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救援戦 2

味方の退路を開くために重砲が設置された村への攻撃を開始するミッコとフリード、彼らに勝機はあるのか!?

 

 プロシア帝国、ヨーロッパ中部に存在する帝国制の国家で首都は通称帝都ともよばれるハルシュタット。北はバルト海に、南はハプスブルク•マジャール共和国、西にフランス•コミューン、東はユニオン教会領に接する一大帝国である。それ故、隣国との利権争い、国境紛争は建国以来続いていた。その果ての世界を巻き込む大戦が勃発したのが20世紀初頭、多くの犠牲者をだしてようやく世界は平和に向かっていった。そして大戦からすぐ、一部の大国に世界は分割され尽くすことによって植民地獲得競争も終わりを告げた。争う理由がなくなったヨーロッパの大国達は束の間の平和と史上まれに見る大繁栄に酔いしれていた。

 しかし、



一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一


    1930年5月23日  GMT1718時  タウンゼンの森近く



 錆び付いた三輪軍用車をタウンゼンの森近くの土手でおりて、偽装シートを被せる。ヨラム駐屯地から二時間、今のところは敵に察知された気配はないように思える。ミッコはタウンゼンの森の周辺地図を取り出す。そして目標となる村の位置を赤マーカーで丸をつける。そしていくつかの小さな書き込みをしていく。

 

 軽機関銃を担いだフリード二等兵がミッコの地図をのぞきこむ。

「なにをしておられるのですか?」

「侵入地点を探してる。••••••よし、ここだ。フリード、作戦を説明する」

「は」


 ミッコは地図を地面に置き、まずマーカーで村を指す。

「作戦目標は友軍の退路を開くために、村内に設置された重砲の排除と村の奪還だ。そのためには、現在もタウンゼンの森で散り散りになっている小隊の協力が不可欠だ。いくらなんでも二人での村の解放は難しいからな」

「では、まず小隊と合流を?」

「いや、それもまた難しい。あのバカ広い森で30人ぽっちの人間を探すのは時間がかかりすぎる。だから一気に集める」

「いったいどうやって?」


 ミッコは次に村内の地図を取り出す。(地図の類いはすべてあの士官が用意してくれた。じつに有能だ、とミッコは思う。)

「いいか、俺たちだけでまず村内に潜入する。見張りをかいくぐってここにいく」

 ミッコは村の郵便局をさす。

「なぜ、郵便局なのですか?」

「敵の重砲がおかれている可能性が高いからだ。共和国軍正式採用の重砲の射程距離から逆算して、郵便局前のこの広場ならタウンゼンの森と147国道線をすっぽりおさめることができるからだ。重砲さえ押さえれば、森内の友軍が行動できる」

「しかし、どうやって森内の友軍と連絡をとるのですか?」

「郵便局への攻撃を二人で開始したらありったけの信号弾を打ち上げる、もしくは派手にどんぱちやる。これで気がついてくれなかったら二人のみで攻撃を続行する」

「博打ですね、そもそも郵便局まで敵に見つからずに移動できるかも怪しい」

 不安顔の二等兵と対照的にミッコの顔は明るい。絶対的な自信があるようにも見えるミッコは地図をしまって、フリードの肩を軽く叩く。

「その点はまかせろ』





 森に入るやいなや太陽が身を隠す。夕方の陽が消えて、まるで夜のごとくの暗さが森を支配していた、生い茂る木々のせいだろうか。ミッコはコンパス片手に村を目指すが幾度となく先が見えない不安に襲われる、歩けど歩けど景色が全く変わらないせいだろうか。

しかしそのような経験はミッコはあの忌々しい大地で経験済みだった。

 ふと、ある疑問が首をもたげる。救援隊の小隊はこの森までは無事にたどり着き、この森内で砲撃を受けて散り散りになった、という。

 ならば、敵はいったいどうやって彼らの存在を探りあてたのか?

この深い森である。外から見つけるなど不可能だ。森内に偵察部隊でもだしていたのだろうか?いや、カバーしなくてはならない範囲が広すぎるし、そんな人数に余裕などないだろう。(そこに人数を割くのならミッコ達や小隊が通ってきた街道に見張りをつけるべきだろう)

 

「中尉、もうすぐ小隊が連絡を断った地点です」

 フリード二等兵の言葉でミッコは思考を中断する。

「随分早いな、森にはいってまだ30分もたっていないぞ。小隊は森に入って三時間で連絡を断ったのだろ?」

「そうらしいですね。でも村までの最短距離を計算すれば、三時間は異常です。いくらなんでも遅すぎる」

「かなり遅めに行軍していたのかもな」

 それでも、30分が3時間になるのは異常だ。ミッコの胸にあらぬ疑問が沸く。

(きな臭いなあ、旦那?)

