勇者が魔王を倒すのは
勇者が魔王を倒すのは?
もちろん、世界を救うために!
親の敵討ちで……
勇者に選ばれたから仕方なく?
……ううん。
それだけだと思った?
だとしたら、残念。
聞き方が違ったかな?
もう一度、言うね、
勇者が、魔王を倒すのは?
あるところに、魔王に支配された世界がありました
支配された世界には魔物が蔓延り、町や村を無差別に襲っていました
そんな闇に覆われつつある世界で、人々は揃って、勇者の出現を願っていました
そして、ある日、勇者が現れたのでした
その勇者は、見た目の良い好青年で
選ばれし者だけが抜けるという勇者の剣を抜き
格闘家の如く強い力を持ち
剣士の如く剣技に長け
盗賊の如く軽やかな身体能力を持ち合わせ
魔法使いの如く様々な魔法を扱い
僧侶の如く人々を癒す魔法をも扱えた
まさに勇者、仲間を持たずともその役を担える、器用貧乏という言葉も似合わない万能過ぎた能力を持っていたのでした
そんな完璧すぎる勇者に、各国の国王を中心に世界の人々が、もちろん期待をしていたのでした
勇者は世界の願いを、魔王を倒してこの世界を救ってくれという人々の思いを背負い、魔王を倒す旅に出ました
―――それから、早3年が過ぎ
世界には、魔物が蔓延っていました
しかし勇者が現れる前と比べればその数は減り、一方強力な魔物が増えていたのです
その変化に、人々は思いました
私たちは勇者に頼りすぎていた。勇者だって魔王を倒そうと戦っているのに、ここにいるものより強力な魔王の手下と戦っている筈なのに、私たちだけが逃げ惑ってい怯え震えているわけにはいかない。
こちらから、魔物と戦おう。
こうして、率先して魔物を討伐する人が現れ始めたのでした
それにより、魔物の数が減りました。だが同時に、更に強力な魔物が現れるようになったのでした
しかし人々は挫けず、更に魔物との戦いを続けていくのでした
「……また、強力な仲間が殺られてしまった」
「大変ですね」
黒で染め尽くしたような部屋。壁に装飾は無く、床には扉から一直線に赤い絨毯が、部屋の中央の三段ほど少し高い場所に設置された椅子まで続いているだけ。
その椅子に座っている者はひじ掛けに置かれた水晶玉が映し出した景色を……人々によって倒された仲間の魔物を……見て、椅子に座っている者―――魔王は呟いた。
「またアイツ等だ……前に創った魔物も、あの集団に倒された。近頃メキメキと力をつけているようだ」
「勇者の剣を造った鍛冶屋の子孫が心血を注いで鍛えた剣を扱う剣士。生まれもって強すぎる力を自ら押さえ込むことに成功し、仲間を護るために扱う格闘家。勇者の仲間となる筈だった魔法使いの血と知識を全て受け継いだ魔法使い。神童と呼ばれる類い稀なる魔力を持つ僧侶。更には盗賊でありながら弱気を助け強気を挫く、正義の盗賊……バランスの良い5人パーティです」
「このままでは、ここに来るのも時間の問題だな」
自らが倒されるというのに、魔王は隣に立つ男に、喜ぶように話した。
男はぼろぼろのローブを着て、その帽子を深く被り目を隠している。
「諦めないで下さい魔王。倒されたのなら、また新たに強力な魔物を創れば良いのです」
まるで魔王の側近の参謀であるように、男は提案した。
「し、しかし……」
「彼らは知らないのです。魔王の創る魔物を倒す度に、改善点や新たな技能を考えて魔王の知識は上がり、人を殺した際に得た魔力を蓄えた魔物が倒された場合、その蓄えた魔力が魔王の下へ吸収され、魔王の魔力が上がっていることを」
「そ、それはそうだが……」
「魔王たるもの、強力な魔法を扱い強力な魔物を携え、人々を恐怖と混乱に陥れるのです」
「わ、分かっている……」
とてもいい案であり、これ以上ない魔王としての在り方だと、魔王も分かっているのだが、素直に喜ぶ所か、恐怖を込めた言葉を出すことしかできない。
「ご安心を、仮に魔王の城であるここに来た場合。魔王の最強戦力にして側近たる四天王が出迎えます」
「だ、だが、奴らも殺られた場合は……」
それを聞いた男は、あぁ、と何かを思い返すように空を見る。
「前にも、ここ3年の間にそんなことも数回ありましたね……数えられないほど、ではなく、数えるのが面倒だから、ですが」
「……」
「しかし、そうなった場合は…」
男はローブから顔を出し、前を開いた。
「自分が、魔王のかくし球としてソイツ等を殺してしまいますから」
その顔は、3年前に、人々の、世界の期待を一手に背負った勇者のものだった。
「だいたい、アイツ等ではダメですよ」
勇者は水晶玉が写す景色に移る5人パーティを指さす。
「正義の盗賊は問題外、類い稀な魔力を持った僧侶もそれ以外はてんでダメ、力を押さえ込んだ格闘家の攻撃なんて効きませんし、勇者の仲間となる予定だった魔法使いより凄い魔法を使える自分に知識を全て受け継いだくらいの魔法使いでは勝負になりません」
勇者は腰に差している勇者の剣を抜いた。
「極めつけは、勇者の剣を創った鍛冶屋の子孫が心血を注いで鍛えた剣? 笑わせないでほしいですね。こちらはその、本物の勇者の剣です。更にそれを扱うのは、ただの剣士、剣士より剣技の長けた自分に勝てる要素がどこにありますか」
「……勇者、キサマはなぜ…」
「何故? それは自分が貴方に洗脳されることなく仲間のようなことをしていることですか? それとも、わざわざ魔王を倒しにきた勇者紛いを殺してしまうということですか?」
「……」
「それとも……何故魔王である私を倒さないのか? ですか?」
「……」
「簡単ですよ。何聞いてるんですか……」
勇者は、目にも止まらぬ速度で剣を魔王の首筋に突きつけた。
「……!」
「貴方が弱すぎるからですよ、魔王?」
「くっ……!」
「貴方が放った魔物、人々にとってはそれはそれは脅威でしたでしょう。ですが自分には弱すぎました、各地を統べる物も、この城の兵も、四天王も…………魔王、貴方でさえ、ね」
「そ、それは……」
「それは勇者、お前が強すぎたから……言わなくても分かっていますよ。これがその結果です」
選ばれし者が抜けるという勇者の剣を抜き
格闘家の如く強い力を持ち
剣士の如く剣技に長け
盗賊の如く軽やかな身体能力を持ち合わせ
魔法使いの如く様々な魔法を扱い
僧侶の如く人々を癒す魔法をも扱えた
「だから、自分が努力して倒せるまで、魔王には強くなっていただかなくてはならないので。自分は魔王に仲間のようなことをして、倒しにくる勇者紛いを殺して、魔王を、倒さないのですよ……」
仲間を持たずともその役を担える、器用貧乏という言葉も似合わない
「分かりましたか?
万能過ぎて、完璧すぎた
「だから、お願いしますね……魔王?」
勇者が魔王を倒すのは?
魔王がもっと、強くなってから
「倒す理由は」ではなく、「倒すのは」というところがポイントです。日本語の不思議です。
しかし勇者は酷すぎる