迷っている。

助けたいと、そう強く願っているはずなのに、俺はまだ迷っている。


『お前は、よく周りが見えてるよな』


なんてこと、誰かに言われたことを思い出す。

今は、そのことが邪魔になっている。


いろんな人間の気持ちを知りすぎた。

見えすぎてしまったのだ。


「なぁ、俺は……」


「……どうしたらいい?」


俺の声は、震えていたと思う。

泣いてはいなかった。そう思いたい。

だって俺は、仮にも男だ。


「今、目の前で泣いてるお前を救うにはどうしたらいい?」


女を守るのが男の役目だ。


「……」


最後まで、立っていなければ。

それが、俺の役目だ。


「シゲくん……」


「何だ?」


俺は、未だに震える声で聞き返す。


「ひとつ、約束するから、シゲくんも約束して」


「………………」


俺は言葉を待つ。

きっと、目の前の少女は大体の事は想定している。

そんな奴なのだ。

覚悟を決めたのだ。


「今日から、あたし強くなる。だから、今までどおり、あたしの好きにさせて」


「もう、泣かない。頑張って我慢する。大丈夫じゃないけど、もう、決めたから」


悲しみは……何故か、伝わってこない。

それほどまでに、感情を押し殺している。

でも、それでも押し殺しきれない感情が涙となってあふれてきている。

そんな風に、俺には見えた。

だから、俺はそんな彼女に。


「わかった」


その一言しか投げかけることはできなかった。


そんな俺だから、俺はきっとこれからも迷い続ける。


そんな俺は、きっと泣いてなかったんだ。







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