第6話
天花はいつものようにパッと目を覚ます。
寝起きが良くすぐに目を覚ます天花は、自分のすぐ横で見下ろしている存在にすぐに気づいて視線をやった。
眠っていた自分の横で、裸の男性が左ひざを立てて楽しそうに自分を見ている。
カーテンの隙間から零れる光に彩られた金の髪。
細めて天花を見つめる瞳は赤い。
その男性を見て、天花は初めて男性を美しいと感じた。
男性は天花と視線が合うと、魅惑的な笑顔を浮かべる。
その笑顔に天花の鼓動が早くなった。
「おはよう」
「……」
容姿に合う、低く魅惑的な声がそっと囁かれる。
天花は何故、自分がこの男性と一緒にいるのかと混乱していたが、表面にはそれが出てい。
「お腹は空いた? 朝食を食べるかい?」
そう聞かれても、まだ困惑していた天花には答えることは出来ない。
視線をめぐらせ、ここが自分の部屋ではなく、それどころか見知らぬ場所だということは理解出来た。
「ここどこですか?」
「ここ? 俺の部屋」
「……どうして?」
天花の言いたいことを正確に理解しているイフリードは、女性が自分の命を狙った刺客ではないことが判った。
それどころか目を開けて視線が交わった時、イフリードは天花の無垢さのある瞳に惹きつけられたのだ。
「俺が戻って来た時、君はすでにこのベッドで気持ち良さそうに眠っていたよ。起すのは忍びないと思わせるほど良く眠っていたから起さなかった」
「……えっと、つまり、あなたが戻ると私があなたのベッドを占領していたって訳ですか?」
「ああ」
天花はその言葉に、上半身を持ち上げ、そのままぺたんと座る。
そして深々と頭を下げた。
「えっと……それは、すみませんでした」
「いいえ、良く眠れたのなら何よりです」
きちんと礼儀正しく振る舞う天花に、イフリードの好感度も上がる。
普通、見知らぬ場所で知らないうちに眠っていたら驚くだろう。
しかし天花は騒がず、冷静に会話している。
「君の名前は?」
「天花です。雨宮 天花」
「テンカ? 変わった呼び名だね。真名も変わっているのかな?」
「マナ?」
天花の首が傾げられる。
マナなどというものは知らない。
「ああ、君の本当の名前だよ」
「本当って、天花って名前が私の名前ですけど……」
「いや、そうじゃなくて、親につけられた真名の他に、呼び名があるだろう?」
「? 私はこれしか持っていないですけど? あだ名のことを聞きたいんですか?」
「……」
困惑げなイフリードの表情に、益々天花も混乱してしまう。
「……君は呼び名がなくて、真名がテンカなんだね」
「はあ……」
「なぜ、呼び名をつけられなかったんだろうか? 無防備に真名をさらしてはいけないと教えられなかった?」
「何かいけないんですか?」
何故名前が2つないといけないのかがわからない天花に、イフリードの手が頬に添えられる。
「操りの呪文だよ」
「はあ、操りの呪文ですか……聞いたことないです」
「知らない種族なんていたのか……。操りの呪文には真名が必要だ。言い換えれば真名を知っていれば操りの呪文が使える」
現代で呪文などというものは、天花にとっては怪しげな幻想でしかないと思っていた。
だからこそ、相手の男性が何を言っているのか困惑してしまう。
眉をひそめ、疑うような視線を投げてくる天花に、イフリードがくすりと笑った。
「君は真名の恐ろしさを知らないんだね? では俺が教えてあげよう。 ……レアアライルリアディリックテンカ。我が命に従順に従え。テンカ、服を脱ぐんだ」
「え?」
言われた内容に驚いたが、もっと驚いたことは、突然体が勝手に動き出したことだ。
着ている服は少し変わっていてるものの、天花の手が自分の意思に関係なく前身ごろに付いている飾りのボタンを外していく。
「え? え?」
ボタンを2つ、3つと手は滞りなくボタンらしきものを外していくのだ。
ボタンが外れる度に、天花の白い肌が現れてくる。
「何? あなたが私にやらせているの?」
「ああ。これが操りの呪文だ」
自分の体なのに、自分の意思(命令)を聞かないことに困りきった表情の天花は救いを求めるようにイフリードの顔を見つめる。
次のボタンを外してしまうと、天花の胸が見えてしまうからだ。
しかし、イフリードは面白そうな表情を浮かべて天花を見ているだけだった。
「判ったから、もう止めて!」
嫌がる天花を男は無視した。
プツンとボタンがはずれ、天花の小ぶりの胸がイフリードの前にさらけ出される。
「いやーっ! 見ないで!」
隠したいのに隠せない。
恥かしさと恐怖に天花は唯一自由になる首を振って抵抗した。
「嫌だぁ!」
「ん? その痣……。リリズ、命令解除」
次のボタンにかかっていた手が、イフリードの呪文で止まる。
すると手が天花の意志で動く。
天花は涙目になりつつも、素早く前をかき合わせた。
「ううっ!」
「ごめん。ごめん。真名を人に知られる恐ろしさを教えたかっただけだったんだが、少し苛めすぎたね」
そう言って男は天花の額にかかる髪をかきわけた。
「6枚花びらの痣?」
「いやっ! 触らないで!」
天花は性的なことに対し、まったく免疫がない。
イフリードに酷い仕打ちをされ、天花は触られることに恐怖を感じてしまったのだ。
「ちょっと待って、その額の痣、スフィアの印じゃないか?」
「嫌だっ!」
「動かないで」
イフリードの手を払いのける天花に、スフィアの印を確認したいイフリードは、天花の腕を取って自分の胸へと引き込む。
レジルファン国が以前にスフィアの召喚をしたのは600年前だ。
その時の記録や他の国の伝承からもスフィアの容姿を表現されている。
それに他の国の書物でもスフィアの容姿は統一されていた。
白く長い髪と金の瞳。
そして緑のスフィア印。
容姿は女神の血を継ぐ者として美しいとされている。
しかし、今、目の前にいるのは栗色かかった短い黒髪と大きな黒い瞳。
容姿は世辞にも美人とは言いがたい。
スフィアの共通としては、唯一、スフィアの印が同じというだけだ。
イフリードは暴れる天花を押さえつけ、天花の額に触れ擦り、印が何かを塗ったものではないか確認する。
昨夜はスフィアの召喚に失敗した。
そのスフィアが姿は違うものの、自分の部屋で眠っているなどと到底考えられない。
かえってイタズラをされていると言われた方が真実味がある。
「落ちない……。本当にスフィアの印なのか? しかしなぜ?」
イフリードは涙目になって暴れる天花の額にお詫びのキスを1つ落とし、上着を羽織って上掛けで天花を包んだ。
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