第12話
天花の身の回りの世話係りとして選ばれたのは11歳女の子だった。
名前を、フミールと言う。
フミールは特殊な種族、シュナ族の子供だ。
シュナ族はある一定の年齢になるまで両方の性別を持つ。
能力が開花すると性別が定まるのだが、それまでは性別が何度も変わる。
高位の人間の世話には大抵シュナ族の者が選ばれる。
なぜそんな種族が選ばれるのかと言えば、シュナ族は非常に知能が高く、綺麗な容姿を持つ者が多いからだけではなく。
礼儀作法は完璧。
細やかな作業も難なくこなし、繊細な気づかいが出来る種族なのだ。
そのせいでこういった役目の仕事に割り当てられることが多い。
天花の世話係に選ばれたのは、若年者でありながらフミールが優秀な人間だからだ。
フミールが女の子なのは今だけだが、今は性別が落ち着いている。
灰色の柔らかい髪。
深い海のような瞳を持つフミールは愛らしく、天花はすぐに仲良くなった。
最初は子供のフミールに世話をされることに戸惑っていたが、そんな天花の様子を敏感に感じ取ったフミールは、姉を世話するおませな妹のような接し方をして天花の気持ちを和ませた。
そのおかげでここでの生活にすぐ慣れることが出来た。
フミールの給仕で朝食を済ませ、今度はイフリードの警護で朝の散歩をしながら『姫』のところへ行く。
神器になる新しい器を作る為に、準備している間。
スフィアの知識を持たない天花は、天花は『姫』の所でスフィアについて勉強をするのだ。
今までの過去の記録によれば、ほとんどのスフィアは、まず自分がスフィアであるという自覚もなく、スフィアとしての知識を持っていない。
その場になると自然と力を発揮していくのが普通だった。
しかし、スフィアの特徴である白い髪に金の瞳を持たないスフィアの召喚は初めての例だったので、『姫』がスフィアについて天花に知識を授けることになったのだ。
神器となる器が完成するには、1、2ヶ月の月日がかかる。
天花のスフィアとしての力は、完成したその時まで必要とはならない。
つまり、それまで天花は王宮の中でなら自由に過ごすことが許されているのだ。
もちろんその間、晩餐会や舞踏会など、イフリードの婚約者として出なければならず、『姫』のところで勉強が終わると、ダンスやマナーなど、淑女としての勉強をこなさなければならない。
それが終われば、やっと天花の自由な時間だ。
しかし、天花は出歩くことはなく、その時間に、イフリードからこの世界の文字を教えてもらっていた。
言葉を話す分には不自由はない。
どういったわけか言葉が通じるのだが文字が読めないのだ。
時間もあることだし天花は本が好きだったので、すぐ文字に興味を示した。
しかしそれは理由の1つでしかない。
天花がイフリードの婚約者だということはすでに王宮内に知れ渡っている。
人に会った時、何処から来て何者なのかと問われるだろうし、与えられたフィアを演じる自信がない為、天花は限られた場所に篭っているのだ。
花金鳳花の館は『姫』の住居の近くにある。
つまり、誰もが気軽に近寄れるような場所にはなく、ごく一定の限られた者だけしか近寄ることは許されない場所にある為、天花がそこから出てこないかぎり、王宮に出入りしている者は、天花を見ることは出来ない。
天花は、イフリード、フミール、姫しか人の関わりがなく、ひたすら勉強ばかりに身を入れていた。
そしてとうとう、天花は舞踏会に出席することになった。
つまり、これが天花がイフリードの婚約者として人前に出る最初の催しとなる。
天花はフミールの手伝いで、イフリードから贈られたドレスを着た。
身につけているアクセサリーや靴などは姫からの贈り物だ。
早めに支度をした天花は緊張を落ち着ける為に、着慣れないドレスで辺りをぴょんぴょんと飛び跳ねる。
その後を転ばないかハラハラしているフミールが追いかけ、2人はイフリードが迎えに来るまで部屋の中を忙しなく回っていた。
「フィア何をしている?」
「あ、イフリード!」
「あ、イフリード様!」
勝手に自分でドアを開けて部屋に入って来たイフリードは、濃い目のグレーを基調とした服に緋色のマントを肩に掛けた姿でドアに持たれて2人の様子を見ていたのだ。
そんなイフリードの存在に気づいた天花が、イフリードの元へとやってくる。
「ちゃんと出来るか不安だったから、落ち着くのに少し運動しておこうと思って……」
緊張の為か、運動していたせいなのかは微妙なところだが、頬を赤くして瞳を潤ました天花は、またイフリードの前でぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「大丈夫、お披露目会じゃないんだし、最初の挨拶だけ出来れば心配ないよ」
「うん……。でも私の世界とは全然違うし……」
不安げな様子の天花の髪飾りをイフリードが直してやる。
今日の天花は、シンプルだが、柔らかい黄色とオレンジを基調にしたドレス姿だ。
可愛い過ぎず、大人っぽすぎない、天花に丁度いい感じで似合っていた。
「ドレス、よく似合っているよ」
天花の姿を見つめて優しく微笑むイフリードの瞳の中に甘い光をみつけ、天花の心臓がどきりと跳ねた。
イフリードは天花のイメージする王子様を具現化したような姿だ。
それが天花をドキドキとさせているのかもしれない。
天花は一度だけイフリード以外の王子にも会ったことがある。
兄弟3人、確かに似ているがイフリードほど独特の雰囲気を纏ってはいない。
少し抽象的だが例えるなら、イフリードは甘くてスパイシーな雰囲気なのだ。
天花はその独特な雰囲気にまだ慣れておらず、少し顔を赤らめる。
「こ、このドレス、とっても素敵。プレゼントしてくれてありがとう」
「どういたしまして。途中で人とあまり話したくなくなったら俺に言うといい」
「うん」
「じゃあ、行こうか?」
天花の目の前にイフリードの腕が差し出される。
その腕に自分の腕を絡めると、天花はフミールに手を振って部屋から出た。