『お地蔵様とプレスマン』
中山道のある宿場と隣の宿場の間の道ばたに、お地蔵様のお堂がありました。いえ、もちろんお地蔵様もいらっしゃいます。お堂があるという言い方は、適切ではありません。お地蔵様がいらっしゃるからお堂があるのです。まあ、婉曲表現ですから、おしかりを受ける筋合いのものでもありません。
このお地蔵様が、ある日突然、お力を発揮されるようになりました。中山道は大きな街道ですから、荷を負った馬がよく通るのですが、何頭かに一頭が、お地蔵様の前に来ると、動けなくなってしまうのです。たたいても脅してもなだめても、一歩も動かないのです。そういう馬は、荷を負ってもと来た道を戻っていくしかないのです。しかし、通れる馬もあるのです。近くの寺から和尚さんが呼ばれ、通れる馬と通れない馬の違いを調べてもらうことになりました。
和尚さんは、三日ほど、お地蔵さんの隣に座って、通りかかる馬を観察し続けましたが、何にもわかりません。馬の違いなんて、見ているだけでは全くわかりません。普通の人なら、諦めるところですが、この和尚さんは優秀でした。違いがわからないということは、違いがないのだという結論に達したのです。逆説的な結論です。大変乱暴です。
しかし、これが正解でした。馬は、馬だけで通りかかることはありません。馬を連れて歩く人がいるのです。その、人のほうにこそ違いがあるのではないかと考えたのです。お地蔵様が見ているのは、外から見える姿ではないのではないかと仮定し、動けなくなった馬の持ち主に頼んで、持ち物を見せてもらい、服の中の身体的な特徴を観察させてもらいました。するとどうでしょう、全員プレスマンを持っていたのです。
そうすると、あとは簡単です。通れなくなった馬の持ち主からプレスマンを預かってみると、通れるようになったのです。そんなわけで、お地蔵様の前を馬を連れて通りたい人は、プレスマンをお地蔵様に奉納して、通るようになったのだということです。
教訓:きっとこのお地蔵様は、プレスマンでちくちくされたりしたことがあったのではないかといううわさが広まったが、本当かどうかをどうかを確かめる方法はない。




