第4章 空いた席
朝、目覚ましが鳴った。
止める音が、部屋の中で一度だけ響く。
キッチンに立ち、湯を沸かす。
カップを二つ出してから、一つ戻した。
いつからそうしていたのかは分からない。
棚の奥にしまうとき、音を立てないようにした。
テーブルには、椅子が四脚ある。
動かす必要はなかったが、一つだけ少し引いてある。
新聞は取っていない。
代わりに、通知が来る。
名前が表示されたのは、そのときだった。
電話は短かった。
場所と、時間と、確認事項。
途中で聞き返すことはなかった。
分からない言葉は出てこなかった。
支度をして、外に出る。
天気はよかった。
病院の廊下は、よく掃除されている。
床に光が反射していた。
案内された部屋には、椅子が並んでいる。
人は少なかった。
説明は、丁寧だった。
声の大きさも、言葉の選び方も、適切だった。
私はうなずいた。
必要なところでは、返事をした。
終わったあと、書類を渡される。
署名欄は分かりやすい位置にあった。
外に出ると、少し風が強かった。
駅までの道を歩く。
昼時だったが、何も食べなかった。
店に入る理由が見つからなかった。
帰宅すると、玄関に靴が一足足りない。
揃え直す必要はなかった。
冷蔵庫を開ける。
賞味期限の近い牛乳が残っている。
夕方、洗濯をした。
干すとき、靴下の数が合わなかった。
数え直して、間違いではないと分かった。
夜、食卓に並べた皿は三枚だった。
一枚は、使わなかった。
テレビをつけると、同じ事故の映像が流れていた。
画面の端に、数字が出ている。
私は音を消した。
その人の癖が、思い出されることはなかった。
代わりに、無くなった動作だけが残る。
返事がない。
音がしない。
扉が開かない。
それらは、意味を持たなかった。
説明にもならなかった。
ただ、空いている。
椅子が一つ、使われないままになっている。
それだけのことだった。
ありがとうございました。
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