 返答はしなかったが全くその通りだとミッコはおもった。


 

 連絡を断ったポイントは一目でわかった。そこだけ木々がなぎ倒されていて、地面の腐葉土が吹き飛ばされて裸の地面が焦げていた。焦げ臭いにおいがあたり一辺に漂い、ミッコの鼻孔を刺激する。

 

「中尉、これ•••」

「なんだ?」

 フリード二等兵が近くの茂みを覗き込みながらミッコを呼ぶ。呼ばれてミッコが覗き込んだ先には、ただの生臭い物体になりさがった大尉の階級章をつけたこげた死体だった。


「持っていかれなかったか、あわれな隊長だな」

「原型をとどめていませんね•••」

「かといって、今してやれることはない。先を急ぐぞ」

「了解です、ここから順調にいけば30分足らずで村が見えるはずです。」

「陽がくれる前に着きたい、時間は無駄にできない」


 


 苔臭い小高い丘にたった二人。突然に視界が開けて、夕暮れの世界が広がる。そして眼下にあるのは、目標の村だ。

 タウンゼンの森。かつては林業で栄えたこの森は、いまでは有閑貴族が狩りで訪れる以外に外部から人がこない静かな森になった。戦場でなければ、来てみたいと思う。遠目からでもわかるその長閑な風景、ミッコがでてきた村を彷彿とさせる。そして、

(珍しく感傷にひたってるねえ、旦那よお)

「(悪いか?)」

(んにゃ、そのほうが人間らしくていいさ。いやしかしよお、まちくたびれたぜ。っさあ戦いの時間としゃれこもうぜ!!)

「(ああ、相棒)」


「フリード、あれが村か?」

「はい。ここから下りますか?」

「もちろんだ」

 フリード二等兵の顔が曇る。

「自分からいっておいてなんですが、結構•••いや、かなり急ですよ」

「子供の頃は滑り台が大好きだった」

「降りる、というより、滑り落ちる気ですか•••」


 フリードは改めて村を見下ろす。30°近くありそうな崖をみて生唾を飲み込む。いくつかの場所は直角にも見える。

「ここから降りれば郵便局まで近い。しかも敵はまさかこの崖から降りてくるとは思わない。完璧な侵入地点だ、それを見越して案内してくれてここに来たとおもったんだが」

「(いや、もともとはここから迂回して村にいく算段だったんですけど)ええ、まあ、そんな感じです」

「(優秀な兵士だな、彼は)なら、行こうか」


 ミッコはライフルを構えて、銃口を村の上空へとむける。そして、銃身下に装着された擲弾発射機のトリガーに指をかけて引く。

圧縮ガスの白い煙をはいて夕暮れの空へと飛翔する、擲弾。

「いったい、なにを•••?」

「わからないのなら、見とけ。(相棒、)」

(おうよ、<目>をひらくぜえ!!)



 両目とも視力が2•5のフリード二等兵ははっきり見えていた。ミッコのライフルから発射された擲弾が最高点に到達すると先端を地上にむけた。そのまま降下をはじめる、かと思いきやプロペラ状の羽が開いてふわり、ふわりと空中に漂い始める。


(<スカイ•アイ>を展開、角度良好、風向きもクリア。村内全てをカバー可能。アホどものつむじまではっきりくっきりだ)

「(よし、行動を開始する。目標は郵便局、ナビを頼む)」

(まかせな、旦那)


「フリード、行くぞ。村内に侵入したらおれと全く同じように行動しろ」

「了解しました。ところで、中尉は一体なにを•••?」

「二等兵、『機鋼機』というやつを聞いたことは?」

「いえ、知りません」

「だったら、今みた物のことは忘れろ」

「は、わかりました。決して他言しません」

 幾分か納得のいかない顔つきではあるがフリードはうなずいた。またいつか彼が知る機会は来るだろう、その時まで生き長らえば。




  『機鋼機』それは、世界のパワーバランスを握る存在。有史以来その圧倒的な力は歴史の勝利者を生んできた。だが、その存在を確かに記す書物は無い。勝利者達は軒並みその存在を隠してきたからだ。(その余りの力がほかの人間に渡るのを恐れたからだとか、絶対的なその存在に恐れをなしたとか理由はいくらでも考えつく)英雄記にしか登場しないようなその兵器は、確かに存在する。なぜなら、ミッコの手元にそのうちの一つがあるからだ••••••


 


 傾斜が比較的緩やかな場所からミッコは滑りながら、常に敵の位置に気を配る。ここで見つかれば始まる前に終わりだ。

(いまの所こっちに気がつきそうなやつはいねえ)

「(監視を続けてくれ)」

 なんとか両足で制御しながらむき出しの崖を滑る。せっかくクリーニングにだした軍服がもうどろどろだ。初日からこんなんじゃ先が思いやられる、替えの軍服をもう一着アイツに頼むべきか。そんなことに悩んでいるうちに、滑り終わりが見えた。

