第9話
天花の世界の話や、ここについての話をイフリードとしているうちに王宮はにわかに活気づいてきた。
皆起き出して仕事に励み出したのだろう。
イフリードは天花を連れ、王宮の離れにある大きな樹木を柱としている建物に連れていった。
ドアの前には兵士が立っており、その1人とイフリードが挨拶を交わす。
「イフリード様。このようなお早い時間にいかがされましたか?」
「スフィアのことでお話がある。『姫』に謁見の許可を頂きたいんだが」
イフリードの言葉に兵はドアをノックすると中からメイドが1人現れ、兵士から話を聞いてまた中へと戻っていった。
「兄弟なのに会うのに許可がいるんですか?」
天花の素朴な疑問にイフリードは驚いたものの、すぐに納得がいくような表情に変わる。
「君の世界じゃ違うのかもしれないけれど、『姫』も『王子』も、王の子供じゃない」
「え?」
「ここでは力で役目が決まるんだ」
そこまでイフリードが言った時、再びドアが開いてメイドがイフリードに頭を下げた。
「お会いするそうです。どうぞお入りください」
「ありがとう」
威厳のこもった礼を述べ、イフリードが天花の背中をそっと押して中に入るように促す。
天花は開いているドアの中に、押されるがまま中に入れば中は不思議な光景が広がっていた。
建物の横にあった樹木を柱にして建物を建てたように見えたが、中は木の根が下を張りそれを邪魔しないように家具が配置されていた。
まるで木と一緒に生活しているようだ。
その木の側に真っ白な長い髪をした女性が立っていた。
年齢的には天花と同じくらいだ。
その女性の元へ進んで行く。
「わたくしにお話があるとのことでしたが、どうなされましたか?」
鈴を転がしたような声。
まさにそんなふうにしか表現できないようなリンと通る透き通った声だった。
しかも、白いのは髪だけではない。
瞳も白だ。
全身真っ白な色を持つ女性に天花の瞳が丸くなる。
「彼女がこの国を護る『姫』だよ」
天花にしか聞こえない声でイフリードが囁くように説明する。
「姫、朝早く申し訳ないが、スフィアのことで伺いました」
あきらかにイフリードの方が年上だというのに、その女性に対し敬語を使っている。
イフリードが力で役目が決まると言った言葉に関係しているのだろう。
そう理解した天花は黙ってイフリードの横にいた。
「こちらへ」
『姫』に促され、天花とイフリードは『姫』の立っているそばのテーブルに座った。
そこへ先ほどのメイドがお茶を置く。
「昨夜、召喚の儀式が失敗されましたね」
「ええ、ですが召喚の儀式は完全です。昨夜もお話した通り、わたくしにも何故スフィア様が召喚されなかったのかわからないのです」
「もし……スフィア様がすでに召喚されていたとしたら、儀式が失敗に終わったとしても頷けませんか?」
「……イフリード? あなたは何を言いたいのですか?」
「天花ちょっとごめん」
自分にしか聞こえないような小さな声がかけられる。
困惑げな『姫』にイフリードが天花の前髪を掻き分けて見せた。
「っ! まあ!」
天花の額にはスフィアの印がある。
それに気づいた『姫』はカップを慌ててテーブルに置いた。
「どういうことなのでしょう? ですが外見が……」
「ええ、外見は今までのスフィア様とは違うようですが、伝承にあるとおり異世界から来たと聞いています。『姫』ならスフィア様かどうか判断できると思い、こちらに連れてまいりました」
「え、ええ。私ならスフィア様のオーラを存じておりますから。申し訳ありませんがお手をお貸してくださいませ?」
『姫』が天花に向かって手を差し出す。
天花は一瞬不安そうにイフリードを見たものの、おずおずとその手を出すと、そっと『姫』がその手を握り絞める。
「このオーラ……確かにスフィア様のものに間違いはありませんわ。イフリード、スフィア様はいったいどちらにいらっしゃったのです?」
「私の部屋にあるベッドの上です」
「……今……なんと?」
おっとりとした『姫』だが、流石にイフリードの言葉は想像出来なかったのだろう。
パチパチと瞬きしている。
「スフィア様もなぜ眠っていたのか覚えていらっしゃらないそうで、気づいたら私のベッドで眠っていたとお聞きしました」
「そ、そうなのですか?」
急に天花に振られ、天花はとっさにこっくりと頷く。
そんな天花に『姫』は左手を頬に添えると、不安げな表情をする。
「まあ! イフリードに変なことはされませんでしたか?」
「へ、変なこと?」
変なことといえば、操りの呪文で胸を見られたことぐらいだが、正直に言ったらイフリードが『姫』に怒られると感じた天花は首を横に振ると、イフリードは『姫』から判らないように天花に向かって面白そうな表情を浮かべた。
「それは良かったですわ。いくらイフリードでもスフィア様に手を出すほど分別がないとは思えませんけれど、少し気になってしまったものですから……」
あきらかにイフリードを信じていない『姫』の様子に天花はイフリードに顔を向けるが、イフリードは天花の視線に少し肩を竦めて見せただけだった。
「スフィア様のお姿が違うなどと言う例は聞いた事がありませんが、スフィア様であることは確かです。なぜ魔方陣にお姿が現れずイフリードの部屋にいらっしゃったのかはわかりませんが、王にご報告しないとなりませんね」
「はい」
「わたくしの方からお話させていただきますが、王にお目通りが叶うまで少しお時間がかかってしまいます。それまでスフィア様はいかがされますか?」
「どうするって……」
天花は『姫』の問いに、助けを求めるようにイフリードを見る。
「スフィア様はお目覚めになったばかりで状況がわからないようですから、僭越ながら私がお時間までお世話させていただきたいと思っております」
「貴方がですか?」
「ええ。この王宮の案内するだけです。何か不都合でもありますか?」
あきらかに不満そうな『姫』だったが、それは言葉にしない。
それを知っているイフリードがたたみかける。
「そんなことはありませんが、スフィア様はそれでよろしいのですか?」
「はい」
「そうですか……スフィア様がそうおっしゃるのでしたら。ではイフリードにスフィア様のお世話をお願いいたします」
不承知と言わんばかりの様子で『姫』はイフリードに頼む。
天花にすれば見知らぬ人間に任されるより、イフリードに側にいてもらった方がいい。
「あなたは魔道剣士ですもの。スフィア様の護衛としては頼もしい存在ですし、スフィア様をお願いしますよ」
「かしこまりました」
イフリードが『姫』に対し頭を垂れる様子を天花は大人しく見ていた。