第23話
ヴィンセントの言葉一つひとつが心にしみる。二人が一緒になると決めても、それで万事滞りなく進むような間柄ではないことはカミラもよくわかっている。どれだけの苦難が待ち構えていたとしても、それにどれだけの逆境が待っているとわかったとしても、一緒にありたいと思う。
(恋って、こんな気持ちにまでなれるんだ。すごい力があるかも)
今一度ヴィンセントと思いが通じたことを噛み締めて、幸せに浸る。ヴィンセントの指が頬をなで、もう一度顔を近づけてきた。
「もうそろそろ寝なくてはな」
「……そう、ですけど……」
カミラはすんなり頷けなかった。もう少し一緒にいたいと思う。しかしそれが顔に出ていたのか、ヴィンセントは困ったように笑った。
「離れがたい気持ちは一緒だ。だが、あなたをこれ以上夜ふかしさせるわけにもいかない」
「そうですよね……」
それでもなお寂しくて言葉をにごすと、ヴィンセントがカミラの額に優しく口付けた。
「これからいくらでも一緒に過ごせる。いいな?」
「はい」
ヴィンセントが身体を離し、カミラの手を取ってベッドまでエスコートする。カミラはヴィンセントにされるままベッドに腰掛けた。そしてヴィンセントを見上げる。
「このこと、明日お父様に伝えてもいいですか?」
「国王陛下には、すでに俺から言ってある」
「えっ? そうなんですか?」
「ああ。あなたは陛下から預かった身だ。それなりの筋を通しておこうと思って」
カミラは二人が向かい合っているところを想像して少しはらはらした。自分の父が親ばかなのを知っているからだ。
「大丈夫でしたか……? 何か変なことを言われたりは……」
「いや。むしろ寛大な言葉を頂いた。あなたの意見を、一人の女性として尊重すると。あなたがあの方に育てられたというのがよくわかった」
カミラの中には、幼少期から自分に目尻を下げて接していた父の姿が浮かんでいる。あれだけ過保護だったのだから、自分を娶りたいという相手にはなにか一言でも言うと思ったのだ。
「あのお父様が……なんだか想像つきません」
「子煩悩な様子は子供にだけ見せるというのも、あの方ならやりそうだ」
カミラが思っている以上に、ヴィンセントはカミラの父を好ましく思っているのだろう。(なんだか、私の知らないところで仲良くなってるみたい)
ヴィンセントと父が手紙でやり取りをしていることも知っているし、その話は何度かカミラとの文の中にも出てきた。しかし、そこに書かれている以上に二人の親交は深かったのだろう。
自分の好きな人たちが親しくしていて嬉しいような、それでいて手紙だけでヴィンセントとそこまでの関係を気づいた父が羨ましいような。少しだけ羨ましさとやきもちが勝って、カミラは唇を結んだ。
「明日一緒に、報告に行こう」
それに気づいたのか、ヴィンセントがなだめるように口角を上げてカミラの口元に指を置く。
「あなたの大事な人は、同じように大事にしたい。でも、一番はあなただ」
カミラのやきもちを見透かしたような口ぶりに、カミラは嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちがないまぜになった。
「おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
ヴィンセントはカミラの髪を優しくなでてから、ドアの方へと向かった。その背中を見つめながら、あの人が自分の伴侶だと、いまだに実感のないことを言い聞かせる。
(すごい、こんなことって本当に起きるんだ)
ヴィンセントが部屋を出たのを見て、ベッドに顔を埋める。幸せな気持ちのまま眠りにつこうと、急いで布団に潜り目を瞑ったのだった。
翌日から、二人はシントレアとエミリスワンの交易路の整備や、輸出入における関税率の調整に関する会議など、主にシントレアとエミリスワンの関係調整を目的とした予定をこなした。
そしてエミリスワンを発ったその日。ヴィンセントは馬車の中で正面に座っているカミラの様子をじっと観察していた。やはり故郷を離れるのは名残惜しいようで、カミラの父に別れの挨拶をしてから少し気分が下がっているように見える。
「カミラ」
「はい」
「大丈夫か? もの寂しいのだろう」
「ちょっとだけ……」
正直に気持ちを打ち明けてくれたカミラが愛おしくて、ヴィンセントはカミラの隣に座り直した。
「またすぐに来る計画を立てよう。あなたが寂しくないように」
「ありがとうございます。でも、私はヴィンセントさんと一緒になれるのなら、寂しくありません。シントレアにも、よくしてくださる方がたくさんいますし」
カミラが遠慮がちにヴィンセントの肩へ頭を預けてくる。ヴィンセントはそれを受け止め、カミラの小さな手を自分の手で包んだ。
「帰ったら、まずは婚姻の儀の日取りを決めよう。もちろんあなたの父上にも出席していただきたいから、そのあたりの調整も必要だな」
「シントレアはどんな儀式になるのですか? 私、エミリスワン式しか経験したことがないです」
「シントレアは……特に面白みはないな。挙式を行って、その後披露宴をするのが一般的だ。数時間で終わる。エミリスワンは儀式にも時間をかけると聞くな」
「そうですね、ほぼ一日使います。まずはお父様……国王陛下からの祝辞ですね。式がある日はある程度決まっています。そのときに婚姻する人たちが集まって、祝福を受けます。それから、家族や親戚の前で挙式をして、みんなで食事会をして……」
記憶をたどっているのか、空を仰ぎながら話をするカミラを横目で見る。残った指で一つひとつ数えていた。
「最後は、歓談と歌の時間ですね。みんなで話をしたり、歌を歌ったりして、この日は大人も子供も関係なく、夜中までみんなで楽しむんです」
「そうか。儀式というよりはパーティーのようだな」
ヴィンセントは思い出した。エミリスワンにはみんなで集い、歌う風習があることを。エミリスワンでは昔から雪の中で遭難する者が多く、いつからかみんなで順番に歌を歌い、寝入るのを防いでいたという。極寒の中で眠ってしまえば、命を取られる。だから大人は、子供たちに歌が自分たちを守るまじないだと言い聞かせていたのが、いつからかエミリスワンの文化として根付いたのだ。
「結婚する二人の幸せを守るために歌うんです。歌う人が多いと多いほどいいって」
「なら、エミリスワンでも式をあげるか?」
「えっ? 二回もするんですか?」
「ああ。あなたの知人を全員シントレアに招待するわけにもいかない。だったら、国ごとに式を挙げるのもいいだろう」
「……ヴィンセントさんは、いつも私のことを一番に考えてくださるんですね。嬉しいです」
カミラがヴィンセントの手を握り返す。
「大袈裟な、って思ったけど、幸せなことは何回あってもいいですよね。どうしようかなぁ……」
カミラが幸せそうに微笑んだ。
「シントレアとエミリスワンで、ドレスの形は違うんでしょうか。エミリスワンでは伝統的に……」
カミラの話を聞きながら、ヴィンセントは複雑な思いがしていた。
今回エミリスワンに来られたのは、シントレア国王である父が急な外遊に出たから。帰国予定日だけを近辺のものに伝え、最低限の護衛を伴ってひっそりと国を出た。
外交担当の議員でもなく、第一王子である兄でもなく、予定外のことを嫌う父自らが出ていかねばならない状況に置かれたのだとすると、ヴィンセントも知らない大きな勢力が動いていることの証左でもあった。
(その火種の中心が、シントレアでなければいいが……)
もし万が一のことがあれば、自分が先頭に立って戦う覚悟はある。しかし、カミラに火の粉がかかるのだけはどうしても防ぎたい。
結婚式の話を続けるカミラを横目に、ヴィンセントはその不安を払拭しきれないでいた。




