第9章 戻れない
連絡は、予告なく届いた。
以前の市の担当者からだった。
件名は簡潔で、用件が分かる。
「ご相談があります」
本文には、次の案件について触れられていた。
新しい判断支援システムの導入。
市民代表としての意見聴取。
私は、画面を閉じた。
返事は、急がなくていい。
そう書かれていた。
それが、余計に重かった。
数時間後、
また駅前を通った。
あの日と同じ場所だが、
何も起きていない。
人は流れ、
足音は重なっている。
私は、立ち止まらなかった。
立ち止まる理由が、はっきりしすぎていた。
家に戻り、
資料を開く。
システムの概要。
判断の高速化。
人的負担の軽減。
過去の事例が、
図表として整理されている。
そこには、
自分が関わった事故も含まれていた。
匿名化された言葉が、
まだ残っている。
理解している
仕方なかった
私は、ページをめくった。
このシステムがあれば、
迷いは減る。
遅れも、減る。
そう書いてある。
電話が鳴った。
家族からだ。
「この前のニュース、見た?」
私は、短く答えた。
見た、と。
「怖いね。
でも、誰かが決めないと」
その言葉に、
返せる言葉はなかった。
電話を切ったあと、
部屋が急に狭く感じられた。
参加すれば、
自分はまた「声」になる。
拒めば、
何も変わらない。
どちらも、
以前の自分には戻れない。
夜、机に向かう。
返事の下書きを、書いては消す。
断る理由は、ある。
引き受ける理由も、ある。
どちらも、正しい。
そのことが、
一番つらかった。
日付が変わる直前、
私は画面を見つめたまま、動かなかった。
送信しない。
閉じない。
選ばない、という状態に、
もう戻れないことだけが、
はっきりしていた。
窓の外で、
遠くのサイレンが鳴った。
誰かが、
今も判断している。
私は、そこにいない。
それでも、
無関係ではない。
その事実を抱えたまま、
夜は深くなっていった。
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