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壁越しの二人   作者: 雄たけび巨人
第3章 壁越しの雨音
13/38

快走 その裏に


あたしは、今。町内の運動競技上にいた。前にも話していたが、今日は由雄くんにとっても大事な日。さっき、志継さんにも会って、少しおしゃべりした。なんでも、大島高校陸上部は、マネージャーが一人だから、大変らしい。

忙しいということなので、私も悪いと思い、すぐに解散となった。

「おう、志穂」

「あ、おはよー」

 途中、シゲくんと合流して競技場の観客席へと移動する。あたしとシゲくんは、少し高い位置からレースの全体を見渡していた。

一般の観衆扱いなので、もっとも近いところでの応援は許可されていなかった。

由雄くんはアウトコースのレーンで、スタートの合図とともに急発進した。まるで、短距離走のように走るなと少しぼんやりと眺めてしたら、あっという間に一位になっていた。

この時点ではまだ後続との差は少し。1mくらいだった。

その距離を保ったまま、レースは進んでいく。


2000m。

トップ集団は、由雄くんを含む5人。どこも速い人ばかりが集まっている。

あたしもそれほど詳しくはないので、あまり大それたことは言えないが、それでも誰もが陸上雑誌とかで一度は名を残したことのある人達だった。

由雄くんがこの集団にいるのが、もはや奇跡に近い。

由雄くんもそれなりの走力はあったけど、それでもこの集団、特に大島高校の(まどか)(たけし)さんは安定感抜群の実力者で由雄くんとは天と地ほどの実力差があったはずである。

もう一人、伊達望さんも円さんに負けず劣らずの実力者だった。

その伊達さんがこの場にいない。

それは由雄くんにとって都合がよいかもしれないけど、本人も含めてあたし自身もあまり素直には喜べない。


2500m。

ちょうど、中盤に差し掛かったころだった。トップ集団が3人に減った。 

ただ、後退した2人は決してペースについていけないという感じではなかった。

ここであたしは、重要なことを忘れていたことに気付く。

 表情に余裕がないのは、由雄くんだけだった。


3000m。

後続につけていた2人が、ペースを上げた。

一人、円さんは由雄くんの横に並走する。

もう一人は、由雄くんの後ろにぴったりと張り付いた。

……経験の差。

ここにきて、あたしは初めて由雄くんがペースメーカーにされていたことに気付く。ある程度の力のある人は、少しペースが速くなっても動じない。

むしろ、そのペースに乗っかって他のランナーの自滅を誘う。

その証拠に、先程離れた2人も先頭から10mほど離れた位置でずっと走っている。

由雄くんの自滅は計算済み。

あわよくば、今先頭で走っている2人も抜いていこうという算段だろう。


3500m。

由雄くんの表情に明らかに苦しい表情が浮かぶ。

円さんが一位で、その後ろにもう一人。由雄くんは3位だ。

レースの初めと比べて、フォームが崩れている。

歩幅が伸びない。

なんとか、前に食らいつこうと腕を精一杯振る。

しかしそれが逆に、フォームを崩してしまっている。

身体が、さっきよりも大きく揺れる。

すると、体力の消耗も多くなる。

悪循環。

今、由雄くんは気力で走っている。

「っ!」

見ていると、不安で眼を背けたくなった。

でも……

もう少しで4000mに差し掛かろうという時に、由雄くんの表情、そして鋭く光る眼光が見えた。

由雄くんはまだ諦めてない。そんな眼をしていた。

だったら、あたしも諦めるわけにはいかない。 

弱気になってどうする。

あたしも、何より由雄くんが本気なんだ。

(それは、傍で見てたあたしが一番わかってる……はず。)

一瞬、志継さんの顔が頭をよぎったが、それでもあたしの気持ちも本気なんだ。

諦めたくない。

「……大丈夫」

そう言ったのは、シゲくんだった。

シゲくんの表情を見ると、シゲくんもすごく不安そうな表情をしていた。

「大丈夫だよね」

今度は、あたしがシゲくんに返す。

大丈夫。きっと大丈夫。


ゴールまで、もう1kmをきった。

ここで、実力者ならロングスパートをかけてくるのだが、円さんも例外ではなかった。

円さんの歩幅が伸びる。

比例してスピードも上がり、円さんだけが一位集団から抜きんでる形になった。

その差は、10mくらい。

2人が置いてかれる。

(由雄くん……‼)

あたしは、手を前で組み、うつむいてしまった。

その時、歓声が起こった。


「……‼」


信じられない光景がそこにはあった。

先程よりも腕を大きく振り、顎を前に突き出し、なんと不格好なフォームであろうか。

それでも由雄くんは、今。

今、トップを走っていた。


「っ‼ 由雄くん‼ 頑張れ! 頑張れぇ‼」


インコースを走る由雄くんと、そのすぐ後ろでアウトコースを走る円さんの差はほとんどない。

あたし達に奇跡を見せてくれている。

あまりの光景に、あたしは由雄くんの負担にならないようにと、ずっと我慢していた声をとうとう出してしまった。

でも、これでいい。

あたしは、由雄くんに勝ってほしい。

由雄くんは今でも、頑張ってる。

でも、まだまだ頑張れる。

由雄くんの限界はこんなものじゃない。

だからもっと、もっと!

もっと前に、もっと速く、誰よりも先にゴールテープを切って!

お願い……!

もう少しでゴール。

何百メートルもない。

あたしは最後まで、由雄くんの頑張りが報われることを祈っていた。

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