「素早くいくぞ、フリード!」

「了解です、中尉」


 地に足がつくやいなや、ミッコは駆け出して村のはずれの納屋の陰まで走り込む。それにフリードも続く。

「(ここから郵便局までのナビを開始してくれ)」

(おうよ。納屋の向こうに水車が見える、その隣の民家までいけ。道中敵兵は現在三人、位置は水車の脇に二人、そこまでのあぜ道に一人)

「(極力やり過ごす。が、最悪射殺する)」

(わかったぜ、旦那)


 無言でミッコは動き出して、納屋の陰から頭を出す。

(50メートル先のあぜ道に敵兵)

「(確認、こっちに来るようだな)」

 すぐ脇にしゃがんでいるフリードに小声で知らせる。

「50メートル先に敵歩哨一人」

「確認しました」

 

 敵歩哨はミッコには気がつかずに、納屋の近くにまで歩いてくる。ミッコはライフルから袖下のアーミーナイフに持ち変える。さい先良くないが、仕方ない。


 納屋の手前で歩哨は立ち止まり、一回周りを見渡して歩いて来た道を引き返そう納屋に背を向けた瞬間、ミッコが陰から飛び出す。

そのままナイフで脾臓を指すのと同時に歩哨の口を押さえる。くぐもった断末魔を最後に体が崩れ落ち、ミッコはナイフを抜く。そして死体を納屋の陰までひっぱり隠す。


(水車まであぜ道を道なりに80メートル、今の所は残りの敵兵はまだおしゃべり中だ)

「(了解。動きがあったら知らせろ)」

 

 あぜ道にでてその脇のクラークに降りる。フリードも全く同じ行動をとる。靴底を濡らす程度の水しか流れてなくミッコにとってこの上なく好都合だ。なおかつ水車前の敵兵からは見えない。しかも、<スカイ•アイ>のおかげで向こうの動向は筒抜けになっている。


 クラークは水車をまわす小川まで続いていて、その端からミッコは顔を出す。まだ敵兵二名は暢気に雑談しているように見える。距離はここから十二三程度。

「どうします、中尉?」

「二人同時に始末は難しい•••やり過ごすさ。その内歩哨が一人消えたことに気がつくはずだ。数が減ったら動く」

「了解」

 

 西日に照らされること五分、ついに敵兵二人は未だ戻ってこない歩哨の存在に気がつき、歩哨ルートらしいあぜ道を駆け足で駆けていった。

「いまだ。あの民家まで移動する」

「はい」


 クラークから身をのりだしてあぜ道に戻る。そして水車の脇を通って民家まで走っていく。民家の窓を膝をついてのぞく、敵兵が三名トランプに熱をいれているのが見える。


(民家の先が郵便局だ、ここまで来ればあと少しだぜ)

「(わかった。しかし警戒を怠るなよ、相棒)」


 ライフルを構えなおして、弾が装填されていることを確認する。フリードも同様に軽機関銃のマガジンを填めなして安全装置を解除する。

 

 更に民家を二つほど抜けて、赤色の屋根の民家脇の馬小屋から郵便局前の広場を視認する。重砲は三台広場に鎮座しているのが見えその内一つはすぐ目の前だ。さらに郵便局の屋根が一部はがされてそこから150ミリ榴弾重砲の砲身が顔をのぞかせる。合計四台、賭けの一個目はミッコの勝ちだ。

(旦那、どうやら死体がばれましたぜ)

「(いまさら関係ないな、攻撃を開始する。敵兵の規模から装備まで詳しい情報を頼む)」

(おう。重機関銃が郵便局の窓に二基、重砲の周りに五人づつライフルマン、軽機関銃手が一名あわせて18人が広場に展開してる。

村全体で50名弱だ。死体がでたんで今お敵さんら慌てふためいてるぜ)

「(なお、好都合さ)フリード、重砲を攻略しつつ歩兵を排除、郵便局を攻略して森内の小隊が来るまで持ちこたえる」

「やれますかね•••?」

「ここで、死ぬ気はないんだろ。おれの指示通りに動け、そうすれば生きてかえれる」

「わかりました。この命を『カメルルの英雄』にお預けします」

 普段なら気に障る言い方だが、少しでもこの二等兵の不安が和らぐなら我慢しようと思うミッコだった。


 広場の敵兵が慌ただしく行動を開始する。きっと戦闘配置に着こうとしているのだろう、この隙をのがすミッコではなかった。

 ライフルを構え、銃口を目前の重砲わきの敵兵に向ける。いち早く戦闘位置についているが、動かない分狙い易い。

「一斉射後、すぐさに移動する。目標は俺に合わせろ。スリーカウントだ」

 フリードも軽機関銃を構えて、狙いをつける。


「三、」


 思いだすは、あの荒廃した大地。


「二、」


 血と、硝煙の匂い、そして死臭。


「一、」


 死んだ者、残された者。奪われたもの、得たもの。


「•••撃てっっ!!」


 おれには理由がある。無駄にはできない思いがある。果たすべき約束がある。だから、おれは一一一一


 

 また、戦場に立つ。



















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