第6章 使われる
最初は、確認だった。
市の担当者から、メールが届く。
説明会での発言について、資料に引用してもよいか、という内容だった。
正式な名前は出さない。
文脈も、変えない。
私は短く返信した。
問題ありません、と。
そのあとで、画面を閉じた。
特に理由はなかった。
一週間ほどして、冊子が届いた。
事故対応の報告書だった。
厚みはなく、紙は白い。
表紙には、タイトルと年度。
中ほどのページに、見覚えのある文章があった。
「仕方なかったんだと思います」
引用符が付いている。
発言者は「遺族の一人」となっていた。
前後には、説明が添えられている。
理解、受容、社会的合意。
私はページを閉じた。
数日後、今度は電話が来た。
知らない番号だったが、出た。
「市民向けのシンポジウムを予定していまして」
丁寧な口調だった。
事故対応と、今後の改善について話す場だという。
「もし可能でしたら、被害者側の声として——」
断る理由は、思いつかなかった。
当日は、小さなホールだった。
客席は埋まっていないが、空気は張っている。
壇上には、椅子が並んでいる。
私は端に座った。
司会者が話を進める。
事故、判断、結果。
スクリーンには、グラフが映る。
下がった数字と、上がった評価。
順番が回ってきた。
私は、事実だけを話した。
説明を受けたこと。
理解したこと。
感情については、触れなかった。
「社会として、前に進むためには——」
司会者が言葉をつなぐ。
客席から、うなずきが返る。
拍手が起きた。
大きな音ではなかったが、揃っていた。
私は立ち上がり、頭を下げた。
その間、自分がどこにいるのか、よく分からなかった。
終了後、何人かに声をかけられた。
「勇気をもらいました」
「救われました」
私は、礼を言った。
それ以外の言葉は出てこなかった。
帰り道、駅のホームで立っていると、
自分の影が、足元に伸びている。
電車が来るまで、数分あった。
案内表示は正確だった。
家に戻ると、部屋は静かだった。
電気をつけ、上着を脱ぐ。
テーブルの上に、例の冊子が置いてある。
誰かが救われた顔をしている写真はない。
それでも、何かが完了したような構成だった。
私は椅子に座ったまま、しばらく動かなかった。
胸に痛みはなかった。
怒りも、なかった。
ただ、何かが終わったあとに残る、
軽い空洞だけがあった。
意味を与えられたのだと、
あとから分かった。
ありがとうございました。
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