あきらめられない
「……………………………………………………………………」
先ほどとは違う意味で、あたしは言葉を失っていた。
「……よ、よし………………………………ぉ………………く」
どうにか、声を出そうにも、上手く声にならない。
ただこの時は、自分自身でも驚くくらい頭の切り替えが速かった。
一瞬で、自分の頭の中を冷静にした。
今は、混乱しているときじゃない。
動く時だ。
階段を下りて、トラックの近くに行くと状況がはっきりと確認できた。
「っ……‼ 由雄くん‼」
由雄くんがゴールの数メートル手前で倒れている。
先程、上から見ていた限りでは、雨で濡れたトラックのコースに足を滑らせ転倒したように見えた。
もう終りだ。
由雄くんのレースは終わったんだ。
そう、思いたかった。
でも……
「………!」
由雄くんの手は固く握られて開かない。
遠くから見ても、それは分かった。
諦めたくない。
そんな気持ちが伝わってきた気がした。
「よ……由雄くん! 起きて‼」
今考えれば、なんと馬鹿なことを言ってしまったのだろう。
あたしは、由雄くんにさらに近付いて呼びかける。
近くで、係の人が担架を準備していた。
見覚えのある先生が、姿を現した。確か、原高校の陸上部顧問だったはず。
他の部員の人たちもやってきた。
そして、あたしは必死に呼びかける。
このままじゃ、由雄くんのレースが本当にここで終わってしまう。
そんなの、嫌だ‼
「起きて、まだ終わってない! 終われないよ‼ 由雄くん‼」
「由雄! 起きろ‼」
いつの間にか、隣にシゲくんがいた。小雨の中で、一緒に由雄くんを見守る。
止められるかと思ったあたしの行為は、彼によって支えられていた。
あたしは、さらに勇気が湧いた。もう迷わない。
一旦、深呼吸して。
「由雄ぉ! 起きろー‼」
さすがの大声に、シゲくんも驚いていた。
近くにいた他の人達も、驚きの表情だ。
でも……あたしじゃない。
今は、彼を見てほしい。
「……う」
そうだよ。
それでこそ、由雄くんだよ。
「はぁ………………はぁ……………………はぁ……はぁ…………」
吐息が、耳の傍で聞こえてきそうだった。
(やめて)
その言葉を、飲み込んだ。
やっとのことで立っている由雄くんは、頭から血を流しフラフラだった。
「……はぁ………………はぁ…………」
「!」
一瞬、あたしのことを見たような気がした。
あとは、じっと見守ろう。
係の人、監督、部員、その他の人々全てが見守っている。
いや、正確には近寄れないようだ。
できれば、今すぐにでも救助に向かいたい。
しかし、レースの全てはまだ終わってない。
その上、今の由雄くんには他を寄せ付けない気迫があった。
そして。
「………………くぅっ!……」
一歩を前にだす。
そして、もう一歩。
「水原! もういい! もう止まれ!!」
先生が、そう声をかける。
でも、お願いします。
最後まで走らせてください。
今回の由雄くんには、レギュラーになること以上の目標がきっとある。
だから、お願い……
「……」
あと一歩。
「………………くは!!………………」
由雄くんはゴールラインに着いた途端に、膝から崩れ、再び倒れた。
ゴールした。
やっと、終った。苦しみながらも、彼は走り切ったんだ。




